14.朝、突然の遭遇
「はっ……はっ……」
デートの翌日──七月一日の水曜日の朝。俺は毎週水曜日と日曜日の習慣になっている朝のランニングをしていた。
「今日は……こっちの道行くか」
今日は昨日の興奮がまだ残っていたせいか、普段より早く目が覚めた。そのため登校までにまだ時間の余裕があり、俺は普段は通らない道を選んだ。
やっぱり朝のランニングはいいな……空気が澄んでいて気持ちいい。
北海道の夏は、本州と違って朝晩の暑さは大したことない。薄明りに包まれた、晴れ渡った青空の下。半そで短パンで走り、軽く汗ばんだ俺の肌を撫でる天然の冷風は心地よかった。
こんなところに公園あったんだな……そう言えば、山下さんの家もこの近くか……。
いつもと違う新鮮な景色を目で追いながらも、頭の中では山下の存在がチラつく。
「……って、こんなこと考えてたらストーカーみたいじゃないか……」
俺は自嘲気味に頭を振り、角を曲がった。その時──。
「えっ……!?」
「やばっ!?」
俺は、大きなカゴいっぱいに新聞を詰めた自転車とぶつかった。幸い、自転車は持ち主に手で押されていたため俺にも相手にも怪我はなかった。けれど、自転車が倒れる拍子に新聞がバラまかれた。
やらかした……!
「すみません! すぐ拾います」
俺は焦った声を上げ、相手の顔も見ずに新聞を拾い始める。
「こちらこそすみません……不注意でし──えっ……町川くん?」
俺の名前を呼んだのは、聞き覚えのある澄んだ声。驚いた俺は新聞を拾う手を止め、声の主を振り返った。
「山下さん……だったのか」
そこには、制服を身に着けた山下がいた。何故かはわからないが気まずくて、俺たちは視線を合わさず、無言の時間を過ごした。
「……あー、山下さんって新聞配達までやってたんだな」
「……うん」
二人で新聞を拾う。その間、会話が続くことはなかった。そして、最後の一部を拾おうとした時、俺の手と山下の手が触れた。山下の柔らかな手の温もりに、俺は慌てて手を引っ込める。
「……悪い」
「ううん。わたしこそ……」
山下も手を胸の前まで引き戻し、反対の手で俺が触れた手の甲を押さえた。そこで訪れる、再びの沈黙。
俺は落ちたままの最後の新聞を拾い、今まで拾った分と合わせて山下に差し出した。
「山下さん、これ……」
「……ありがとう町川くん」
どこかぎこちない事務的なやり取りを終え、俺と山下はどちらともなく立ち上がる。
「じゃあ俺はもういく……バイトの邪魔して悪かったな」
「ううん……また、昼休みね」
「ああ。山下さんもバイトがんばって」
それだけ言い残して、俺は駆け出す。そして俺が振り返ることなく二本目の電柱の横を通り過ぎた。その時──。
「あ……町川くん!」
珍しく声を張った山下が、俺の名前を呼んだ。足を止めて振り返ると、山下は少し恥ずかしそうに、もしくは緊張したように目を細め、口を震わせた。
「その……町川くんが良ければだけど……またいつか、一緒に遊びに行かない?」
「ああ。山下さんがいいなら俺は大歓迎だ」
即答する俺に、山下は一瞬うろたえる。だがすぐに彼女の表情は綻び、幸福を噛みしめるように微笑んだ。
「そっか……ありがとう、町川くん……」
***
少し戻って、町川と山下がデートした日の午後。あたし──金城愛希は友達と駅前に来ていた。
「で? 集まったはいいけど、結局何して遊ぶー?」
「ボウリング行こうよぉー。美知留この前のリベンジしたぁーい」
「いいねそれっ! 行こ行こ! ひまりと雪音もそれでいい?」
「オッケー!」
「私も賛成ー」
あたしが笑って美知留に賛同すると、ひまりと雪音も笑って頷く。彼女たちは心からの笑みを浮かべていた。
だけどあたしは……。
「……ってあれ? あそこにいるのって、山下さんじゃない?」
そう言われて、あたしはぼんやりとひまりの視線を追う。そして、目を見張った。
「山下さんの隣にいるのって誰ぇ? もしかして彼氏かなぁー」
「マジかー。ワタシだってまだ彼氏いないのに……やっぱ顔かー」
三人は山下に彼氏がいたことに驚いてはいるが、ここからは彼氏の顔が見えず、相手が誰か気付いていない。けれどあたしだけは、歩き方と背格好だけで相手が誰かわかった。
町川……。
あたしは唇を噛みしめ、町川の名前を声に出さないように我慢する。
町川が、山下さんの彼氏? ……ううんまだわかんないよあたし。たまたま一緒になっただけかもしれないし。
半分は現実逃避の言い訳を並べ、あたしは町川と山下の後姿を見つめた。特に町川の後姿を──ある時を境に好きになってしまった、片思いの相手を。
「どしたん愛希? そんなに山下さんのこと見つめて」
「えっ? あーいや、何でもない何でもない! ほら早くボウリング行こっ!」
「えー、愛希怪しいなぁ……」
天然系の美知留にさえジト目を向けられる。上手く笑えずに表情が引き攣ったのが自分でもわかった。
「まさか百合!? 春歌高校一年二大美少女は性的な意味で愛し合っていて、それで勝手に彼氏を作った山下さんに嫉妬──」
「そんなわけないじゃん……」
ナイス雪音!
雪音のお花畑な思考に助けられ、内心安堵しつつも白い目を向けておく。
「バカなこと言ってないで、さっさとボウリングに行くわよ」
話題が変わり窮地を脱したあたしは、町川と山下がいた方を一瞥する。だがそこにはもう、二人の姿はなかった。
あたし、どうしたいんだろ……。




