ヘッドハンティング3
ダンジョンを出てホテルに戻った二人は、予約していたリゾートホテルの一室で一休みする。
ありのままの自然環境が保護され、県内でも有数の透明度を誇る遠浅の天然ビーチの側に面した、インターナショナルな品格のあるホテルである。
「しかし、なんで深層のモンスターがあないな所に居ったんや? というより、なんで今頃出てきてん」
部屋に入るや否や、氷室は上着を脱ぎ捨て、椅子にもたれかかる様にして座りながら、ナディの方を向いてそう聞いた。
沖縄のダンジョンが出現してから十数年。それまでの間、一切の情報がなかったのは不思議でならない氷室は、服を脱ごうとしている輝夜にそう尋ねる。
「深層じゃなくて新階層だよ」
『いいからアンタはまだ服着てなさい』
輝夜の服の裾を掴み、脱がせまいと踏ん張るナディ。
輝夜が軽い口調で謝りながら脱ぐのをやめたところでナディはため息混じりに小言を言って服の裾から手を離す。
そして輝夜が汗を流すために脱衣所に向かい、氷室と二人きりになり、ナディは氷室の問いに答える。
『下層はろくに探索されてないもの。情報がないのは別に不思議じゃないわよ。ただ、なんであんな所に深階層のモンスターが居たのかは知らないわ』
「さよか」
氷室は短く返事をすると、冷蔵庫から冷えたウィスキーを取り出し、栓を抜きグラスに注ぐ。
これから会食だというのに、そんな酒を煽っても平気なのかと、ナディは思いながらも話を続ける。
『まぁ、でもたまに居るわよ。ダンジョンタワー自体には興味がなくて、自分の欲求を最優先にさせるタイプとか。この間のヴィサスもそうね』
「強い奴と戦いたいって感じやったな」
『他には、自分が強くなる事に大して興味がなかったり、ただ平穏に暮らしたいだけだったり、仲間と馴染めなかったり迫害されたり。争いを好まない、もしくは競争から脱落した個体は、争いがないダンジョンの上層へ逃げたりする』
「……まぁ、その辺は、なんとなくわかるわ」
人間にも生存本能が機能していないとすら思えるほど、極端に危機感の無い者や、逆に必要以上に痛みや恐怖から逃げたがる者が居ない訳ではないし、社会やコミュニティに馴染めない者は珍しくない。
どんなに狭いコミュニティでさえ、派閥だのヒエラルキーだのがあるくらいだ。
モンスターの中にもそういう周りと馴染めなかったり、感性がずれている様な個体がいるというのは、納得ができる話である。
『ま、そういう個体は自然と淘汰されたり、そもそも他者から隠れるから、実際に見かける機会はそう多くはないんだけどね』
「なるほどな。上層に逃げたはいいものの、タワーの崩落に巻き込まれてっちゅう事かい」
『そういう事ね』
氷室は酒をぐいっと飲み干し、空になったグラスをジッと見つめて物思いに耽る。
もし、アレが同族から逃げて来て、あそこでひっそりと暮らしているだけのモンスターだとすれば、輝夜が手を出さなければ、何もしてこなかったかもしれない。
もしそうならば、イレギュラーを見かけた場合、手を出さずに速やかに場を離れるように周知すれば、死亡者は格段に減るだろう。
イレギュラーの方は、プロハンター数名を派遣して対処すれば良い。
『考えてそうな事はなんとなくわかるわ。けど、ハンターとしての歴が浅かったり、中途半端に実力がある者ほど挑もうとするわよ。特に配信なんて人気商売が流行ってる現状、マグレでも勝てれば一躍有名でしょうしね』
「……ぐうの音もでぇへん」
自分の考えを見透かされた上に、丁寧に否定され、氷室は肩を竦める。
『それにあんたの言うイレギュラーはそれだけじゃないわ。好戦的、野心的故に、地球という未知の世界を求めて、自ら崩落に身を投じる者、または者達だっている』
「それに関してはすでに実例があるな」
氷室はヴィサスの事を思い浮かべる。
『そうね。だからイレギュラーに遭遇したからといって、逃げればいいって話じゃないわ。』
「あっ! 一人だけ飲んでずるい!」
