ヘッドハンティング2
「配信とかする?」
「いや、ヘッドハンティングをしとるって多少の噂が広がるくらいなら構へんけど、配信で堂々と言うてもうたら、自分を売り込みたい連中が行く先で待ち伏せするかもしれへんやろ?」
「それもそうか」
輝夜は、何時ぞやかダンジョンを出たらマスコミが周囲を取り囲んでいた時の事を思い出す。そんな経験は一度でお腹いっぱいである。
「前にダンジョン潜っとったんやろ? 下層まで案内してくれ」
「おっけー。ナディアイテムボックス」
輝夜はナディアイテムボックス開かせ、中から古びた地図を取り出して地面に広げる。
「下層はまだ大半が未踏破エリアに指定されてるんだけど……えーっと、下層まではニ時間くらいはかかるかな」
輝夜はそう言いながら、地図で下層までの道順を指でなぞる。
「往復四時間か。会食までには充分に間に合うな」
輝夜の示した道順を二人が並んで歩き、その後ろを、ピッタリとくっつくようにナディが付いて飛ぶ。
次の階層への道順がわかっていること、上層、中層のモンスター程度では、二人の相手になる筈もなく、最短距離で下の階層へと進んでいく二人。
ものの三十分ほどで上層を踏破し、中層へと差し掛かる。上層では広いエリアだった事もあり、他のハンターを見かける事はなかったが、中層からはチラホラと他のハンターを見かけるようになる。
「なんや、中層からはハンターが増えてきた気がするな」
「上層は広いし、採掘以外に旨みがないからね。あんまり人は居ないんだよ。中層でモンスターを狩って金策してるんだよ」
「……なんや、あれやな。色々とそういうルーチン? みたいなんが開拓されとんのやな」
ダンジョンが出現してから、それなりの年月が経っている。安全かつ効率な方法が確立されるのは、当然といえば当然の話である。
「ダンジョン二つしかないからねぇ。それに、もう一方は十層までしかないし、モンスターもかなり弱いから、稼ぐならここしかないんだよね」
「へぇ、通りで。なんや、ベテランっぽい感じの奴らしか居らへんわけか」
周囲に居るハンターはそれなりに良い装備に身を包んでいる。軽装どころか私服で闊歩している二人の方が、返って浮いてしまう。
最も、周りは戦闘や作戦会議に集中しており、二人の事など気にもしていない。
「ルーキーはもう片方のダンジョンか、上層で採掘してるからね。それに、中層は人が多いって言っても、それは上半分の話で、下半分にはそんなに人は居ないんだよ」
「そらまた、生ぬるい連中ばっかりやな」
中層の後半からはモンスターの強さが一段階上がる。中層の前半でモンスターを狩るだけで生計を立てられるため、安全マージンを多く取るハンターは、中層の後半まで潜る事はないのだと、輝夜は説明する。
それを聞いた氷室は、日本のハンターが弱い理由がそこにあると嘆く。
「向上心がある連中はもっとダンジョンが多い所に行くからね。それでも僕が居た頃はまだ下層の踏破を目標にしてるのがチラホラ居たけど、今はもうこの辺に残ってるのはルーキーか、一線から引いた人しか居ないかもね」
「端からスカウトする場所を間違えとったっちゅうわけか」
◇◆◇◆
「さて、此処だよ」
輝夜は下層へと続く下り坂の前で止まる。
その先を進めば二十一層目。此処からモンスターも強力になる。特に、此処のダンジョンはレベルが高く、上層ですでに大蠍のような中層クラスのモンスターが湧いて出る事もある。
そんなダンジョンの下層は殆どが未踏破の領域。
輝夜も一年程の間、下層に潜り続けていたが、殆ど探索は出来ていない。
積極的に探索しなかったと言うのもあるが、下層から下は厳しい環境であるため、人が立ち入れる場所が限られている。
「さ、いくよ」
