第一章(5)
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ヒノイリノクニの使者たちが退席した後、屋敷はものものしい雰囲気に包まれていた。
誰もが言葉を発せずに押し黙っている。無理からぬことであった。先ほど、シラヌイたちは「このムラを明け渡せ」と要求してきたのだ。
物言いは非常に穏やかなものではあったが、その風格には、こちらには有無を言わせまいとするような凄みがあった。すべての主導権は向こうにある。こちらが付き従えば良し。だが、反発したら――。
「――皆の者はどう思うかな」
長がようやく、重々しい口を開いた。
「俺は反対だ。俺たちは長年、この地に根を下ろし、住み続けてきた部族だ。よそのクニに取り込まれるなぞ、許されることではない」
そう言ったのはイゾウだった。血気盛んな彼らしい意見である。
「しかし、奴らの申し出を断ったらどうなるか……」
そういったのは、ムラの農耕を管理する首領だった。あからさまに気弱な表情を浮かべている。だが、不安なのは彼だけではなかった。使者の申し出を断ったら、ヒノイリノクニは力づくでもムラを制圧しにかかるだろう。こんな小さなムラ、相手にとっては奪い取ることなど造作もないに違いない。それは、この場にいる誰しもが分かっていることだった。
「奴らの言いなりになってどうする。長らくこの地を護ってきた先祖たちに申し訳が立たん!」
イゾウは声を荒げた。
「しかし、奴らと争ったとて、到底勝ち目はないぞ」
「――ケッ!」
他の首領の意見に、イゾウは面白くなさそうにそっぽを向いた。
「相手の要求をのらりくらりとかわして、諦めさせては――」
「クニの一部となるのではなく、協定を結ぶ、という前提で交渉してみては――」
といった意見も出たが、どれも妙案とはいえなかった。方々よりちらほらと出ていた声が収まったのを見計らって、
「マオ様はどうお考えかな?」
と、長はマオに話を振った。マオはしばし考えてから、ゆっくりと切りだした。
「此度の件、具体的に神の思し召しを賜ったわけではないから、はっきりしたことは言えぬ。じゃが――」
マオは一瞬、言葉を切った。
「――飽くまでもわらわの個人的な所感をいえば、ヒノイリノクニの申し出は、決して悪いものではないように思える」
マオの言葉に、イゾウが鋭い目で彼女を睨んだ。
「なんだと。つまりそなたは、このムラやこの部族がなくなっても良いというのか」
「そういうわけではない。ただ、群雄割拠のこの時代、我々の部族がこれからも生きながらえ、繁栄していくためには、大国の威光にすがるのも必要な気がするのじゃ」
「わが部族の伝統が滅びてもか」
「それでも、魂は不滅じゃ。我々が築いてきた一族としての軌跡がなくなるわけではない」
「はん。さては、ヒノイリノクニの言にかどわかされたな。使者の言葉も、心酔して聞いていたようだしな」
「何を言うか。わらわはわらわなりに、ムラのことを考えてのことじゃ!」
マオも語気を強めた。すかさず、長が仲裁に入る。
「まあまあ、二人とも落ち着きなされ」
長の言葉に、すっと一同の熱が引いた。
「――ところで、長は此度のこと、どのようにお考えなのですかな」
首領のひとりが長に尋ねてきた。
「儂か。儂はな――」
長は少し困った表情を浮かべ、しばし言い澱んだ。一同は、次の言葉を待つが、彼はなかなか話し出さない。だが、周囲が自身の言を待っている状況を察知し、仕方なさそうに言葉を紡いだ。
「ここではっきりとしたことは言えん――皆の意見が一致したうえで決めたい」
一同に失意の顔が浮かんだ。長はこのムラのなかでいちばん地位の高い人物である。故に、仮に長が「戦う」といえば、一同命を賭してでもヒノイリノクニに対抗しようと決意したかもしれない。しかし、よりにもよって、長は今回の事態について、具体的な意志を持ち合わせていないのだ。
それは、目印となる星が見当たらないのと同義だ。どこに向かえばよいのか――そんな不安を、ここにいる誰もが抱くことになった。