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【連載番】「次の婚約者」もちろん、当然のようにお断りします  作者: 堀吉 蔵人
姉の婚約破棄に小躍りしていたら、次の婚約者に私が指名されました――もちろん、当然のようにお断りします

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後日談 お姉様は、今日は自分で決めます

 

 姉がルーカス卿とお茶をする日が来た。


 あの王宮法務院の廊下で、姉が「来週。短い時間なら」と自分で返事をしてから、きっかり七日後である。


 場所は、我が家の庭に面した小さな客間だった。


 父は侯爵家との一件以来、私たちの婚姻や交友について勝手に話を進めないと約束した。母も、今日は姉のドレスや髪型について何も言わなかった。


 何も言わないことに慣れていないらしく、朝から三度ほど口を開きかけていたけれど、すべて途中で飲み込んでいた。


 努力は認めようと思う。


「ミレイユ」


 姉が、鏡の前から私を振り返った。


「このリボン、変ではないかしら」


 手にしていたのは、菫色のリボンだった。


 あの夜会で身につけていた白いドレスにも、エドガーに勧められた淡い桃色にも関係のない、姉が昔から好きだった色だ。


 私はすぐに答えようとして、口を閉じた。


「お姉様は、それをつけたいのですか」


「ええ」


「では、変ではありません」


「似合うかどうかを聞いたのだけれど」


「似合います」


「今、少し答えを避けたでしょう」


「お姉様がご自分で選ぶところを見守ろうとしただけです」


「見守る人は、そんなに満足そうな顔をするものなの?」


 姉が笑った。


 最近、姉はよく笑う。


 以前も笑ってはいたけれど、今の笑い方は少し違う。誰かが望んだ形に整えた笑顔ではなく、面白ければ笑い、呆れればため息をつき、私が焼き菓子を四つ食べれば眉を寄せる。


 大変よい変化だと思う。


 焼き菓子の数についてだけは、以前より厳しくなった気もする。


「それでは、これにするわ」


 姉は菫色のリボンを髪に結んだ。


 鏡の中の自分を見て、少し照れたように目を伏せる。


 けれど、外そうとはしなかった。


「ところで、ミレイユ」


「はい」


「あなたは本当に同席するの?」


「もちろんです」


「今日は私とルーカス卿がお茶をするのよ」


「承知しています」


「では、なぜ当然のように椅子を三脚用意しているの?」


「若い男女を二人きりにしないのは、貴族令嬢としての慎みです」


「先週、夜会の真ん中で侯爵令息の話を二度も遮った人が言うと、少し不思議ね」


「あれは必要な慎みでした」


「どういう慎みなの?」


「姉の婚約者を奪わない慎みです」


 姉はしばらく黙ったあと、声を立てて笑った。


 結局、私も同席することになった。


 ただし、姉から条件を出された。


「話に割り込まないこと」


「努力します」


「焼き菓子を全部食べないこと」


「善処します」


「今のところ、どちらも守る気が感じられないわ」


 失礼な話である。


 私は空気の読める妹だ。


 少なくとも、読む努力は常にしている。


 ルーカス卿は、約束の時間より少しだけ早く訪れた。


 濃紺の上着に、飾り気の少ない銀の留め具。王宮法務院で見た制服姿より柔らかく見えたが、立ち方はあの時と同じく端正だった。


「本日は、お招きいただきありがとうございます」


「こちらこそ、来てくださってありがとうございます」


 姉は自分から答えた。


 声は少し硬かったけれど、私を見ることはなかった。


 それだけで、私はすでに拍手したい気分だった。


 もちろん、実際にはしない。


 今日は慎み深い妹である。


 席につくと、ルーカス卿は小さな包みを姉へ差し出した。


「庭で咲いた花を、少しだけ」


 包みの中には、薄紫色の小さな花が束ねられていた。


 菫ではなかった。


 私は花に詳しくないので名前は分からない。けれど、姉はすぐに気づいたようだった。


「春霞草ですね」


「ご存じでしたか」


「以前、お手紙に書いていらしたでしょう。王宮の北庭に咲いていると」


「覚えていてくださったのですね」


「はい。あの時、どんな花なのか気になっていました」


 二人の間に、小さな沈黙が落ちた。


 気まずい沈黙ではなかった。


 次に何を言うべきか、互いに急がず考えているような沈黙だった。


 エドガーなら、姉が黙った瞬間に代わりの答えを置いていただろう。


 君はこう思っている。


 君にはこちらが似合う。


 君はきっと喜ぶ。


 けれどルーカス卿は、姉が次の言葉を選ぶまで待っていた。


 姉も、急いで笑わなかった。


「ルーカス卿」


「はい」


「一つ、先に申し上げてもよろしいでしょうか」


「もちろんです」


「私は、すぐに新しい婚約を考えるつもりはありません」


 姉の指先は、膝の上で少しだけ強張っていた。


 それでも、声ははっきりしていた。


「エドガー様とのことがあったからだけではありません。私はこれまで、自分が何を望んでいるのか、ほとんど考えずに過ごしてきました。ですから今は、まず自分の好きなものや、したいことを、自分で知りたいのです」