輝夜はそう言って、シャツのボタンを下から外していき、裾を掴んでへその辺りでギュッと結ぶ。胸元のボタンも外し、胸元から下着の端が覗き見えるくらいに緩める。
「何しとんのや」
急に脱ぎ始めた輝夜を見て、困惑する氷室。
「こっから先、火山地帯だから」
そう言って先に進む輝夜。
だんだんと道が先細りになっていき、一本道の細い洞窟の中を歩いていく。
一歩一歩下層へと近づいていく度に、周囲の温度が徐々に高くなっていき、頬をなぞる風もぬるいものへと変わっていく。
サウナに入っている時のような若干の息苦しさと、熱い空気が纏わりつく不快感。
「なるほどな。暑そうやな」
氷室は歩きながら来ているTシャツを脱いで半裸になる。少し湿ったシャツを剣の鞘に巻き付けて厚みを持たせて簡易的な肘掛けを作り、その上に腕を置いて楽な体勢で輝夜の後ろを付いて行く。
そのまま歩き続けると、周囲が赤く照らされていく。
洞窟から抜けた先に広がるマグマ。その上に辛うじて人一人通れるだけの狭い岩の橋がかかっているだけ。一歩でも踏み外せばそのまま真っ逆様にマグマへと落ちていく。
「そら未踏破なわけや。他の連中が諦めるんも納得やな」
足場よりもマグマの方が多いのを見た氷室は、額の汗を拭いながらそう呟く。
いくら屈強なハンターといえども、マグマには入れない。長年の間、未踏破な理由にも合点がいく。
「耐熱に優れた遺物かスキル、魔法でもいいけど、そういうのがないと、行ける範囲がかなり限られてるっていうか、これより下に降りられないんだよね」
何せ下の階層へ続く道はマグマに囲まれている。マグマを渡る手段が無ければこれ以上先に進む事が出来ないと、輝夜は説明する。
「RPGとかでいう、終盤かクリア後からやないと入れん場所みたいやな。んで、お前はどないしたんや?」
「ナディの魔法でマグマ飛び越えてって感じかな」
「お前さんは、ほんまに便利なやっちゃな。ワイも欲しいわそんな相棒」
『妖精は他の種族とは関わらないから無理ね』
「ほんならなんで、ナディは輝夜と一緒に居るんや」
ナディの言葉に氷室は純粋な疑問を投げかける。
『……魔力の質が気に入ったからよ』
ナディはそっぽを向いてぶっきらぼうに答えると、逃げる様にして輝夜の髪に隠れる。
氷室からはナディの顔がよく見えないが、一瞬だけ耳が赤くなっている様にも見えた。
「なんや、二人だけの秘密かいな」
無粋だとは思いながらも、二人の関係が気になって仕方がなかった氷室は、明後日の方向に目を向けて、何気無い風を装いながらも話題を深掘りしようとすると。
「……そういうわけでもないけど、まぁ、別に話すほど大した事でもないよ」
ナディの様子を見ていた輝夜は、苦笑いを浮かべて誤魔化す。
これ以上、この話題を広げるつもりはないらしいと思った氷室は、これ以上は深く聞くのをやめて黙り込む。
「お、そろそろ開けた場所に出るよ」
「やっとか。鉄骨渡りでもやっとる気分やったで」
開けた場所に出た二人は、近くの岩場に腰を下ろして一息つく。
「電気も流れてなければ強風も吹いてないけどね」
「ほんで、ここはどんなモンスターが出るんや?」
「爬虫類系が多いかな。サラマンダーとかドラゴンとか。後はゴーレムとか無機物系」
「ええやんけ、ようやく斬り甲斐のある相手になってきたな」
氷室は携えていた剣を輝夜に渡して、代わりに自分の刀をアイテムボックスから出してもらう。
「でも、一番厄介なのはラヴァワームだね」
「……あ? サンドワームみたいなやつか? それはちょっとしんどいかもしれんな」
受け取った刀を腰に差しながら、氷室は以前に輝夜が飲み込まれた事もある巨大なサンドワームの姿を思い浮かべる。
もしもマグマだらけの場所でサンドワームの様な巨体が暴れでもすれば、少ない足場さえもマグマの中に沈みかねない。
「そこまではデカくないよ。ただ、打撃斬撃はあんまり効かないんだよ。何せマグマの中に棲息してくるらいだからさ」
