44 一難去って追い剝ぎ登場
「お話中失礼いたします。お嬢様、旦那様からの言付けがまだ言付けられていないような気が致しますが」
ミルの言葉に首を傾げるフルール。
「お嬢様はどうやらリリック様にお会いできるのがうれしくて、旦那様の話を半分しか聞いておられなかったようですね」
「あっ! すっかり忘れていたわ!」
反射的にリリックに向き直ろうとするフルールを遮るミル。わざわざ本人に忘れていましたと白状する必要はない。もちろん、他者に悟らせることがあってもならない。あくまで、忘れたのは伯爵からの言付けだ。
「ガロン様、リュイ様、もうしわけありません。本来ならば旦那様が口にすることで、それが出来なければお嬢様がお伝えしなければいけないのでしょうが……、旦那様のお言葉を持ち帰ることもできません。使用人の口からで失礼とは思いますが感謝をお伝えしてもよろしいでしょうか?」
「ああ、もちろん。大方うちの旦那様が伯爵様を引き留めたのだろうからな」
公爵の癖を知っているガロンは、ここに来られなかった伯爵に同情し、しょうがないよなあと笑いながら許可してくれた。その中にはフルールの尻拭いをしているミルへの同情も含まれているのだろう。
「ガロン様、リュイ様。この度は本当にお嬢様を助けていただき誠にありがとうございました。そしてお嬢様がご迷惑をおかけしたことをこころよりお詫び申し上げます。公爵家の兵が出たと聞いたときどんなに心強かったことか──」
ミルがつらつらと謝罪と感謝を伝える中、フルールはそんなこと言われていたかしら? と首をしきりに捻り、朝の出来事を思い返す。
確かに、リリック様には失礼なことをしないようにという注意を忘れたし、ひとりぼっちにもしてしまったけれど……。
どんなに思い出そうとしてもそれ以外は思い出せず、ミルの口から連なる言葉は聞き覚えのないものばかりだった。
「──お嬢さまに代わり、そして使用人一同を代表して感謝申し上げます。まことにありがとうございました」
下げた頭をあげたミルは、リリックに向き直ると「出過ぎた真似を」と再び頭を下げた。
フルールの記憶は正しい。思い出せるわけがない。そんな記憶は存在しないのだから。
この言付け云々の一連の流れはミルの策略だった。
公爵家のお抱えだといっても平民のリュイはともかく、ガロンに至ってはミルが話を挟んでいい相手ではない。しかしまた、この場で優先されるべきはリリックで、それよりも何よりナート家が優先するのは婚約破棄の回避だ。
ナート家に仕える者として、優先順位のもと会話に踏み込んだミルには勝算があった。
リリックにしても、前に出ていい相手ではない事は承知の上だが、普段使用人に接する様子をみていれば、こんなことで不敬を言い渡すような人ではないとわかる。だから敵陣とはいえ割って入ることができたのだ。
「リリック様。ガロンとリュイに、先にお礼をさせていただいてありがとうございました」
リリックの存在を思い出したフルールがミルのあとを引き取った。フルールの言葉に、なんとか軌道修正できたと感じたミルはホッとした。
ところがそれは束の間だった。
リュイが訪れた理由を聞くなり、フルールはガロンとリリックで打ち合いをしろと言い出したのだ。それも上着を剥ぎ取って半裸での打ち合いをと。
「リュイできたのか?」
「はい。こちらです」
どうやらリュイが来たのは、頼まれていた剣が完成したかららしい。
初物は先にガロンが手にしていたようで、腰に携えた剣を、鞘ごと抜いてリリックに渡す。
受け取った剣を鞘ごと軽く振るリリック。
「いいな。手に馴染む」
「ありがとうございます」
リュイの嬉しそうな顔は、その一言で、大変だったことが全て吹き飛んだと語る。
「リリック様。今日はお仕事はお休みですか?」
「ああ。このあと君とゆっくり話したいこともあるので、休みをとった」
リリックの言葉にギクリとするミル。
……話したい事って。
「ではどうぞその剣を存分に振ってきてください!」
「いいのか?」
「はい! 新しいものはワクワクします。すぐ手にしたいのは誰でも同じです」
「ではすまない少しだけ」
「わたくしに遠慮せず思う存分振ってきてください。お相手はもちろんガロンですね! あ、上着はわたくしが持ってます。さあどうぞ」
両手を広げて待ち受けるフルール。
苦笑するリリックから見えない場所で、ミルは半目になった。
リリックが同意したとはいえ、こうなるとフルールは止められない。
口調こそ強くはないが、言葉に意思が入るというか、圧が強いというか、とにかく、こうなったときのフルールの言葉には流されてしまう何かがある。
実際、半目のミルが危惧したように、あれよあれよとリリックは上着を取られ、シャツのボタンまでフルールによって外されようとしている。
その姿に兵士たちが赤面する。
これはフルールが領地で習得した技だ。ここまですればあとは既定路線。要は本人自ら脱いでくれるのを知っている。
爛々と光る目はナート家の者にしか見えないのか、リリックが警戒する素振りはない。
領地で脱がされた男たちも「お嬢様にこのようなこと……」と恐縮はするが不快には感じないようで、寧ろお嬢様の手を煩わせて申しわけないとの思いからか「すいません。助かります」としまいには礼まで口にしたそうだ。
今まさにその技が繰り出されている。
話には聞いていたが、領地に行っていないミルがこの技を見るのは初めてだ。
半目になっただけでは済まず、口もあんぐり開いてしまった。
婚約者とはいえ、どこに男性の服を剥ぎ取る淑女がいるのでしょう。
いえ、あれはお嬢様ではないわ。追い剥ぎよ。そう、お嬢様の姿をした追い剥ぎだわ。
──それはつまりフルールの中身が追い剥ぎだっただけである。




