49 ハンナの考察
エーデル公爵家が潰したい家と聞いて、真っ先に思い浮かぶのはドゥユビエール侯爵家だ。チョロチョロと小賢しい動きで、はたでみていても鬱陶しい。しかしそこなら逆に、私兵で牽制する意味がない。私兵を出すのならば物理的な意味での対峙ということになる。
だとすると、単純にリリックに好意を寄せている令嬢ということか。
その中でも三強と呼ばれ厄介な令嬢が三人いる。
侯爵家のステラド、同じく侯爵家のビアンカ、子爵家のアリーだ。
侯爵家のお二方に至っては、爵位的に申し分ないと思っているので嫁ぐ気まんまんであるからして、グイグイ行くが、上層教育を受けているだけあり引き際は心得ている。さすがに、家同士の火種になるような事まではやらない。
だが、その中途半端さがいけなかったのだろう。結局は公爵家が動いた。動いたけれど……それは本当に狙いがそこなのか。謎である……。
そういった爵位をものともせずに、ステラドとビアンカを前にしてもリリックが目に入れば突進するのがアリー。誰彼かまわず突っかかるのでかなり厄介な令嬢。
以前、リリックに輩から助けてもらった時にひとめぼれし、盲目的に追いかけているらしい。リリックの美貌の恐ろしいところは、本当に一目で虜にされてしまうところだろう。アリーも被害者と言えなくはない。今更ながらに肌まで晒したリリックを目にして、ミルはよく正気に戻ったと思う。改めて褒めてやりたい。そして暫くは使い物にならないだろうから休暇を出すしかない。恐らく今夜から瞼の裏に焼き付いたリリックの姿に悶絶することになるだろう。
子爵家は商いの才能があるのか、商会を立ち上げそこそこの利益を上げていると聞く。
そして、筆頭公爵家のリリックを婿にとり後ろ盾となることを親も望んでいるというトンデモ家族である。公爵家の後ろ盾が欲しいのではなく、自らが後ろ盾になるのだと豪語している。怖いもの知らずなのか、ただの馬鹿なのか。
だが、好き好きいっているだけで直接的な被害はないだけに、かなり鬱陶しいが手が出せないのだ。
三強は、三つ巴というよりも、アリーを雑魚扱いで相手にしない侯爵令嬢二人が互いに競い、アリーはアリーで単独登山といった動きがみられる。
うーん。
唸るハンナ。
公爵家の思惑にはまだ裏がある。
何周してもそこにしか行きつかない。
どう考えても令嬢三人が邪魔だからといって、それだけで兵を動かすのは無理がある、もちろん人探しに動かすのも無理がある。それが合わさればいいという問題でもないような気がする。
もし本当にお嬢様を権力で守ってくれるのだとしたら、本当にそのためだけに私兵を使ったのだとしたら、こんなに思われているお嬢様あっぱれなのですが、ならばなぜその後に噂がついてこない……。噂が出てそれを肯定するのであれば合点が行く……が。
この矛盾がどうにも埋まらない。
はっ!
ドゥユビエール侯爵家。
そうだわ。ドゥユビエール侯爵とアリーの家、あの商会なんて名前だったかしら、ああ思い出せない。
確かその商会に、ドゥユビエール侯爵家から使用人が手伝いに行かされてたはず。半月ほど前にその愚痴を耳にしてる。問屋街手前のカフェから出てきた見覚えのある顔は、確かにドゥユビエール侯爵家の使用人二人。口元のほくろが色っぽい子だったからよく覚えてる。もう一人の子は声に特徴があってその子が専らしゃべってた。いつまで行かされるのだとか、待遇がよくないとか、ああ! 思い出したアンナリー商会だ! 奥さんと娘の名前を合わせたとか言ってましたね。はー、すっきりした。
カフェでも散々しゃべっただろうに出てきてなお文句のオンパレードなんだから、その商会そのうち潰れるわね。使用人の扱いが悪いところは、店でも家でも傾くと相場が決まっている。雇い主や主人が善良なら、そこは居心地良く店も家も掃除が行き届く。沈む船からねずみが逃げ出すように、傾く家からは暇をもらう。手が足りなくなければ汚れ、汚れると人は近づかなくなる。
ハンナはなんとなく見えてきたものを整理する。
潰したいのはたぶんドゥユビエール侯爵家。目障りだから一緒にいなくなればいいと思っているのは三強令嬢。恐らくそのなかでも尤も目障りなのがアリー。親も首突っ込むとかのトンデモ家族だから、丸っとその目障り纏めていなくなってくれると公爵家としてはありがたいわね。この場合。
なら、公爵様と対峙したと噂の令嬢は仕込みかしら。それとも棚ぼた?
どっちにしても作られたリリック様の恋人が出てきたし、場は程よく騒がしくなってきてカモフラージュには打ってつけの状況といえるのかしらね。
これから事を起こすにしても静かすぎず、騒がしすぎず、ほどほどに賑わってくれてないとやりづらいものね。
時はデビュタントといったところかしら。
嫌な予感がするわ。ああ、お嬢様が巻き込まれなければいいのですが……無理ね。
しかしその前にリリック様の婚約者のまま帰って来てくださいよ。
せっかく公爵家がお嬢様の味方でいてくれるのですから、その前にリリック様に愛想つかされるのは勘弁ですよ。くれぐれも余計なことをしゃべらずに……。
ハンナはやっと祈る内容が浮かんだ。
──お嬢様、どうかさっさと口を噤んで目をつぶりベッドへ入ってくださいね。おやすみなさい。