髪も濡れた状態でTシャツだけ着た状態の輝夜が脱衣所から出て来て、酒を飲んでいる氷室を指さして叫ぶ。
「アンタって子は、ちゃんと髪を乾かしなさいよ」
ナディは呆れた様子で輝夜の元まで飛んでいくと、風魔法で彼女の髪を乾かし始める。
「お前も飲んだらええやんけ」
氷室はグラスをもう一つ手に取り、それに酒を注いで輝夜に渡す。
「やったね。っていうか、これから人に会うのに飲んで良いのかよ」
輝夜は嬉しそうにグラスを受け取ると、それに口をつけて一口飲んでからベッドに腰を下ろすと、悪戯っ子の様な笑みを浮かべて氷室を煽る。
「こんぐらいかまへんわ。むしろ気つけみたいなもんや」
そう言って一気に飲み干すと、グラスを置いてスーツケースから正装を取り出してそれに着替え始める。
「……で、どうするつもり? 本当に予言書渡しちゃって良いの?」
予言書に大して興味はない輝夜だが、これが重要なものであるという事は理解している。本当に渡すつもりなのか、再度確認をしておこうと思い氷室に尋ねる。
「……ホンマの事言うと、あんま渡すつもりはないねん」
氷室は少し考える素振りを見せた後、言いにくそうに話し始める。
「そもそもの話、真実の瞳はオークションに出品しとったもんや。持ち主からすれば、それ自体には大した執着はないやろ。それを予言書と交換やなんて条件出してきとる時点で、こっちはかなり足元見られとる」
普段はスーツなど着ないため、ネクタイが上手く結べず、不恰好な首元を見て顔を顰め、ネクタイを解いて結び直そうとする。
「それは良くないね」
輝夜は氷室の手からネクタイを取り、自分の首にかけてから綺麗に結び、氷室の首にかけてやる。
「渡す素振りを見せん事には、交渉のテーブルに付くこともできん。せやから無理言ってお前について来てもろうたわけや。それに、大富豪なだけあって、交渉事にはめっぽう強い。条件が不利の状況で言いくるめるんは……正直なところ無理筋や」
「って事は腕尽くで?」
交渉のプロではなく、氷室がわざわざ出向くというのはそういう事なのだろうと、輝夜は考えた。
しかし、それに反して氷室は首を横に振る。
「向こうの警備は厳重や。爺さんにはボディガードが二人、常に着いて警護しとる。そんでもって、その二人は、恐らくは海外のプロハンターか、それに匹敵するレベルやと聞いとる」
「なるほど、だから大統領レベルの警備と言われるわけか」
G7の際、各国の代表の護衛に就いていたのも、その国のプロハンターが一人だけだった。個々の戦闘力はトップレベルには劣るだろうが、それでも海外のプロレベルが二人。他にも護衛の手段を備えているであろう事を考えれば、国の代表クラスだと言われるのも納得である。
「せやから、あんまり揉め事は起こしたないねん。確実に大騒ぎになってまう。せやから最悪の場合は予言書を渡してしまってもかまへん。ワイが派遣されたんは、ある意味で予言書の護衛の側面が強い。トレードの前に予言書を奪われたんじゃ話にならへん」
氷室はスーツケースからもう一着、輝夜の分の正装を取り出して彼女に渡すと、背中を向けて窓の外に視線をやる。
「まあ、お前が持っとるうちは誰も手出しはせぇへんやろうけどな」
「と言うと?」
ナディに手伝ってもらいながら、輝夜は渡された服に着替える。
腰にベルトが付いた黒色のタックフレアのワンピース。
女性用の服はどうして動きにくそうなものしかないのだろうかと思いながらも、輝夜はそれに着替える。
「元々、予言書は中国の国宝級の遺物や。加えて、旅団の裏に居んのもな。ヨハネの予言書は朱月輝夜が持っとるからこそ、誰も手ェ出せへんようなっとる」
「……それなら、中国も、なんで僕に予言書を返すよう言ってこないんだろ? 旅団と手を組んだなら、僕が予言書を持ってる事は知ってる筈だろうし、元は中国のものだって言うなら、返還を求めるのは正当な事だと思うけど?」
輝夜は純粋な疑問を氷室に投げかけると、氷室は少し返答に困った様子で、軽く頭を掻きながら答える。
