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73 隣り合う犬と猿

 

「どうなってるの?」


 犬猿の仲といってもいいステラドとビアンカが隣り合っている。珍しい光景だ。

 ステラドが入場した時にはすでにアリーの鼻息は荒くなっており、話が見えなかった。つまり事はすでに起こっていたということになり、そうなると、渋々ではあるが先に入場したビアンカに聞くしかない。横に並ぶしかないのだ。


「どうもこうもないわよ。さっそくあの山猿がキーキー言い出して、通称リリック様の婚約者とやらに絡んでるわよ」


 通称ではないのだが、その言葉にもまたフルールの存在を受け入れがたい心情が現れている。


「あらあら、お気の毒に」

「それがそうでもないのよ。わざとなのか天然なのかけっこうしっかりやり返してるわよ」


 フルールよりも入場が早かったビアンカは、アリーがリリックに近づいたところから見ていた。


 ビアンカもステラドも取り巻きはいるが、友達と呼べる人はいない。そのため、おかしな話だがこういった込み入った内容はお互いがお互いに聞くしかない。変なところで、このふたりには結託しなければ乗り切れない事態が度々起こる。それがリリックのこととは何とも皮肉なことだ。


「しかもあの山猿が押されてるわ」

「案外強かな女なのかしら」

「そんな感じは受けないけれど、となりのリリック様が動かないのが何を意味するのかわからないところね」

「あら、セリーナも出てきたわ」

「珍しいわね。普段は徹底してアリーには寄りつかないのに」

「しかもアリーの言い方からするとずいぶんと親しい間柄のようね」

「ちょっとまって……そういうこと?」


『──あなた方を揶揄して侯爵家の三羽烏と呼んでいる人がいるのはご存じ?』


 先日、エーデル公爵家の夫人に言われたことが引っ掛かる。

 同時に子どもの時間は終わったのだとも言われ、淑女として周りをみて、立場を固めろと言われた。


「なに? どういうこと?」

「誰も交わっていないのに、外から見ればわたくしたち侯爵家の三人が協力してアリーをやり込めようと見えているって事よ」

「っそんな!」

「ありえないけど、それがわかっているのはわたくしたち三人だけ。アリーとセリーナの関係を知っている人から見れば、わたくしたち二人はたまに会うセリーナから情報を得て裏でつながっていると思われているのよ。もっと言えばわたくしたちがセリーナに協力しているように見えても不思議はないってことよね」


 あまりリリックに近づき過ぎては家にしわ寄せが行くとして、三人がそれぞれギリギリのラインを攻めながら、お互いは微妙な距離をとっていた。互いに互いを監視しているとも言えるが、たぶんその距離が誤解を招いていたのだろう。

 敵同士にしかわからない掠れた周波数は、仲間意識ととられてもおかしくない。


 本人の意志全開でリリックに言い寄っていたのはステラド、ビアンカ、アリーだが、公爵家と敵対しているドゥユビエール家もここ最近ではセリーナとリリックの婚姻を望んでいた。経済状況がそれを言わせたのだろうが、表向きは両家の因縁を断ち切るためだと豪語している。

 家の事情だと、仕方なくそれに従っていたセリーナだが、憎からずリリックとの婚姻に乗りきだったことをステラドとビアンカは知っている。


 ここへ来てふたりは、公爵夫人がなにを言わんとしているかが見えてきて、あの日、夫人が(みな)まで言わなかったことへの理解に追いついた。

 貴族にはこういったことはよくあるのだ。表向きはいがみ合っているように見せ、その実、裏では手を組んでいるという状況が。その逆も然り。ドゥユビエール侯爵家とアンナリー商会がそのいい例だ。


「これってセリーナに嵌められている?」

「なんかそんな予感がしないでもないわね」

「これはもう……」

「ええ」


 三つ巴の状況を顕著にしたのはセリーナだ。

 抜け駆けするために。

 だから演習場にも姿を見せなかった。

 あの剣術大会にいなかったのもその一端だろう。


 最初は疑問符だったものが輪郭を表し、確定要素としてふたりの前に立ちはだかる。

 旗色が悪くなったことを悟った様子でステラドもビアンカもその表情が曇る。


 それをみた公爵夫人は作戦会議で聞いたハンナの言葉を思い出した。


 ──疑心暗鬼に取りつかれれば、最も懸念する答えに辿り着いてしまうことがあります。それは幼ければ幼いほど。言い換えれば、経験が少ない者ほどそこに到達してしまうのです。


「さて、それが本当の答えだといいわね」


 扇の下に隠した公爵夫人の呟きは彼女たちには届かない。


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