67 デビュタントの朝
「リック様。本日はよろしくお願いいたします」
「……あ、ああ」
デビュタント当日、ナート家に迎えにきたリリックはフルールを前にして動揺した。そして母を呪った。
──ここまでやるとは聞いていない。
デビュタントの装いは白を基調とすると定められているが、その中に家紋の色や自身の髪や瞳の色、婚約者の色を入れるのは認められている。
フルールのドレスは公爵家の針子たちが短い時間で丹精込めて仕上げてくれたものだ。ケチなど付けようがないし、おそらく今年のデビュタントを迎える者の中では一番のドレスだろう。
しかし、今リリックが目にしているドレスはやり過ぎである。
フルールの持つ可愛らしい雰囲気を壊さぬように作られたそのドレスは、手のひらほどの柔らかい生地を花びらに見立て幾重にも重ねて作られており、それだけで異常に手の込んだ品だとわかる。
その繊細な仕立ては人のためのものではなく、まるで花の妖精に作られたウェディングドレスのようだ。妖精のひめさまが着るのだと言われれば、そうだろ、そうだろ、と頷いてしまうほどの出来栄えで、所々に散りばめられた控えめな宝石がさらに光を集めれば、それはもう妖精のひめさまへの神の祝福にしか見えない。
花のようなドレスをと確かにリリックは言った。だからそれはいい。花びらを重ねたようなデザインはとても好ましいし、フルールによく似合っている。それは確かに称賛に値する出来で、針子を労いたい。
しかし、──しかし問題はその色の使い方だ。
フルールの青空色の瞳をリリックの深い瞳の蒼で包み込んだと思えば、金糸が流れるように琥珀色の糸に巻き付き、離れないとばかりにしっかり絡みついている。まるでリリックとフルールが抱き合っているようだ。見ようによってはリリックがフルールに絡みついているかのようにも見える。
白を基調として上品に仕立てられているからこそ、それに気づいたリリックはボンっと音がするくらい一瞬で顔が真っ赤になり、まるで自分の下心を縫い付けられたようなそのドレスを纏うフルールを直視できない。
リリックの衣装にもドレスの共布が入っている。施されたデザインも似たようなもので、見た感じではお互いの色が入れてあるだけだ。婚約者同士が着る服としてはごく一般的なもので、顔から火が出るようなものではない。
それがどうだろう。ドレスになるとなんとも生々しい。
出来るまでのお楽しみだと、絶対にドレスを見せてくれなかった母の思惑が仇になったようだ。
真っ赤になったリリックを見たハンナは何とも言えない顔になり思い出す。
ハンナが提案したダンスの練習の時も、最初はフルールを意識してしまい、リリックは平常心を保つことにだいぶ苦労していた。それこそ初日は微笑ましく見ていられたが、そのうちこれではまずいとなり試行錯誤の末、何とか克服しての今だというに、逆戻りである。いや、ダンスのあの初日よりもひどい。
ダンスの練習は、伯爵家だったり公爵家だったり、その日のリリックの帰りの時間に合わせて場所を変えており、主にハンナやリンがそれぞれの屋敷でする練習の指揮を執っていた。公爵家での練習には夫人も顔を出していたそうだが、その度に微笑みながらため息を吐くというなんとも器用なことをしていたらしい。
夫人いわく、微笑ましいが、息子が情けなくも憐れだったから出たため息だそうだ。それは側で見ていたハンナもリンももちろん気づいた。
リリックの気持ちがフルールに向いていることは、ナート家の者としては大変有難く好ましいが、その一方で、フルールの気が一向にリリックに向かないことが見ている方としても気の毒に思えるのだ。
フルールは初日、組んだリリックの体が思ったよりも逞しいと感じたのか、リリックの体を気に入ったように見えた。実際積極的に近づいていたのだからそうなのだろう。だがそれに対しリリックが拒むような姿勢をとる。
どう見ても男女のそれが逆である。鼻息荒くリリックに挑むフルールに対し、乙女のように恥じらうリリック。
その都度ハンナが声をかける。
「お嬢様」
ハンナの声にハッとして距離をとるフルール。
何度注意されてもフルールはガッツいてしまうのだ。リリックにガッツクのはいい事なのだが、ふたりの気持ちが合っていない。気がないフルールの体目当てのガッツキと、気持ちが入り過ぎるリリックの戸惑う動きでは合わせることなどできない。フルールのそれはハンナもけしかけた事があるくらい望んでいたことだが、こうも顕著に現実を見せられてしまうと喜ばしとは言えない。
埒が明かないと踏んだハンナは、リリックの嫉妬心を利用し、何とかリリックの気持ちの持っていく方向を定めた。
「お嬢様が他の殿方を見ないように、お嬢様の目を反らさないでくださいまし」
多少厳しい言い方だったと思う。それでダメなら後は長い目で見るしかないが、できるのならそれはしたくない、だからこそ、厳しい言葉を選んだ。しかしそのハンナの気持ちに応え、リリックは奮起してくれた。
この場合気持ちのないフルールに言い聞かせたところで何も響かない事はわかっている。すでにリリックは手に入っているのだ。それがわかっているだけに相手に合わせようとはしない。その場合は本能だけが先行することとなり、より厄介になることは目に見えていた。