「まぁ、言って来てもおかしくはないんやけどな。お前を殺してでも予言書を手に入れたい旅団とは違い、中国は――いや、中国だけやない、世界中がお前の持っとる情報が欲しいと思うとるし、いまだにそれは諦めとらん」
そう言われた輝夜は、G7サミットの時も、明確に自分を狙ってきていた事を思い出す。
国際的な立場上、本当に表立って何か仕掛けて来るわけではないが、水面下では手段を選ばずといった感じであった。
ここ最近は旅団や殺し屋の襲撃もない。旅団の裏に居る者が暗殺にストップをかけているという事だろう。
「そういう理由から、あんまりお前の機嫌を損ねたくはないんやろ。できれば友好的な関係を築いたままにしときたい思うとるやろうからな。それに、向こうからしてみれば、朱月輝夜を手に入れれば、ついでに予言書も返って来るっちゅう状態にしといた方が、何かと都合がええんとちゃうか?」
鍵なしでは予言書は使えない。他社の手に渡ったところで悪用される危険性が少ないのであれば、外交のカードとして利用するのが得策という事である。
二兎を追うものは一兎も得ずと言うのであれば、二兎を一兎にしてしまえばいいというのは、確かに合理的である。
「僕が手放すとどうなるの?」
「お前以外が持つ事になれば、旅団だけやない、中国から政治的な圧力もかかるやろうからな。ほんでもって、困った事にそれは正当な理由やさかい、こっちも簡単に突っぱねるわけにもいかん」
G7サミットの一件で旅団も痛手を負い、鳴りを潜めているものの、情報が知れ渡れば確実に狙ってくるだろう。
そして中国もここぞとばかりに、返還を要求してくるだろう。
いずれにせよ、予言書が輝夜の手を離れた時点で、何らかのアクションを起こしてくる事は間違いない。
「……っていうか、単純な疑問なんだけど、そもそも今までは存在すら噂程度だった旅団がさぁ、なんでここ最近でやたらと出張ってくるのか不思議じゃない?」
ナディが輝夜の髪を丸め、お団子ヘアーを作る。
「原因はワイとお前や」
「どういうこと?」
氷室は輝夜に自分の考えを説明する。
旅団に初めて接触した事は単なる運である。そして、輝夜の配信を通して世界中に百足旅団の存在が露呈した。
さらに極め付けはラスベガスでのオークション。そこで盛大に旅団をコケにしつつ、彼らが狙っている予言書を輝夜が手に入れたものだから、旅団は輝夜を抹殺の対象とし、予言書を手に入れようとした。
しかし、輝夜を殺すのは難しいと判断したのか、韓国と手を結んだからか、輝夜個人への攻撃はなくなった。代わりに日本への嫌がらせとして派手に暴れているのだ。
ナディやヴィサス、直近だがドワーフなどのコミュニケーションが取れるダンジョンの種族が日本にばかり現れるため、それを狙ってというのもあるだろう。
氷室は少し緩くなった酒を煽り、舌を湿らせてから再び話す。
「話を戻すが、予言書を中国に渡せへん言うても、個人の所有物を国がどうこうするわけにもいかんからな、向こうが個人相手に取引を持ちかけるのは止められへん。渡さへんように要請はできるが、強制はできん」
「中国がその人に返してって言って、その人がいいよって言っちゃっても、僕らはそれを止められないってこと?」
「早い話がな。ほんでもって、中国に渡るっちゅう事は、旅団の手に渡るっちゅうことや」
生粋のコレクターであれば、自分のコレクションは金を積まれても売るつもりはないだろうが、真実の瞳をオークションに出していた事もあり、ヨハネの予言書も愛でることに満足したら早々に手放す事も十分に考えられる。
「なるほどね。で、なんか策は考えてるんでしょ?」
着替え終えた輝夜は、そっと氷室の側まで寄ると、ポンポンと彼の肩を叩く。
「お前から予言書の話を聞くまでは、トレード後に旅団の仕業に偽装して盗みだそうかとも思ったが、今は一個だけ策がある。鍵をワイらで確保することや。鍵の場所が全くわからんわけちゃうんやろ?」
ゆっくりと振り向いた氷室は、輝夜の服装を見て満足げに頷く。