輝夜はアイテムボックスからキンキンに冷えたスキットルを二本取り出し、片方を氷室の方へと放る。
「ほーん」
輝夜から受け取ったスキットルの栓を開けて、中のウィスキーをぐいっと煽る。
「あと、見た目はワーム系の中では一番ホラーだよ」
輝夜はそう言うと、スキットルの中身を一気に煽り、からになったそれをアイテムボックスに戻し、また別のスキットルを取り出して栓を開ける。
そして二本目に口を付けようとした時、ゴゴゴと地面が音を立て始める。
「そうそう、こんな風に地面が揺れると近くにラヴァワームが居るっていう……」
マグマの中から、ラヴァワームが顔を出す。サンドワーム程では無いが、それでも数十メートルはあろう巨体。その巨体を回転させながらマグマから現れるため、身に纏ったマグマが周囲に飛び散る。
「確かにサンドワーム程はデカくは無いとは聞いたが、それでも十分にデカいな」
マグマの熱で歪な形に変形した外殻は、端の方が赤熱しており、図体に対して口が小さく、子犬を一匹飲み込むのがやっとの大きさしか開いていない。
「軽ーく試したろやないか」
氷室はそう言うと、剣を軽く振るう。
一瞬の間があった後、ラヴァワームの外殻に一筋の線を描く様に深い亀裂が走る。
「なんや、変な感触やな」
外殻だけでなく本体諸共、軽く両断したつもりだったが、ラヴァワームからは一滴の血も流れていない。
外殻は斬れている。だが、外殻の下は分厚い脂肪で覆われているのか、斬撃の威力が吸収されて内蔵まで届いていない。
「ナディ曰く、ラヴァワームは、マグマの熱から内蔵系を守るために、体の八割が分厚い脂肪層で覆われてるんだってさ。だから打撃も斬撃もその脂肪層に吸収されて内蔵までは届かない」
輝夜はそう言うと、ベルトのポーチから手榴弾を一つ取り出してピンを抜くと、そのまま高く上空に放り投げる。
「でも、外からの攻撃に強い分、中からの攻撃には耐性が低い。そして、動くものは何でも口に入れる特性がある」
輝夜が上空に放った手榴弾。その落下地点で口を開けて待ち構えるラヴァワーム。
パクリと飲み込んだ数秒後。
ボンという籠った音と共に、口から煙を吹きながら力無くマグマへと沈んでいくラヴァワーム。
「それさえ知ってれば、ブーストなしの手榴弾でも楽に倒せるんだよ」
「ほぉ、上手い事倒すもんやな。常識を知らん割には、モンスターの倒し方だけはよう知っとる」
その手際の良さに氷室は感心する。
「褒めるならちゃんと褒めてよ」
「褒めとる褒めとる。んで、お前が言っとったハンターとは、どの辺りでよう会うとったんや?」
「よく見かけたのはもう三つ下の階層だね」
「ほな行こうか」
輝夜……正確にはナディの道案内で先へと進む二人。
何度かモンスター襲われながらも、片手間で倒し、順調に下の階層へと進んでいく。
下層に入ってからさらに三つほど下の階層へと降りた辺りで、マグマの比率が増え、足場がかなり限定されてくる。
「マグマをスルーする方法がないと、この辺が限界なんだよね。だからこの辺で見かけなけりゃ、諦めた方がいいかも」
炎天下のコンクリートのように熱なった地面。マグマから発せられる熱。まるで何度もロウリュウをしたサウナのような熱気に、汗をかきながら進んでいると、氷室の足がふと止まる。
「おい輝夜、あれ見てみぃ」
「ん? ……ああ」
氷室の言葉に振り返った輝夜は、彼の側に居るものを目にして、悲しげな声色で小さく呟く。
氷室の側には岩陰に背を預ける形で白骨化した人間の遺体。
服も熱で風化し、触れればボロボロと崩れていく程に脆くなっている。
死んでから数年は経過して居るだろう遺体の側には、一振りの槍が刺さっていた。
「この人だね。槍に見覚えがあるよ」
