51 しっくりこない
フルールお嬢様。いやはや最高な御仁ですな。
控えていたハロンは二人のやり取りに我慢も虚しく吹き出した。
無知というか、素直というか、なるほどこれは旦那様も奥様も気に入るはずだ。こんなに長く坊っちゃんと目を合わせているのに鼻息ひとつ乱さない。目も血走らない。
こんな普通の、いや……異常な令嬢初めてだ。
話には聞いていた。坊っちゃん本人が何より気に入っている様子もうかがえた。
しかし、今までとは違った意味で様子がおかしい。これまで目にした令嬢は、坊っちゃんに見惚れ、一瞬我を忘れるのか本能が暴走する。鼻の穴が広がったり、目がギラついたり。
今目にしている令嬢は、真面目なのかポンコツなのか、真剣な顔で謝り、言葉の意味を図り損ねて空を見つめる。そして質問を斜めに受け取り、さらに角度を変えて返す。しかも規則って!
父を超えるため精進してきたつもりでいたが、自分はまだまだなのだと思い知らされた。この令嬢に。
こんなに前向きに牢に入ろうとする令嬢は知らない。もう一度気合をいれて励まなければ、次こそ声をあげて笑ってしまう。
しかしこのお嬢さんがうちにきてくれるなら楽しくなりそうだ。
家政婦長には付き添いの際、ナート家の者たちには丁寧かつ誠意ある対応をといったが、明日の朝食前に一度、フルール嬢はじめナート家への対応を徹底する必要があるな。
奥様が一級品の生地をお選びになったのだ、こちらもそれ相応の対応をしなくては、絶対にフルール様をこのエーデル公爵家次男の嫁に!
ハロンの思考が明け透けすぎる。
ナート家の使用人もたいがいだが、このエーデル家ももしかしたら別の意味でたいがいなのかもしれない。
主に似たのだろう。どちらにしろ主がややおかしいのは同じだ。
そして抱えているのはどちらも人外。言い得て妙だ。ミルの考えも強ち間違いではなような気がしてきた。魔女と魔導士。厄介な者をかかえた家族同士、似通うのは必然なのかもしれない。
ハロンが思いを馳せている間にも、リリックはわかりやすいように質問を区切り、丁寧に言葉を選んでいた。尋問では話がややこしくなり、会話が進まない事に気づいたのだろう。
「すみません、リリック様。緻密な絵とおっしゃいますが、この絵のことですか?」
「ああ、そうだが、自分ではそうは思わないのか?」
「他の方の絵を見た事がありません」
「……そうか。ハロンおれの描いた絵を持ってきてくれ」
以前の絵も自分で描いたと? あの、子どもが描くような絵と、この絵は同一人物によるものだと?
ハロンがすぐに扉の前に待機している使用人に取りに行かせる。婚約者とはいえ、さすがに年頃の男女を二人きりにさせるわけにはいかないが、話の内容が内容だったので、ハロンだけが中に入り、開けたままの扉の向こうに女性の使用人を待機させていた。
「リリック様。リリック様さえ差し支えなければ、口調は普段通りにしてください。ご自分のことは『おれ』でわたくしのことは『フルール』でいっこうにかまいません」
「いや、フルール嬢のことは普段そのようには呼んでいないが……」
「そうなのですか? けっこう耳にするので普段はそう呼んでくださっているものかと。失礼いたしました」
「……呼んでいたか?」
「はい。先日も抱きしめられたときにその名を聞きました。今日も訓練場で……違うのですか?」
「……いや……違わない。すまないわざとではない……あれは、だな、その」
思い返せば即座に掘り起こせる。確かに言っている。しかし無意識に呼んだ名だ。他意はない。
「その方が楽なのであればと思っただけですので、無理にとは申しません。失礼しました」
フルールが場を取り繕うようににっこりと微笑んだ。
「いや! 無理はしていない。これからはフルールと呼びたい。いいか?」
「はい、もちろんです」
答えたフルールがふわりと笑みを返してくれたことに嬉しくなり、リリックは思わず言ってしまった。
「それならわたしのことも『リリック』と呼んでくれないか」
「それは……」
「いやか? ……無理強いはよくないな。わかった」
態度にこそ出なかったがリリックの心はけっこうな削られ具合である。
「いやではないです」
「ならばぜひ」
食い気味なリリックに、今度はクリティカルヒットを返すフルール。
「いやではないですが、何といいますかしっくりこないような気がします」
……しっくりこない。……とは。それは完全な拒否ではないのか?
しっくりこないから一生名前で呼ばないと言いたいのだろうか……?
ガッツリ削られた二度目の今度こそ、固まってしまった。
「リリック様? どうかされましたか?」
「……い、いや、どう、ということはない」
いえ、かなりどうかした態度ですよ。それ。
坊っちゃん自分で気づいてないのですね。