『予言書を介して微かに鍵の発する魔力で、なんとなくの方向くらいはわかるわよ。けど、予言書が近くにないとわからないし、あるとすればきっと海の中よ』
「潜水艇くらいなら用意できるさかい、問題あらへん。最悪、予言書を渡す事になってもトレードまでに多少は時間を作ればええさかい、ちと厳しいタイムスケジュールになるかもしれんが、そうなった場合はもう何とかするしかあらへんな……もっとも、説得できればそれが一番やけどな」
氷室はそう言うと、荷物をまとめて約束の場所に向かう。
◇◆◇◆
会食の場となっている料亭では、すでに約束をしている相手が待っていた。
「お待ちしておりました」
彼が真実の瞳の所有者。敷島巡である。氷室の事前情報にあった通り、彼自身からは魔力などハンター特有の気配は感じない。
その代わり、彼の後ろに控えているスーツの男性二人。おそらくは敷島の護衛であろうが、彼らからは強者の気配を感じる。かなりの手練れであろう事は推察できる。
「すでに料理は注文しております。早速本題に入りましょうか」
二人は席に着くや否や、特に前置きもなしに本題へと話を進める。
「ヨハネの予言書と真実の瞳をトレードっちゅう話やったな」
「ええ、その通りです」
「ヨハネの予言書は百足旅団も狙っとる代物や。今まではこいつが持っとったさかい、手ェは出せへんかったが、アンタの手に渡れば間違いなく奪いにくる」
予言書と瞳のトレードはこの場に居る人間と、政府の極一部しか知らない。トレード後については、どこから情報が漏れるか、わかったものではない。
遅かれ早かれ、旅団が狙ってくる事は間違いないだろう。
「でしょうね。私もあの日、ラスベガスのオークション会場に居ました。彼らがそれを狙っている事はよく理解しています」
「さよか、なら話が早いが、そういう理由から正直なところ、ヨハネの予言書はこのままコイツに持たせときたいねん」
旅団の力を知っているのであれば話は早いと思った氷室は、隠さずにそう話す。
魔力を持たない一般人からすれば、いくら護衛がいたとしても戦いの余波で死ぬ。オークションでの一騒動はそう思うには十分な一件であった。
「なるほど、仰りたい事はよくわかりました。それで、そちらが考える落とし所はどこですか?」
「買取りか貸出か。元々オークションに出品しとったもんや。なら、金を積めば手放してもええ代物やと思うんやが?」
「貸出はできません。私は政府の遺物管理を信用していない。現に国外へ流出している遺物は数多くある」
痛いところを突かれ、氷室は肩を竦めたくなる。
敷島の言う通り、国外に流出している遺物はかなりの数がある。最も、それはどこの国であっても同じ事。現に中国も国宝にまで指定している遺物を失い、巡り巡って輝夜の手元にあるのだから。
「そして、生憎と金には困ってないんですよ。真実の瞳を出品したのは。単純にオークションへの参加権が欲しかった為です。そのためには出品者になるのがもっとも手っ取り早かった」
金以外の付加価値が必要だと、敷島は暗にそう伝える。
「……困ったな。コイツをそこまでして欲しがる理由、聞かせてもらえんか?」
敷島の話を聞いた氷室は少し逡巡する。相手が付加価値を求めているのであれば、切れるカードは幾つかある。しかし、まずは相手が何を欲しているのかを見極めなければならない。
「構いませんよ」
敷島が理由を語ろうとしたタイミングで、襖がゆっくりと開き、料理が運ばれてくる。
間が悪いと、氷室は内心で思った。そう思ったという事は、自分でも気づかない内に焦っているということである。
氷室は慣れない事はするものではないと思いながらも、卓上に料理が並べられる間、頭の中で考えをまとめて心を落ち着かせる。
「ヨハネの予言書は、単に未来を教えてくれるだけの遺物ではない。望む未来への道標を指し示してくれるものだそうで」
卓上に料理が並べられ、上品な仕草で女将が退出してから少しして、敷島は桝から冷酒の入ったグラスを取り出し、ゆっくりと一口啜る様に飲んだ後に、理由を語った。