輝夜はそう言いながら白骨となった遺体の前でしゃがみ、両手を合わせる。
「……だいぶ時間が経っとるな」
氷室は傍らの槍を手に取り、真剣な眼差しでそれを眺める。
ドラゴンらしきモンスターの牙か爪を研いで作られた刃は、鍛え抜かれた鋼鉄の様な妖しい輝きを放っており、同じくモンスター骨を削って作られたであろう柄に漆を塗って装飾を施した朱色の槍。
長らくこの場に放置されていたにも関わらず、その輝きを失う事なく保ち続けている。
「勿体無いな」
氷室の目から見ても、間違いなく業物。そしてそれを手に入れ、扱えるだけの技量を持ったハンター。生きていれば頼れる戦力になっていただろう事を思うと、とても惜しく思う。
下層に来れるハンターはそう多くはない。特にソロで下層まで潜る事ができるハンターは貴重だ。
しかし、逆に言えば、下層で救難信号出しても助けが来る事に期待は出来ない。少しの怪我が命取りになる可能性も十分にある。
「まぁ、ダンジョンで命を落とすんは良くある話やけどな」
氷室も残念そうにしながら、遺体に両手を合わせる。
「んで、仲は良かったんか?」
「別にそうでもないよ」
輝夜は彼と出会った時の事を思い出す。
お互い、自分以外に下層に人が居るとは思わず、お互いの第一声は「おぉ……」だった。それがあまりにも可笑しく思えて、お互いが同時に吹き出し、大爆笑をし、それが収まったと思えばモンスターの襲撃。それを片付けてからようやくの自己紹介。
それから、たまにダンジョンで会っては、軽く喋るようになった。ただそれ以上はお互いに深く関わろうとはしなかった。
特に思い入れが強い訳でもない。死んだら死んだで、残念だが仕方がないと割り切れる程度のものである。
「……氷室、これ見てよ」
白骨の遺体を眺めていた輝夜は、不自然な点に気がつく。
左部分の肋骨の部分が不自然に折れ、そこだけ穴が空いて居る様に見える。
「胸を貫かれて死んだわけか」
「そうだけど、そこじゃない。こんな傷ができるモンスターなんて、この辺りには居ないよ。ドラゴンもラヴァワームも、他にモンスターにだって、やられたらぐちゃぐちゃになるもん。というか、食べられて死体自体が残らないし」
輝夜の記憶には、綺麗に骨だけ残す様なモンスターは存在していない。下層に居るのは、骨ごと貪り食う様なモンスターばかり。
「それもそうやな……」
死体がこの場に残って居る。よくよく考えてみればそれ自体が可笑しな話である。
「イレギュラーが居るかも」
「ほんで、ここはそいつの――」
氷室が言いかけた時、周囲に異様な雰囲気が満ち、肌には禍々しい魔力がびりびりと突き刺さる。
「アイツのナワバリっちゅうわけか」
氷室が視線を向ける先。
そこには黒い影法師のようなものが佇んでいた。
人の形はしているものの、その輪郭は曖昧でゆらゆらと左右に揺れていた。
「ブーストスクエア」
輝夜は氷室の手から奪う様にして槍を取ると、身体をスクエアで強化して一瞬で距離を詰める。
地面が割れる程の踏み込み。地面が砕ける鈍い破砕音を置き去りにし、弾丸の様に一直線に伸びる銀色の残像。
その勢いのまま、手に持った槍をその影へと突き立てる。
「……避けられた?」
槍は確実に影の胸を貫いたと思った。だが輝夜の手には何の感触も伝わってこない。まるで空気でも貫いたかの様な感覚。
「避けろ!」
氷室の怒号に反射的に飛び退く輝夜。直後、輝夜がいた場所に影法師が襲いかかる。
「ナディ」
『ウィンドカッター』
間髪入れず、ナディが魔法で四方から風の刃を放つ。
防御も回避もせず、真正面からまともに受けて吹き飛ばされる。
『この手応え……まさか……』
吹き飛ばされた影法師は受け身も取らずに地面にべちゃっと落ちると、ゆっくりと起き上って左右に揺れた。
「影というか、陽炎みたいなやつだ」
