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39 残念な贈り物

 

「お父様。ミルとお買い物に行ってもいいですか?」

「何を買いにどこへ行くのだ」

「リュイへのお礼に、人気のお菓子を買いに行きたいです。ちょっと高級なお菓子がいいなとおもっています」


 結局この日は、エーデル家の人々が皆出払ってしまうとのことで、訪ねることが出来なかった。

 だから、フルールの中ではリュイに先にお礼をしようということになった。

 公爵家よりも先に行くのはどうか、と悩んでいる伯爵とは別に、フルールは早くリュイに会いたくてしょうがない。

 でも手土産に、貰ったりんごで作ったアップルパイをもって行くのもどうかと思い、買いに行きたいと訴える。


「ならば、別の菓子をリダに頼めばいい。雇われているとはいえ公爵家の兵士は材料費がかかっていない菓子なのに、リュイの方が格上の菓子を貰っては、リュイが困るぞ」


 伯爵はリツギから、昨日ハヤブサを届けてくれたリュイについて報告を受けていた。

 娘を助けてくれた者だ、感謝の意を込めたお礼の品を用意しようと考えていたのに、公爵家の剣打ち職人であるとわかるとその塩梅が難しい。身分など考えずに、それなりにきちんとしたお礼をしたいが、だからといって公爵家のお抱え私兵よりも過ぎてはいけない。

 あそこには家を継げない貴族の次男三男もいる。ガロンも確か子爵家の次男だったはず。


「……そっか、そうよね。リュイに迷惑はかけられないわよね。ではリダに追加注文してきます。あと、リリック様には何がいいかしら?」


 あと? 今うちの娘は婚約者へのお礼を「あと」と言ったのか? 言ったような気がする。いや、確かに言った。

 ややしょんぼりした口調の娘に、伯爵は深い息を吐く。明らかにリリックへのお礼を後回しにしている。


 フルールはリリックの好きなものなんて、花くらいしかわからない。

 婚約者として好ましくは思うが、リリックの回りにいる精力的なお姉さまたちのように、どのような女性が好きなのかとか、好物はなんなのかとか、休みの日はなにをして過ごすのかとか、積極的に聞いたことはない。


 通常、こういったお互いの好みなどを会話に盛り込んでお互いを知っていくのだが、聞くのは専らリリックだけで、フルールはリリックに対しての情報を積極的に取りにはいかない。話の流れで花が好きなのはわかったが、それでも一番好きな花はなんですか? とまでは聞いたことがない。あくまでも仕入れた情報は大切に仕舞うが、進んで調達することはなかった。


 しかしさすがにお礼の品を適当なもので済ますのはどうかと思う。


「それなら、花の刺繍のハンカチなどはどうだ? たぶんリリック殿は喜ぶぞ。しかもおまえが贈れば、婚約者からのものだからと大手を振って持ち歩けるからなお良いのではないかと思うがな」


「おとうさま! とてもいい案ですわ。それいただきます!」


「あー、それとな、買うならロイの店で買え。公爵家への品だ。それなりのものでなくては格好がつかないからな。支払いは伯爵家に付けていい」


「はい。わかりました」


 明らかにリリックへのお礼を後回しにしている娘には、的確に指示しといたほうがいい。そう思って先にロイへ手紙を出した。



 伯爵の意見を取り入れたフルールは、早速調理場へ行きリダに明日の追加注文をして、ミルを馬車に押し込んでリツギに行先を告げた。


「いらっしゃいませフルールお嬢様」

「ロイ、久しぶりね」


 ロイはこの店のオーナーで「紳士」という言葉がとてもよく似合うロマンスグレーのおじ様だ。

 この店は、先代の当主も先々代の当主もずっと使っている、いわば伯爵家の贔屓の店である。贔屓といっても普段使いするような店ではない為、ここぞと言う時の大事な時に使う。リリックへのお礼の品は正に「ここぞ」なのである。


「はい。お久しぶりでございます。本日は花の刺繍のハンカチをお探しと伺いましたので、ご用意しております。こちらへどうぞ」


「なぜ知っているの?」


「伯爵様から先に伺いましたので」


「まあ。お父様ったら抜かりないわね。そんなに信用ないのかしら」


 婚約者へのお礼を後回しにしたのだ、信用などあるはずもない。

 しかしそんな事は全く思っていない様子のフルール。

 ロイもあの言葉を聞けば伯爵の行動に同意するはずである。相手は公爵家だ。


「それだけ愛されているのです。幸せなことですよ。さあどうぞ。後ほどお茶をお持ちいたしますのでごゆっくりご覧ください」


「ありがとう」


 通された奥の部屋には二十枚ほどだろうか、きれいに並べられたハンカチが用意されている。そのハンカチには鮮やかなものから、少しくすんだ色のものまで、様々な花が咲いていた。

 連絡したその日にすぐ、これだけの物が揃うなんてさすがロイの店だわ。


「リリック様はなに色がお好きですか?」


「そうねえ……」


「花なら何でも好きそうですが、あまりにも女性らしい色使いより、落ち着いた色合いのものの方がよさそうですね」


「……そうね」


 何度も言うがフルールはリリックのことをよく知らない。なんならミルの方が知っていると思う。

「そりゃそうですよ。リリック様を見れる機会なんてそうそうないのに、お嬢様のおかげでほぼ毎日ですよ、ほぼ毎日あのお顔を拝見できるんです。少しでも知れることがあれば知っときたいです」


 いつもは毒だと言わんばかりに顔を背けているのに、そんな思いでリリックを出迎えていたらしい。

 でも、そんなミルのおかげで贈り物のハンカチが決まった。ほとんどミルが選んだと言ってもいい贈り物をプレゼント用に包んでもらい、二人は店を出た。



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