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58 あちら側とこちら側

 

「おかえりなさいませ。守備は如何でしたかリリック様」

「ああ。問題なかった」




 司令官は謀反の疑いはないとして、ふたりをそのまま帰した。

「──とにかくフルール嬢にもナート家にも害のないことはわかった。だが、このスケッチブックはこちらで預からせてもらうぞ。それと出来れば領地にあるものや、他にもスケッチブックがあるのならそれも全て。そして申し訳ないが、暫くは絵を描くのを控えてくれるか?」

 それに大人しく頷いたフルール。


 伯爵がぶちまけた話で、ナート家が何を隠していたのかがわかった。そして、フルールに関する全ての合点がいった。


 どちらかというと顔よりも体を見られていた訳。ガロンやリュイ、庭師のイワン、そのほかにもフルールが注視した者、その者たちの共通点。皆、だいぶガタイがいい者ばかりだ。バートを見るフルールの目つきなど、あからさまだった。

 自分とは明らかに違う。その事実に心がざらつく。

 おそらく領地のスケッチブックに描かれている者も同じような体つきだろう。


「クソッ」


 リリックもその昔、男たちを相手にするなら、もっと体を大きくする必要があるとして励んだことがあった。しかし、そこまでの筋肉を有することはできなかった。そして、そういう体質なのだと諭された。


 この体は試行錯誤の末、手に入れたものだ。

 勢いよく襲い掛かる相手の力を利用して躱し、次の一手までの時間を遅らせる為に多少のダメージも入れる。

 これがリリックが得意とする攻撃の形で、加えて、効率よく動けば相手の体力も奪うことにも繋がる。力で敵わない分、こうして理論の上に分析を重ね、培った力だ。自分でも納得している。


 しかし、その見た目を優先されるのであれば何もできない。

 今さらこの体をどうこうしようとは思わない。


 またか……顔に次いで自分ではどうにもできない外見に振り回される。


 それが誰でもないフルールだという現実が受け入れ難い。

 しかもフルールはそれをしっかり顔に出す。

 普段は令嬢としての姿勢を取っているが、こと、興味の対象を目にすると崩れるのだからどうしたって目に入る。


「ふぅ」

「ずいぶんお疲れのようですね」

「疲れたというより、フルールとの認識の相違がな……。あれはとてもではないがズレとは呼べない」


 ハロンに対し、比較的軽いほうの悩みを口にした。

 今日覚えたばかりの感情を話したところで、お互いに得るものはないと思われる。

 間違いなく、これも疲れた要因のひとつであるのは確かだ。


「──顔はなぜ描かない?」

 司令も昨夜のリリックと同じ質問をした。

「……顔は描かなければいけないのですか?」

 フルールもやはり昨夜と同じ、きょとんとした顔で答えた。


 全ての合点がいった今ならわかる。

 人は成長と共に、周りの環境に馴染んで協力や摩擦を学び、気づけば常識と言うものを身に着けている。人間不信に陥ったおれでさえなんとなくわかる。

 両親に甘えたい思いはあったが、ロノフスを悲しませることはしたくないと思ったし、そこでたぶん、遠慮というものを覚えた。


 その根本は理性なのだと思う。


 だがフルールの根本は恐らく、本能に近い感覚で、その感覚の中に、あとから芽生える常識を詰め込んできたのだろう。


 神に愛されし神の領域を持つ子は、その分、人としての荷物が少ないそうだ。


 フルールのあの能力は間違いなくその領域に踏み込むもので、伯爵が天恵と口にした時は些か、大きく出たもんだと思ったが、その様子を見てしまってはそれすらも過小評価だと思えた。


 そうなってくると認識の相違はしょうがないところとなってくる。

 ほぼ全ての人間は顔と名前で個の認識をしている。

 しかし、フルールの中にはそれが全くない。顔そのものに興味がない。というよりは好みのものから目にしていくので顔は必然と一番後になる、というのが正解だと思う。そして必要がある相手、もしくは興味のある相手のみ認識する。


 だいぶ高慢に見えるが、あれを見てしまえば、神の領域にいる者ならそうなるのは仕方ないと思えてしまう。


 よって、ダイレクトにカラダを覚える。

 こちら側の人間が、顔でわからなければ名前を聞いた途端「ああ、あの人!」と思い出すように、フルールは体の特徴を聞いて「ああ、あの人ね!」となる。


 ──だから顔を描いても意味がないのだ。




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