輝夜は氷室の元まで一度下り、槍を肩に担ぐ様にして呟く。
『まさか、こんな所で会うなんてね』
ナディが面倒くさそうに小さく呟く。
「なんか知ってるの?」
『……あれは深階層のモンスターよ』
輝夜の質問にしばらく無言でいたナディだったが、やがて静かに語り始める。
「深階層? 深層じゃなくて?」
『言っておくと、アンタの言う深層は単純にダンジョンの三十層より下の階層の事。でも私達の言う深階層はダンジョンタワーの中でも下から三十階層までの事よ』
地上にあるダンジョンはすべて、ダンジョンタワーから崩れ落ちて来たもの、言うなればダンジョンタワーの一部に過ぎない。
三十階層あるダンジョンだったとしても、そのダンジョンの一層目がダンジョンタワーから見れば十層目に当たるものかもしれない。
起点が異なればダンジョンに生息するモンスターの強さも変わる。それがダンジョンに難易度がある理由でもある。
「ちなみに、ここはダンジョンタワーでいうと何層目くらいなの?」
『正確にはわからないけど、多分まだ上層の方かしらね』
「深階層か。私もかつてはそこに居た」
ナディの説明に割って入るかのように、アリアが姿を現し、何もせずに佇む影を指差す。
「強大な力を持つ種族。あるいは個体しか足を踏み入れる事が許されない領域だ。アレはそこに生息して居るモンスターだ」
『そういうこと。さっさと撤退した方がいいわよ。相手するだけ面倒だもの』
「そんなオモロイ話聞かされ、はい、そうですか言うて下がれるかいな。味見くらいはさせてもらわんと」
「ディナーがあるんだ。食べすぎない様にしないとね」
ナディの言葉とは裏腹に、抑えきれない笑みを浮かべながら武器を持ち直す二人。
『……まぁ、そうなるわよね。いい? あいつの弱点は』
戦闘狂の二人が強敵を前にして簡単に引き上がる筈がない。それを分かっているナディはため息をつき、影法師の攻略方法を伝えようとする。
輝夜は人差し指でナディの唇にそっと触れ、首を横に振る。
「ナディ、黙ってて」
輝夜は槍を地面に突き刺し、ナイフと拳銃を抜き、身を屈めて正面の影を見据える。
「ワイは初見ゲームの攻略サイトは見ん派や」
氷室は刀を鞘に戻し、足を大きく開いて身を沈める。
『あっそ。もう好きにしなさい』
ナディは助言すら聞こうともしない二人に呆れ、面倒くさそうにそう言う。
二人は互いに目配せをして同時に駆け出す。
影法師は輝夜へと襲いかかる。頭部の部分が縦に裂け、鋭い牙が不規則にならんだ円状の口を大きく開く。
しかし、速度自体はそこまで脅威的ではない。
輝夜は上半身を大きくのけ反らせて影法師を避け、反動を利用して腹部を蹴り上げる。
「ええ位置や」
上空に蹴り飛ばされた影法師を見据える氷室。
刀を強く握り、肩越し構えで小さく息を吐く。
刀を振り抜き、影法師に斬撃を飛ばす。
斬った。氷室が心の中でそう確信した瞬間、影法師が空中で身を捻り、氷室の斬撃を紙一重で回避する。
それでも避け斬れず、影法師の肩口から鮮血が勢いよく吹き出す。
「避けなアカン攻撃くらいはわかるようやな」
地面に落下しながら、鼓膜をつん裂くような甲高い悲鳴が影法師から発せられる。
影法師の体から無数の触手が伸び、氷室に襲いかかる。
氷室はその触手を刀で弾き、払いのける。
狙いが外れた影は地面に突き刺さり、硬い岩盤を容易く砕き割る。
「僕は無視かよ」
ナイフを口に咥えた輝夜が影法師の後頭部を掴み、力任せに地面へと叩きつける。
溶岩が固まって形成された地面が割れて、影法師の頭が半分ほど地面にめり込む。
口に咥えていたナイフを手に取り、影法師の後頭部めがけて振り下ろす。
「うわっ」
輝夜は驚き、目を見開く。ナイフを振り下ろした直後、影法師の首が180度回転し、鋭い牙で受け止めていた。刃先にかじり付き、力を込める。