 ルーカス卿は、すぐに頷いた。


「承知しました」


「……それだけですか?」


「はい」


「残念だとは、思われませんか」


「思います」


 ルーカス卿は正直に答えた。


「ですが、残念に思うことと、あなたの返事を変えようとすることは別です」


 姉が目を瞬いた。


「私は、あなたと話す時間をいただきたいと思っています。けれど、その先を今決めていただく必要はありません」


「では、今日のお茶は」


「今日のお茶です」


 ルーカス卿は穏やかに言った。


「次のお茶があるかどうかは、今日が終わってから、リリアーナ嬢がお決めください」


 姉はしばらく彼を見つめていた。


 それから、ゆっくりと笑った。


「分かりました」


 その笑顔は、とてもきれいだった。


 姉の笑顔なのだから当然である。


 私は黙って焼き菓子を一つ取った。


 今は口を挟む場面ではない。


 焼き菓子を食べる場面である。


「ミレイユ嬢」


 突然、ルーカス卿に名を呼ばれた。


「はい」


「その菓子は、リリアーナ嬢がお好きだと伺って持参したものです」


 私は手元を見る。


 すでに半分ほど口へ入っていた。


「そうでしたか」


「ミレイユ」


 姉が、少し低い声で私を呼んだ。


「まだ、たくさんあります」


「あなたは先ほど、三つ食べていたでしょう」


「小さいものですから、数には含まれないかと」


「含まれます」


「厳密ですね」


「今後も厳密に数えます」


 姉が私の前から焼き菓子の皿を少し遠ざけた。


 そして、その中から一つを選び、自分の皿へ置いた。


 以前の姉なら、客人と妹が取ったあとに、残ったものを選んでいただろう。


 けれど今日は、自分が食べたいものを先に選んだ。


 私はそれを見て、少し嬉しくなった。


「お姉様」


「何?」


「何でもありません」


「そう」


 姉は焼き菓子を一口食べた。


「おいしいわ」


 ただ、それだけを言った。


 誰かに合わせた言葉でも、相手を喜ばせるための言葉でもない。


 姉が食べて、姉がおいしいと思って、そう口にした。


 その後、二人は庭の話をした。


 最近読んだ本の話をした。


 姉が刺繍をまた始めようか迷っていると言うと、ルーカス卿は「始めたら見せてください」とは言わず、「どんなものを作りたいのですか」と尋ねた。


 姉は少し考えてから、菫の花を刺してみたいと答えた。


 お茶の時間が終わり、ルーカス卿が帰る支度を始めた。


「本日はありがとうございました」


「こちらこそ」


 玄関まで見送ったところで、ルーカス卿は姉に尋ねた。


「また、お茶にお誘いしてもよろしいでしょうか」


 姉は、すぐには答えなかった。


 私も答えなかった。


 今度は最初から、私の出る幕ではない。


 姉は庭を見た。


 手元の花束を見た。


 それから、自分で選んだ菫色のリボンへ、そっと触れた。


「はい」


 姉は言った。


「次は、私からお誘いしてもよろしいですか」


 ルーカス卿は少し驚いたあと、嬉しそうに笑った。


「もちろんです」


 馬車が門の向こうへ消えてから、姉は私を振り返った。


「ミレイユ」


「はい」


「今日は、あまり口を挟まなかったわね」


「私は空気の読める妹ですので」


「焼き菓子は五つ食べたけれど」


「それとこれとは別です」


 姉は呆れた顔をした。


 それから、また笑った。


 私はその笑顔を見ながら、心の中で小さく頷いた。


 お姉様は今日も、自分で選んだ。


 身につける色も。


 食べる焼き菓子も。


 次に会う約束も。


 もう誰かに、似合うものを決めてもらう必要はない。


 誰かに望まれた形へ、自分を小さく畳む必要もない。


 私は姉の隣を歩きながら、ふと思った。


 あの夜、婚約を破棄されて、本当によかった。


 もちろん、姉が傷ついたことまでよかったとは思わない。


 けれど姉は、あの日に失ったものより、ずっと大切なものを取り戻した。


 自分で返事をすること。


 自分で未来を選ぶこと。


 そして今日は、自分から次のお茶へ誘うことまでできた。


 よかった。


 お姉様、やっぱり助かった。


 私は今度こそ、本当に少しだけ小躍りした。


「ミレイユ?」


「何でもありません」


「今、踊っていなかった?」


「伯爵令嬢が廊下で踊るはずがありません」


「そうかしら」


 姉は笑いながら、私の腕を取った。


「残った焼き菓子を食べましょう」


「残っているのですか?」


「あなたに見つからないよう、二つ取っておいたの」


 姉は以前より、ずっと強くなったと思う。


 少なくとも、焼き菓子を隠す技術については、私より一枚上手になっていた。


最後までお読みいただきありがとうございます。

楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。


次作「姉を離縁した義兄から、次の妻に私が指名されました――もちろん、当然のようにお断りします」が公開されています。 タイトル上のシリーズ「恋愛小説のはずでした」よりお読みいただけます。

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