「それは初めて聞いたな。せやけど、魔力を持たんもんに、遺物は使われへん。予言書を手に入れたところでアンタは自分の未来を見る事はできん」
「私自身の未来など興味ありません。すでに年老いた身の上。未来を見たところで意味はない。それに、私はすでに十分に成功している。欲しい理由は単純に……趣味ですよ。どんなものか興味があるだけです」
敷島は嘘を言っている。彼の話を聞いた氷室はそう思った。予言書を手に入れたい本当の目的は別にあるはずだと。
だが、それを聞き出すのは難しいだろう。問い詰めたところではぐらかされるか、しらばっくれるのが目に見えている。
何れにせよ、ヨハネの予言書以外で取引をするつもりはないのだろう。
「趣味に命まで賭けるんか?」
「まさか。仮に旅団が襲ってきたとしても、私には指一本たりとて触れられませんよ」
敷島は自信満々にそう言う。
オークションでの一件を見た上での発言。戦いの余波に巻き込まれる事など万に一つもありえないといった態度。自分の守りに絶対の信頼を置いている事が伺える。
「——狙われるんは、アンタの家族も例外やない。輝夜、お前ならどうする?」
「……んあ?」
自分には関係ないとでも考えていたのか、二人が料理に手もつけずに話している横で、思う存分に料亭の御膳に舌鼓を打っていた輝夜。全く話を聞いておらず、キョトンとした顔で聞き返す。
「お前が百足旅団やったとしたら、どうやって予言書を奪う?」
輝夜は口に頬張ったものを咀嚼し、飲み込んでから表情一つ変える事なく答える。
「……旅団なら、間違いなく奥さんか、子供を人質にとって予言書を渡すように脅すね。なんなら手足の一本でも送りつけるくらいはしそうだね」
ノータイムでその答えが出てくる時点で、命の価値観がイカれとる。氷室は内心でそう思いながらも、自分も同感だと頷く。
事実、オークションで戦った老紳士が身につけていた遺物も、持ち主を殺して奪ったものであった。それくらいの事は平気でするだろう。
しかし、その答えを聞いた敷島は、軽く笑って答える
「私に家族は居りません。妻も子も、ダンジョンブレイクにより死にました」
「……それはすまんかった」
「いえ、構いません。もう十五年以上も前の事ですから」
「ですので、私の説得に意味はない。真実の瞳は予言の書とトレード。もしくは予言の書と同等のなんらか、今のところ、それ以外では真実の瞳を渡すつもりはありません」
こちらの話は終わりだとでも言いたげに、敷島も箸を手に取り、目の前に用意されて料理に手をつける。
「——そうは言うてもなぁ。こっちは国宝級の遺物やで? 流石にレートが違いすぎるんとちゃうか?」
「確かにそうですね。では、私が所有している遺物を三つほどお付けしましょう。好きなものを持っていってもらって構いません」
「随分と太っ腹やな」
「これくらいは当然でしょう」
「(流石に、真実の瞳だけ寄越せっちゅうんは無理筋やったか。思わぬ収穫があったんはええ事やが……なんというか……)」
説得も代替品とのトレードの提案も、のらりくらりと躱されてしまう。追加で三つの遺物を引き出せたのは思わぬ収穫ではあるが、交渉としては失敗である。
敷島が隠している本音を暴かなければ、何を提案したところで意味はない。そして、その本音を暴く時間はない。
「しゃーない。予言の書と真実の瞳+αで手ぇ打ったで」
氷室もそれ以上の交渉は諦め、料理に手をつける。
「ええ、では私のコレクションからどうやって選びます?」
「リストかなんか用意してくれると助かるわ。そん中から選んで連絡する」
当初考えていた通り、予言書は渡すが予言書の鍵は手に入れる。リストの用意に数日、そこからトレードに要求する遺物の精査に数日、イベントまで時間を考慮しても、一週間以内には鍵を手に入れなければならない。
「リストですか。二日ほど時間がかかりますがよろしいでしょうか?」
「構わん。こっちもリストを精査した上で返事するさかい、そんときにトレードを行う日時も指定させてもらうで」
