15.授業中のペアワーク
「えー、じゃあ今書いてもらった英文をペアで共有してもらいます。ペアは前後の人と組んでください」
山下とデートした日から二日が経過した木曜日。一時間目の英語ではペアワークをすることになった。そして俺のペアは、一つ前の席に座る山下だ。
「よろしくお願いします町川くん」
「ああ。よろしく、山下さん」
俺と山下は、クラスメイトの前では他人のふりをしている。特にそう決めたわけではないが、俺と山下がみんなの前で仲よくすれば面倒なことになることを、お互いにわかっているからだ。
「ノート見せて終わりはナシですよ。ちゃんと英文を読んで共有して下さい」
三十代の女性英語教師──伊藤先生が英語でそう言うと、教室内のあちこちからカタコト英語が聞こえてくる。
「……じゃあ、俺から読むぞ」
今回の英文のお題は「自分の好きなもの」。俺は中学時代からの友達である裕太と慎吾の二人とほぼ毎日やり込んでいるFPSゲーム──ガンドランについて英文で説明した。
その間、山下はずっと無表情で口を閉じていた。
「いいよなぁ町川。席順的に山下さんとペアになることが多くて」
「そうだよなぁ……合法的に鈴ちゃんと話せるなんて羨ましすぎる!」
そんな嫉妬臭い男子生徒の声を聞き流し、俺は英文を読み終える。すると山下はノートに視線を落とし、自分の英文を読み始めた。
「わたしが好きなものは「放課後の流れ星」という小説です。この小説は──」
……っ!?
山下によって丁寧な発音で紡がれる英文。その中に、俺が一昨日図書館で山下に選んだ本のタイトルが聞こえ、俺は思わず目を見開く。
よく見ると山下は、ほんの少しだけ照れ臭そうに目を泳がせた。
「──特に魅力的な部分は最初、主人公がヒロインを屋上から突き落とすという出だしで始まるところです。こうした引きの強い導入から始まり、途中あることをきっかけに──」
山下の話す英文には作品の魅力が詰め込まれていた。それでいてネタバレを徹底的に避けており、山下が本当に「放課後の流れ星」のことを好きになってくれたことがヒシヒシと伝わってきた。
俺なんかの浅知恵でも、一つくらいは山下さんの心に残せたんだな……。
もちろん、すごいのは「放課後の流れ星」という物語とその作者であるということはわかっている。それでも、俺が山下のために選んだ本を山下が好きだと言ってくれたことがうれしかった。
「はい、終了です。次は、ランダムペアで同じことを行います。ペアが使った文法や、自分の間違いに気付いたらメモするんですよ」
伊藤が英語でそう言うと、黒板に簡易的な座席表を描く。それから各座席にランダムに一から六までの数字を振っていった。俺は六で山下は一だった。
「では一の人はここら辺で──」
伊藤の指示に従い、大半の生徒が席を立つ。だが俺は立ち上がらず、シャーペンを回していた。俺が割り当てられてた六番の集合場所に、俺の席が含まれていたからだ。
「同じ番号同士で好きな人とペアを組んでください。今日は三十八人出席していますが……その、一人余るはずです。余ったところは三人で組んでください」
伊藤が言っているのは長谷田のことだ。彼女は最初の授業で長谷田に睨まれ、尻もちをついた。それ以来、伊藤は長谷田に怯えている。
対して俺の隣の席に座っている長谷田は相変わらず無言で鋭い目つきをしていた。だがよく見ると、長谷田の瞳は残念そうに揺らいだ。
長谷田って優しいからな。自分だけ課題を免除されるのは罪悪感感じるよな……。
「なあ長谷田──」
「町川ー。あたしとペア組もっ!」
俺が長谷田をペアに誘おうとした声を遮った、明るく弾んだ声。その主は春歌高校一年の二大美少女の一人──金城愛希だった。
まあこのランダムペアワークはいつも二回あるし、次、長谷田を誘えばいいか。
「……ああ。わかった。よろしく、金城さん」
「うんうん、よろしくー!」
俺が頷くと、金城は太陽のように眩しい笑顔を浮かべて山下の席に座った。
「ペアがいない人はいませんか? ……では、ペアワークを始めてください」
俺は先ほどと同じ内容を読み上げ、今度は金城が英文を読む番になる。
「えっと……あたしは、甘いものが大好きです──」
文法も発音もところどころ間違っていたし、文章自体も短い。英語は苦手そうだが、それでも金城は最後まで読み切った。
「終わったー!」
英文を読み終えた途端、金城は右手を頭上に伸ばし、左手で右肘を押さえて伸びをする。その際、金城の豊満な胸が強調され、俺は目のやり場に困り窓の外を見た。
「あー! 今、町川あたしの胸見て目逸らしたでしょー?」
「……悪い」
「あたしはいいけどー……」
窓の外を見たまま謝る俺に、金城は笑いをこらえてジト目を向けてくる。だがふいに、金城が纏う明るい雰囲気が引き締まる。
「町川ってー、今彼女とかいる?」
なんだ?
金城の声のトーンが少しだけ下がる。雰囲気がガラリと変わった金城に、俺は弾かれるように視線を戻した。けれどその時にはもう、金城はいつも通り明るく笑っていた。
なんだったんだ……?
俺は金城の変化に疑問を覚えつつ、質問に答える。
「俺みたいな陰キャに彼女なんかいるわけないだろ……」
「アハハ! 町川、悲観しすぎっしょ!」
「はい、時間です。次のペアを組んでください」
「あ、時間みたいだねー! 町川またねー」
すっかり明るい笑顔を取り戻した金城は、何事もなかったかのように山下の席から立ち上がった。
***
「おいひいぃ……」
「美知留あんた、食べるか喋るかどっちかにしたら……」
昼休み。あたしは教室で美知留、雪音、ひまりの三人と弁当を食べていた。
町川は彼女いないって言ってたけど、じゃあ駅前で山下さんと歩いてたのは何? ……二人はまだ付き合ってはいないってこと?
「──希……愛希!」
「えあっ!? 何? ひまり」
「あんたホント最近どうしたの? 一か月くらい前からたまにボーっとしてることあるじゃん。悩み事なら私たち、相談に乗るけど」
「いやいや何でもないって! あたしは何にも悩んでないからっ!」
あたしは空笑いを浮かべて、お弁当のハンバーグを口元へ運ぶ。が──。
「あっ!?」
ハンバーグが端から滑り落ち、腰に巻いていたカーディガンの袖に落ちる。
「ちょっと愛希、ホントにダイジョーブー?」
「ごめんあたし、ちょっとカーディガン洗ってくるわ。先食べてて!」
あたしは三人の返事を待たずに教室を出る。そして、トイレの水道でカーディガンを洗いながらため息を吐いた。
「なにやってんだろあたし……」
鏡に映る、曇った目をした自分自身に苦笑いを返す。
「あの時あたしは町川を好きになったんだから、さっさと告ればいいじゃん。……それなのにさ、町川に彼女がいるかもって言い訳して先延ばしにしてる。……ダッサいなーあたし」
鏡に映る自分に向かって嘲笑を向けているうちに、いつの間にかカーディガンの汚れは落ちていた。あたしはカーディガンを腰に巻き直し、両頬をペチッと軽く叩く。
「よしっ! 戻ろっ!」
いつも明るい金城愛希を作り、女子トイレから出る。その時、教室を通り過ぎて西側の奥の方にある教室に入っていく町川の姿が目に入った。
町川? あんなところで何してんだろ?
なんとなく気になって、あたしは町川が入っていった教室──四階西側の奥にある空き教室に足を向けた。




