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資格を問う者

 それからしばらくは休養期間と称して俺の行動は著しく制限されてしまった。

 怪我の程度と言えば、見た目こそ包帯ぐるぐる巻きで酷いものだけれど実際は痛みこそあれど動かせないほどではないし、無理をすれば立って歩くことも出来る。ただ、勝手に動かれては困るらしく殆どベッドの上から動かさせてもらえなかった。


 食事の用意や着替えなどの生活補助はアリリが請け負ってくれた。当然とばかりに俺の部屋で一緒に住みこむ流れになったのには多少慌てたものの、良く考えてみれば同性なんだから問題はない。はず。うん。

 代わりにディンが床下から追い出されていた。俺は別に気にしない――というよりはすでに慣れきってしまっていたけれど、関わって日の浅いアリリには許容できるものではなかったらしく、凄い勢いで排斥されていた。具体的に言うと床下に銃弾を撃ちこみまくっていた。器用に避けながら床下から逃げ去るディンの姿は情けなくも感嘆に値する姿で、不覚にも涙が出たのは内緒の話。


「あれを許せるクーリアさんの方がおかしいんですからねぇ? 普通は無理です~。絶対に、無理です~」


 そんなにか。


 ちょっとかわいそうかな、なんて思いもしたけれど。ディンに世話してもらうわけにはいかないし、この処置には納得するしかない。

 ちなみに、彼女は俺と同じベッドで寝ている。流石に床で眠るわけにもいかないのは分かる。でも、なぜだろう。ディンが床下に住んでいるときよりも隣に女の子が眠っている方がずっと緊張する。俺、今はもう女の子なんだけど。十数年女やってきたんだけど。――どうやら俺が思っていた以上に、俺は俺のことを『男』扱いしていたらしい。


 早めに慣れないとな、なんて思いながら――横に眠るアリリの顔を眺めて、睫毛長いな、とか。柔らかそうな頬をつついて、やっぱり柔らかい、とか。実は起きててジト目で睨まれて、焦りすぎてベッドから転げ落ちて傷口開いたり、とか。どうにも余計なことをしでかしてしまうのだった。


「子供じゃないんですから~」


「分かってる、分かってるんだよ。でもね……」


「言い訳は結構ですからぁ、ちゃんと治療に専念してくださいねぇ?」


 はい、と素直に謝れば、よしよしと子供をあやすように撫でられて。子供じゃないと言っておいてこの扱いはどうなんだと思いつつも、久しぶりに感じる人のぬくもりに自然と頬が緩む。

 ――彼女は良い友人だ。まだ重ねた時は浅いけれど、それでも己の中でその存在がしっかりと根付いて行くのを感じている。彼女の腕は確かで、荒事においても頼りになるのは間違いない。けれど、きっとこんなことを思っているのがバレたらまた怒られるのだろうけど、例えまた俺が傷つくことになるのだとしても。


 やっぱり、守りたいと思うんだ。



 ◇



 復興の進む居住区は普段の鬱屈にも近い空気が一変して、なんとも賑やかな様相を呈していた。一体どこにこれだけの人たちが済んでいたのか驚くほどだ。

 破壊された住居はそれ以上崩れないよう柱などで固定、封鎖して。元の住人は別の空き家を割り当てられて移動していく。区はある程度の範囲で分けられて管理されていて、それぞれを治める班長同士で話し合って住民の移動を行っているようだった。


 復興と言っても無理に壊れたものを直そうとせず、余っているものを利用する考え方はこの世界ならではかもしれない。とはいえそれが出来るのは建物だけの話だ。傷ついた『人』の方はそう簡単には行かない。

 勿論医者も数こそ少ないが居ないことはない。やや離れた居住区から駆け付けた応援も少なからずいて、手分けして住民の治療を行っている。アリリも時折手伝いをしているらしい。


 俺自身は外に出ることが禁止されているので直接確認してはいないけれど、居住区内の光石灯が増設されたり、警備が強化されたりと中々物々しいことにもなっているらしかった。何せ階異襲撃の原因が未だはっきりしていないのだから、住民が警戒するのも致し方ない。

 アリリは引き続き独自の情報網で原因を探っているし、ディンにも区内外を調査してもらっている。結果は、今のところ芳しくないけれど。


「居住区外の階異発生数を調査してもらいましたが~。どうやら襲撃以前と然程変わりないとのことです~。あれだけの階異が自然発生したのだとしたらぁ、区外にもまだ多くの階異が残っていて然るべきですよねぇ。それが無いというのは何ともぉ……不気味と言う他ありません~」