触手が輝夜を突き刺そうと周囲を囲い込む。
「アイテムボックス!」
輝夜は拳銃をホルスターに納めると同時にアイテムボックスを開き、勢いよく手を突っ込むと、一丁のショットガンを取り出す。水平二連モデルのショットガンのバレルとストックを切り詰めて全長を短くした、一般的にソードオフ・ショットガンと呼ばれるものである。
それを影法師の口の隙間に銃口を無理やり捩じ込み、立て続けに引き金を引く。二度、影法師の体が大きく跳ね上がる。
無数の鉛弾が影法師の口内で暴れ回り、体の内側から破壊する。噛む力が緩んだ口からナイフを抜いて飛び退くと同時に影法師の横腹を蹴り飛ばす。
影法師は、もんどりうって転がり、向こうの壁に激突した。肩口と口から夥しい量の血を流しながらも、よろよろとおぼつかない足取りで立ち上がる。
どう見ても致命傷であるにもかかわらず、次の瞬間には、全く衰えない速度で輝夜に襲いかかる。
むしろ、これまでと比べて動きのキレが増している様にも見える。戦いの中で成長しているのか、これが本来の動きなのか、はたまた死に際に放つ火事場の馬鹿力なのか、それはわからないが、いずれにせよ。
「詰みや」
上空から降ってきた氷室が、刀を影法師の背中に突き立てる。地面に串刺しにして動きを封じ、二振り目の刀を抜くが早いか、一刀で影法師の首を断ち切る。
首がとんでもなお、少しの間もがくようにジタバタと暴れる影法師だったが、その最後の足掻きも虚しく、やがて動かなくなる。
「まぁまぁ強かったね。周りが見えてない感じだったけど」
武器を納めて、手を体の後ろで組み、上機嫌に氷室に近づく輝夜。
「二人以上でかかれば、そんなに脅威にはならへん。サシでやったらもっと楽しめそうやが」
影法師に突き刺した剣を抜き、刀身に付いた血を振り払い鞘に収める。
「手を貸そうかと思っていたが、こうもあっさり倒してしまうとはな。一応、深階層でも厄介な部類に入るモンスターなのだがな」
二人の戦いを見ていたアリアが、軽い拍手を送りながらそう言う。
「確かに硬いし力も強いけど、厄介って程じゃなくない?」
単純に強いだけのモンスター。そういうのは他にもごまんと存在している。それこそ、アリアのように強い上に血を自在に操る事ができるような、一芸を持っている方が余程厄介である。
『こいつら本来は集団なのよ。そして光源が少ない暗闇に潜んでいるの』
輝夜の疑問にナディが答える。
そしてそれを聞いた二人は肌がヒリつくのを感じる。恐怖からと言うよりは、好奇心からである。
単体かつ、周囲をマグマで照らされた明るい場所。その条件で戦ってもなお、強いと感じた。
もし、これが集団で目が効かない暗闇であったならば、結果はどうなっていたかわからないだろう。
「面白そうだね。深階層」
「せやな。体が疼く話やで」
そう言い黙り込む二人。
強すぎず弱すぎず、それでいて面倒でもない丁度いい強さのモンスターと戦ったためか、まだまだ戦いたいという妙なスイッチが入ってしまっている。
そのため、気分的にはこのままダンジョンの最奥まで行ってみたいと思う二人ではあったが、この後のディナーに遅れるわけにはいかない。それを重々分かった上でなお、最下層まで行きたいという気持ちが強く。欲と理性が葛藤をしているのだ。
正直なところ「もう少しだけ下に潜ってみないか?」と言い出してくれないかと、お互いに思いながら横目でチラチラと互いに様子を伺う。
その沈黙を先に破ったのは氷室。
「――シャワーも浴びなアカンし、戻らんとな」
事の重要性を鑑み、沖縄まで来た本来の目的を、一時の感情のために台無しにするわけにはいかないという、公務員としての責任がギリギリのところで理性を選んだ。
「――そうだね」
氷室がそう言うならこれ以上の攻略は諦めるかと、輝夜も大人しく頷く。




