27 フルールの興奮は最高潮
「いいか、ハンナの言うことは必ず聞くこと、リリック殿が出ている試合は必ずリリック殿を見る事、眼鏡は使わない事、淑女の振る舞いを忘れない事。いいか、ハンナの言うことは絶対聞くんだぞ。ハンナ済まない。よろしく頼む」
「承知致しました。旦那様」
剣術大会当日の朝である。
ナート家からの参加は変わらずフルールだけで、ハンナを供につけることで話がついた。
伯爵は、リリックに家を空けると言った手前、家にはいられない。別に確認されるわけではないのでいいと思うが、そこが気の小さい当主である。もし誰かが訪ねてきたら居留守などは出来ないのである。そこからリリックの延いては公爵の耳に入ったら──そう思うと、家にいる事などとてもではないが無理だ。
こうして伯爵は長男を供に、朝から家を出た。
フルールがくどくどと注意事項を聞かされていたのはその前だ。
そんなに心配なら、一緒に来ればいいのにとフルールは思ったが、それを言えば話が長くなるのがわかっていたから、おとなしく聞いていた。自分の数々の行いが原因で家族が参加しないのは知っている。だがフルールとしては、不参加とするほどの行いではないと思っている。
フユリが今回不参加としたのはフルールのせいではなく、リリックに対する令嬢たちの執着だ。フユリが一緒に行くことでフルールがリリックの婚約相手だとわかってしまう。せっかくデビュタント前で、フルールのことがバレていないのにわざわざ教えなくてもいいだろう。一部過激な者もいる。ふたりで行けば観戦などできないだろうと考えてのことだ。
尤もそれは家族全員に言えた。
なんだかんだと理由をつけたとて、末っ子がかわいいのだ。
一緒に行かないことでフルールを大切に思っていることがわかる。
そして、行くなと言ったところで聞かないこともわかっている。
剣術大会はいつも行く演習場ではなく、城壁の外にある軍部演習で使われている会場だ。いつもフルールが見ている演習場の三倍くらいはあるだろうとても広い会場で行われる。出入り口も三ヶ所あり、席に応じた入口から入らないと、かなり歩かされることになる。
剣術大会の開始は比較的遅く、お昼を挟んで午後のお茶の時間くらいに終わる。
軍部演習もそうだがこういった催し物は、あまり早い時間から始めると女性の支度が間に合わず、そこでまず文句がでる。
更に、会場の周りに店をだす商売人の稼ぎも気にしてやらなければならない。
会場に入れなくてもこの賑わいを楽しもうとする、溢れた人たちでごった返す。
売りたい者と楽しみたい者。その需要と供給を上手く合わせてやれば、さらに活気づく。
遅い朝食を取る者、匂いに誘われて昼飯だとかぶりつく子ども、終わるころに、たまには平民の食べる物でもと、普段口にしないお菓子を買い求める令嬢。その合間合間に並ぶ露天商で目を奪われればまた金を落とす。
会場の三ヶ所の出入り口には警備が立っているが、賑わう人込みに隠されて、見えない。観る者は早くに中に入り席についているし、ぐるっと囲むように店が立ち並んでいるので、スタートとゴールが同じだとは気づかず何周もして金を落としてくれる者もいたりする。商売人にとっては騎士団様様だ。
騎士団主催の催しはこう言った面でも、評判が良かった。
フルールも、早くに中に入った者のひとりだ。
「ねえ、ハンナ! 帰りに出店でお土産買ってもいい? 領地にあるのと同じお菓子があったの! お姉様とお兄様もなつかしいはずよ! いいでしょ!」
満面の笑みで、会場のざわめきに消えないよう大きな声で話しかける。
フルールの興奮は最高潮である。
「いいですが、最後まできちんと行儀よくできたらですよ」
「わかったわ。約束ね」
「いいでしょう。約束です。では旦那様から授かった注意事項を、今一度復唱してください」
「え、ここで?」
楽しい気分に水を差されたのが不快だったらしく、少々ぶすくれるフルール。
「ハンナのいう事は?」
「……必ず聞くこと」
「はい、よろしい。次は」
「リリック様が出ている試合は必ずリリック様を見る事」
「よそ見をするなということですよ」
「わかってるわ」
「はい、次」
「眼鏡は使わない事」
「これは大丈夫ですね。今日は置いてきましたね」
「……そうね」
眼鏡に関してはギリギリまで隠し持っていたのを、ハンナが見つけて取り上げ、侍女ミルに素早く渡し、ミルがダッシュでフルールの目から遠ざけた。
フルールは持っているだけだと懇願したが、であれば置いて行っても問題ないとハンナが一喝した。あの『眼鏡令嬢』は今日この場にいてはいけない。万が一にもハンナの隣に眼鏡令嬢が出現すれば、全てが水の泡になる。それだけはあってはならない。
そして、リリック含め五人の運営が姿を現わし、司令官の開会宣言で幕が切って落とされた。
淑女の振る舞い云々の復唱は出来なかったが、結果として、ハンナが即時に帰り支度に取り掛かるような出来事は起こらなかった、とだけお伝えしておこう。




