74 依然として回り続ける風見鶏
ビアンカとステラドが少し耳を離したすきになにやらフルールのひとり舞台になっていた。
「お顔、お顔、と先ほどからなにやら気にされているようですが──目があって、鼻があって、そこに息をするための穴もちゃんと二つあります。口もひとつで耳が両側についています。頭とはこれらの土台であって、『顔』とは視覚、聴覚、嗅覚、味覚の総称だとわたくしは捉えています。そこに美醜を問うことが些か不思議には思いますが、そういった事を気にする方が少なくないことも存じております。ですが皆同じ『顔』なのです」
話している相手はセリーナとアリーだが、会場にいる者すべてが聞いている。
「ですからあなた様たちとリリック様のお顔の作りはまったく同じなのです」
「なっ、」
「ねえ、さっきから本当に何を言っているかわからないんだけど!」
フルールからすればおかしなことは言っていないが、セリーナとアリーにとってこれ以上の辱めはないだろう。
美醜への拘りがあるかないかで話は随分とかわってくる。
「あなたなにを言っているかわかっているの?」
「皆さまの顔は作りが同じなので同じお顔だと申し上げております」
「リリック様とその他大勢の顔が同じってそんなのおかしいでしょう! 不敬だわ。リリック様に失礼よ! 婚約者だからっていい気にならないで!」
「いい気になどなっておりませんし、リリック様に失礼なことをした覚えもありません」
「どう考えてもおかしいし、その考えは乱暴だわ」
「乱暴でもなければおかしくもありません」
聞いている方もなにやら分からなくなってきた。
この娘は何を言いたいのだろう。
あまり受け入れられていないドゥユビエール侯爵家だが、それをおいてもセリーナの言い分の方が頷ける。
リリックと一緒になどできないし、できたとしてもしてほしくはない。
「では頭の方がおかしいのね」
セリーナの言葉にうっかり何人かは頷きそうになった。
「おかしいのはあなた方です。どこが違うのですか?」
「違うでしょ! 逆にあなたはどこを見て同じだと言えるの?」
「同じに見えますが……もしや……おふたりには欠損がおありなのでしょうか? いえ、だとしても大丈夫です。まったくわかりませんのでご安心くださいませ」
「け、欠損!? あ、あなたわたくしを馬鹿にしてますの?」
「そのようなことはございませんが、あまりにも違うと仰るので、もしや? と思ったまでです。リリック様に欠損はございませんので」
「私にも欠損なんてないわよ!」
「それでしたら良かったですわ。ではやはりリリック様とおなじなのですね」
「だ か ら! 違うって言ってるでしょう!」
「なんでわからないのよ!」
堂々巡りである。
ビアンカに山猿と称されたアリーは顔が真っ赤になっており猿そのもので、隣にいるセリーナも仲間の猿のように真っ赤な顔で捲し立てている。二匹の猿の顔は炎のように赤く、その鎮火は未だ兆しが見えない。
そのうちの一匹、セリーナの手はわなわなと震え、その手にある扇はしなっている。次に発するフルールの言葉次第では折れるかもしれない。
令嬢がこのような場でこのように憤りを露わにすることは滅多にない。いや、ない。ここまで憤るとはいっそのこと清々しい。
ふたりの苛烈な令嬢に、にんまりするのは公爵夫人。
それに対し、静に事の成り行きを見守る外野。
果たして、この令嬢が末の騎士団長夫人として機能するのか、その器を持っているのか、そこに注目してみる者。あわよくばここで粗相をして公爵家から見限られればいいと思う者。事の成り行きを遠巻きで見る者の中には、リリックの上司である王太子もいた。
すべての視線を搔っ攫っているその中心の人物以外に、身じろぐ者もいなければ、声を発する者もいない。あるのは声を拾うことだけに集中している耳だけである。
立場により見守る意図はまちまちではあるが、フルールに加勢する者はいない。公爵家に望まれた令嬢なのだとしても、リリックとの関係が良好には見えない今は下手に動かない方がいいと考える者のほうが多いようだ。
助けるでもなく躱すでもなく、口をださずにそこにいるだけのリリックは婚約者であるフルールに対してどのような思いを抱いているのか。それが今ひとつ見えない。
日和見族の風見鶏は依然回り続ける。
……なんなんだ。この茶番は。
輪の外から見ていた王太子フレデリックは呆れていた。
『──参加されたくなりましたらどうぞ。王太子殿下であれば歓迎いたします』
会場入りする前に顔を合わせたエーデル公爵夫人に言われたこともあり、何かしらが起こると予想はしていたがこれはないだろうというほどの酷い有様だ。それでも黙って見ていたのは、リリックの様子がおかしかったからで、公爵家の思惑なのはわかるが、そこにリリックの意志があるかどうかを見極めようとしていた。
当然フレデリックの耳にもドゥユビエール侯爵家の黒い噂は入ってきている。
しかし、この場が断罪の場でないことも承知している。
自分の立ち位置これ如何に、といったところか。




