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43 三者三様

 

 ──なぜだ? どうしてこんな格好でここでガロンと打ち合いをする事になった?


 リリックが頭を悩ませている場所は、公爵家の敷地内で、公爵家が抱える私兵の訓練場。

 騎士団の演習場とは比べ物にならないが、それでもそれなりの広さを有するそこで、リリックとガロンが向かい合っている。お互いに上半身を晒しながら。


 その状況に悩まされているのはミルも同じだった。

 ──なぜ? やっと一難去ったのにどうしてまた難を呼び寄せるのですお嬢様!


 話の発端はフルールだが、しかし、その前から、まず訓練場に着いたその時から何かがおかしかった。


 ヒヒーン。

 訓練で発する野太い声に交じって、馬の鳴き声がする。


「ん? なぜ馬が?」


 リリックが知る限り、馬が訓練場にいることはまずない。


「まあ、ハヤブサ来てたのね」


 嘶きに反応したフルールは、訓練している男たちに目を奪われつつも、足早に愛馬の元へと向かった。

 リリックを置いて。


 フルールの動きを追ったミルは気持ちを締め上げる。

 これから起こることは、たぶん気持ちを締め上げたくらいではどうにもならないかもしれないが、それでもそんな不安はこの際放り投げて締め上げる。


 ハヤブサの横にはガロンとリュイがいた。

 ふたりともべろんべろんと、頭から舐められていて顔はビシャビシャだ。

「あら、まあ」と夫人が驚きながらも笑う中、リリックと夫人の訪れに兵士たちが集まりだした。それを制したリリックは、こちらを気にしなくていいというような手ぶりをする。

 フルールを紹介する様子はなく、夫人もそれについて何も言わない。まだ婚約者を紹介できない何かがあるようだ。


「ガロン! リュイ!」


 二人に近づくフルールは満面の笑みである。


 その笑みの奥、フルールの目が輝くのを見逃さないミル。

 すでに公爵家の者と親しい関係を結んでいることを喜ぶ夫人。

 いつになくフルールの笑みが気になるリリック。


 三者三様の想いがここに生じていた。


「ガロン、リュイ。この前は助けてくれてありがとう」


 何度も言う。

 満面の笑みである。


 それはそうだろう。フルールはこの日をどれ程待っていたことか。昨日フルールが寝たのは、日が落ちてすぐだ。たった一日だが、その一日を一年待ったくらいの勢いで、太陽がもう見えなくなるかな、いやまだ見えるか、どうだどうだという頃にはもうベッドに入っていた。


 リュイの所へはこのあと行く予定だっただけに、別々に拝むはずの体を並べて拝める幸せといったら、取りわけである。


「ハヤブサは先にお礼したのね」


 ビシャビシャのふたりを見れば、ハヤブサがどれほど丁寧に礼を尽くしたのかは明白である。


「なんていい子なのかしら」


 ハヤブサにかこつけて二人に近づくことができるのだ。幸せを助長してくれる愛馬への労いはもちろん忘れない。しかし、その行動は気持ちの比ではなくぽんぽんと首元を軽くたたくだけだ。悲しいことに、主といえど、女性からの過剰なスキンシップを愛馬は必要としない。



 そしてなんといっても、兵士がずらりと並び訓練する姿は尊い。

 フルールは天にも昇る気持ちだった。

 演習場と違い、皆服は着ているが近いのだ。服を着ている上に遠かったあの剣術大会をみた後であれば、なおさら尊く感じる。

 そう思ってしまうほど、あの剣術大会はフルールにとってのトラウマになった。

 ──なにがトラウマになるかは人それぞれである。



「お嬢様、礼には及びません。しかしながらお気持ちの品はありがたくいただきます」

 サッと跪くガロンとそれに倣う兵士たち。それに返すフルール。

「ナート家が娘フルールと申します。先日は誠にありがとうございました。ささやかながらお礼の品をお持ちしたので、よろしければ召し上がってください」

 チョンとつま先をつき、敬意を表す礼を取る。

 その礼に場が騒めいた。


 騒めきすらどこ吹く風といった様子のフルールが考えることはひとつ。

 ──はあ、なんとかしてあの背中に触れることは出来ないかしら。

 兵士たちが跪き首を垂れると、眼前には磨き上げられた逞しい背中が並ぶ。

 その心躍る光景にフルールの目が潤んでいた。


 ミルがハラハラし、夫人は歓喜し、リリックにおいては表情が硬い。騎士団で採算が合わない箇所がでたとの報告を受けたから考えあぐねているのだ、と言われれば頷けるほどの緊迫した表情だ。

 四人の感情は一切触れあわず、それぞれがそれぞれに外を向いている。

 本来この場はリリックが取り仕切るべきであるがしかし、主軸がフルールになりつつあることに気づく様子はない。


 ──大変! 大変!

 今にもフルールの口からあられもない言葉が飛び出すのではと、ミルの胸はバクバクして上へ下への大忙し。ここにはミルしかいない。頼れる人はいないのだ。

 頼れる人がいないだけならまだしも、悪癖を知られてはいけない人しかいないのだから、使命感への緊張といったらこれ如何に。


 ──いつの間にガロンを手懐けたのかしら。ガロンはリリックの婚約者だからといって無条件で受け入れたりする人間ではないわ。しかもあの礼の取り方。フルールちゃん……ほんとうに恐ろしい子。

 フルールがした礼は最高礼ではないものの、公爵家に属する者とはいえ、平民の交じるこのような場所でとる礼でもない。それを躊躇なく、さも当たり前にするのだから、誰が驚いたってされた本人たちが一番驚いたことだろう。しかもリリックの意を酌んだのか、婚約者であることも口にはしなかった。

 フルールへの見解をさらに深めた夫人は、絶対にフルールを手放さないと己に誓を立て、用事ができたとその場で踵を返した。


 公爵夫人がいなくなったことで少し余裕が出来たのか、ふぅ、とミルが小さく息を吐く。しかし、吐いた息の向うにリリックの背が見えると、吐いたその息を取り戻すかのように、ハクハクと口が忙しなくなる。


 ──お嬢様! お嬢様! リリック様がなおざりになっています。

 どうやらフルールに状況を伝えたいようだ。

 しかし、悲しいかなミルのその声は届かない。


 ……ああ、もうどうしたら。

 ミルが戸惑っている間もリリックの顔は厳しくなってゆく。


 かくなる上は!


 意を決したミルは、三人と一頭の輪の中に割って入った。


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