「それで構いませんよ」
そこで話は終了する。
後は他愛の無い雑談をしながら、食事をし、軽く挨拶をしてその場は解散となる。
◇◆◇◆
「残念だったね。上手くいかなくて」
帰り道、輝夜は氷室を慰めようと思い、そう声をかける。
「元々足元見られとる言うたやろ。最初から上手くいくとは思ってへん」
氷室はスマホで飛行機の手配をしながら、口早にそう返す。少し凹んで居るかと心配していたが、どうやら要らぬ心配だったようだようで、輝夜は黙って肩を竦める。
「それもそうか。となると、期限までに鍵を取りに行くしか無い訳だ」
「潜水艦の手配は要請しとる。これから佐世保の海自基地に向かう。そこで潜水艦に乗る」
氷室は一秒でも惜しいと言わんばかりに、口早に説明しながら車に乗り込む。
「そんなに急がなくても、トレードの日程はこっちで指定するわけだし、鍵が見つかった後でもよくない?」
輝夜はそう言いながら助手席に乗り込んでシートベルトを絞める。エンジンをかけ、アクセルを踏む。
甲高いエンジン音を奏で、赤いテールランプが尾を引く。車内から見える街頭が視界から流れていく。
「いや、時間はほとんどあらへん。長引かせすぎると不信感を持たれてしまうさかい、一週間以内には見つけなアカン」
潜水艇で広大な海底から、小さな鍵を見つけるなど不可能である。ナディの案内があってようやくといったところだろう。それでも、鍵の入手には日数がかかると思っておいた方がいい。
「それになんや、あの爺さんの態度が気がかりでな」
ハンドルを握りながら、ボソリと呟く氷室。
氷室は敷島が自分の守りに絶対的な自信を持っている事がどうしても引っかかった。
守る側は襲撃する側と比べて圧倒的に不利である。常に襲撃を警戒していなければならず、襲撃者はその警戒が緩んだ一瞬の隙を突いてくる。
そんな事は敷島自身もよく理解している筈である。にも関わらず、揺さぶりをかけても余裕を崩さない態度。
それに加えて、意地でも腹の中を見せようとはしない。
「何や裏があるみたいやし、向こうに時間を与えとおないんや」
百足旅団と裏で繋がっているのではないか。
氷室の頭にはそんな疑念が浮かび上がる。
当然、何の証拠もない。むしろ、入念に身辺調査をして、旅団とは何の関係性もない事がわかっている。これで旅団関係者だとすれば、諜報部を総入れ替えしなければならない程だ。
だが、百足旅団の関係者ではなくとも、何かしら裏があるのは間違いない。
「ふーん。まぁ、なんにせよ鍵があれば遺物が使えるっていうなら、早く手に入れたいってのは賛成だけどね」
「なんや。自分でも使うつもりなんか?」
「まぁね。自分の未来がどうなってるのか、少し知りたくはあるんだよね」
男に戻れるのかどうか。未来を知ればそれがわかるかも知れない。もしかすれば、男に戻る方法もわかるかも知れない。
最も、男に戻れないという未来が記されている可能性もあるが、結局は見てみなければわからない。
「ふーん。なんやそういうんには興味ない奴や思うてたわ。今が良ければそれでええっちゅうタイプやと」
氷室は運転をしながら、意外そうな表情でそう言う。
これまでの輝夜を見ていても、自分の興味関心に素直な人間だと氷室は思っていた。
ダンジョンに潜るのも、本人がそうしたいからしているだけ。ダンジョンに潜って得られた副産物には興味もくれない。故に、配信を始めるまでは無名でいたのだ。
将来の事など、頭の片隅にすらないものだと思っていた。
「本来はそうなんだけどね。まぁ、色々あるのよ色々と」
輝夜も氷室の言葉否定はしない。
「……ま、なんでもええが意欲的なんは助かるわ。ナディ頼りになるさかい、お前らにやる気を出してもらうしかあらへんからな」
どんな理由があるのか、少し気になる氷室だったが、それ以上は深掘りせず、ハンドルを握り直す
忙しく、執筆時間が減りつつあります。
最近はVRゲームものにハマってて、自分でも少しづつ書き進めています。暫く書き溜めたら後悔したいと思っています