「そもそも。あれが偶発的でない襲撃なのだとしてだ。一体何が目的だったんだろうな? そしてそれは今回のことで達成されたのかどうか――」


「普通に考えてこの居住区を襲うメリットなんてありませんからね~。階異だけの話であればぁ、そもそも階異とは人を襲うモノですし納得もできますけど~」


 今回の襲撃で起こったことと言えば建築物や光石灯が破壊され、住民が十数名犠牲になり、その他大勢に負傷者が出た程度だ。階異が物を取るわけもなく、その手の被害は殆ど無かった。つまり失われたのは人命くらいのもので。

 

「人減らしが目的?」


「減らさなければならない程最初から多くもないと思いますよ~?」


 考えれば考える程分からない。やはり何の進展もないまま、時だけが過ぎていく。

 ただ思考が行き詰ってはいても、傷の具合だけは順調に回復していた。もう殆ど痛みは無く、立って歩くことにも支障はない。戦闘行為が可能かは分からないけれど、多分大丈夫。近いうちに外を出歩く許可も貰えるはずだ。



 ◇



 ――それは夜のこと。


「暫くの間――観察していた。いた。君を。君。君は――遥かな頂に御座す『あの御方』が待ち望んでいた者なのか、否か」


 ゾッとするような冷たい声が、まるで耳元で響いたように滑り込んできて。反射的に飛び起きる。隣をちらりと窺えば、アリリが何とも幸せそうな顔で眠りこけている。その様子を見て少しだけ落ち着きを取り戻したけれど。

 起こさないようにそっとベッドから降りて、ステッキを手に取る。


「――イレギュラーには違いない。ない。『試練』を一つ越えたことも。違いはあるまい。が。が。――あまりに脆弱」


 独り言のように、でも確かに俺に向けて放たれている言葉。変わらず耳元に響いているのに、姿は見えない。扉を開け、外に出て。


「問おう、遥かな頂を目指す者よ。箱庭に生まれ落ちて、しかし留まらぬ者よ。君にその『資格』があるや、否や」


 やかましい。ああやかましい。

 ずけずけと無遠慮に滑り込んでくる寒々しい声に嫌気すら差して、大股で歩きながらその元を探して視線を彷徨わせる。どこにいる。どこにいる。


「質問があるならまずは姿を見せろよ。そっぽ向いてる相手に上から目線で気取ってんじゃねえ、阿呆みたいだぞ」


 怒りに任せて叫んでしまいたかったけれど、それは我慢。でもちょっとくらい煽るような台詞になるのはご愛敬だ。

 それが効いたのかは分からないが、変化はあった。暗がり、ちょうど俺の正面側の闇から染み出るようにそれは現れて。


 ――それは一見、人のようにも見える。


 人のように頭があり、人のように腕があり、人のように脚がある。人のように立っている。人のように。人の真似をして。でもそれは決して人ではない。あり得ない。

 だってそいつは。


「やっぱり、『階異』か」


 それは影のように暗い姿をした、人の形を持つ『階異』。

 のっぺりとした表情のない影の顔を載せて、周囲の闇に溶けるように揺らめく四肢をだらりと下げたまま棒立ちになっている。すぐさまに襲い掛かってくる様子は見えないけれど、勿論油断はできない。


 それにしても、と表情に出ないように驚く。ここまで人のように見える階異もいるんだ。人に近い形の階異ならば、例えば『ゾンビ・シャドー』などは姿かたちはほぼ人に近い。でも、あれは動作が人のそれから外れているからすぐに見分けがつく。近くで見れば、体も崩れていたりどこか欠損していたりして。

 こいつはどうだ。一見して、人の姿から逸脱している部分は見えない。勿論階異である証左として、その全体像は暗い影のように見えるけれど。それを抜かせば、人によく似ている。服も、それこそこの階層の住人と比べてもよっぽど文化的な仕立ての良さそうなものを着込んで。そう、スーツのような。


 それになりより、こいつは――言葉を話せる。


「問う。問う。君はなぜ、頂を目指ぶ」


 噛んだ?

 ううん、違う。ただ横合いから思い切りぶん殴られただけだ。誰の仕業かは考えるまでもなく。そいつは凄い良い笑顔を俺に向けていて。


「クーさん。変質者です。やっつけました!」


 そうね。間違ってはいないね。






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