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週末限定のカノン  作者: 灯屋 いと


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 かわいいは正義ってよく言うけど。それは僕も正しいと思うけど! 僕がかわいいってことだし! でも、この場合はどうしたらいいんだろう……。


 目の前でクラスメイトが楽しそうにカフェのメニューをめくっている。おしゃれなカフェ。程よくかわいくて、程よく落ち着く雰囲気。しかし、奏音の心中は冷や汗でぐっしょりしていた。なんとか顔だけ笑顔をキープしているが、テーブルの下でスカートを握る手はこわばっている。

「なー、カノンはどうする? ケーキとかパフェとか頼む? それともスタイル気にしてる系?」

 メニューから顔を上げた橘透哉がにこりと笑って奏音の方へ視線を向けてきた。

「わたし、は……ダイエットとかはあまり。あ、このメロンのパフェ、美味しそう」

「いいじゃん。それにする? 飲み物は?」

「紅茶」

 内心動揺したまま奏音が答えると、透哉は片手を軽く上げ「すみませーん」と店員を呼んでオーダーをした。奏音はそれを緊張したまま見ていた。

「カノンってさー、人見知り? それとも緊張してる? ナンパなんてついてくるんじゃなかったと思ってる?」

「んー……えっと、人見知り、のほう」

 軽い口調で聞いてくる透哉に奏音は一番無難な答えを返した。

 本当は人見知りでもなく、ナンパに後悔もしていない。緊張していることは事実だが、それは透哉とは別のところに原因がある。奏音は趣味の女装をしており、透哉は奏音を完全に女の子だと勘違いしてナンパしてきたのだ。

 バレたくない……。

 ──透哉は今の奏音を奏音だと気付いていない。クラスメイトの沢渡奏音だとは一ミリも気付いていない。それはそれで奏音の〝男の娘〟としての完成度が高いということでもあるので喜ばしいのだが、相手が悪い。見ず知らずの男ならばともかく、クラスメイトだ。しかも透哉はクラスでも顔がいいのに女癖が悪いと有名だ。そんな相手に奏音が男の娘であることなどバレた日には、翌日から登校拒否不可避だ。

「でもさー、お茶付き合ってくれるってことは第一印象悪くない感じでしょ」

 テーブルの向かい側から透哉が笑顔で言ってくる。

「……それは、わかりません」

 奏音はできるだけ地声を隠して答えた。今日はレースの手袋をしていてよかった。手袋がなければ手の形で男だと見破られていたかもしれない。喉元はスタンドカラーのブラウスが微かな喉仏を隠している。

 本当は、少しだけ嬉しかったのだ。

 女癖が悪いと有名な透哉は普段の奏音からは存在が遠い。顔がよくて女癖が悪い。そこだけ取り上げれば最低の男のようだが、裏を返せば社交的で人懐こく明るいのだ。だから、そうやって周囲から揶揄い半分に悪態をつかれるが、透哉自身は気にしている様子もない。そんな透哉を遠くから見ていた奏音には、たとえ女の子に間違われたナンパだとしても嬉しかった。しかし、その感情は一瞬にしてバレたくないという気持ちにすり替わってしまった。

「んでさ、なんでカノン初対面のふりしてんの? ハジメマシテじゃねーじゃん、俺ら」

「え……?」

「俺がナンパしたから? それともカノンが女の子の恰好してるから? カノンってさ、沢渡奏音だろ」

 バレてるっ!

 相変わらず軽い口調でぺらぺらと喋る透哉に奏音の顔面は蒼白になった。脳内に明日のクラス中から向けられる好奇の目が思い描かれる。泣きそうになった。少し、涙がにじんだかもしれない。でも、泣けない。泣いたらメイクが崩れる。かわいいが崩れる。

「あのさー……そこまでビビんなくてもよくない? 別に脅してねえし。バラすとも何とも言ってねえんだし」

「だって……もう、透哉にバレてる……」

 鉄壁のかわいいを死守したまま、声だけ地声になって奏音は小さく呟いた。

 奏音の男の娘はカミングアウトしているものではない。休日のささやかな秘密の楽しみだ。沢渡奏音とカノンは奏音のなかで別人だった。

「かわいいんだしいいじゃん。俺、別にカノンのこと誰かに言うつもりねーし。──っつても、ま、信用ねえだろうな。女癖悪いって悪名高い俺だし」

 最後だけ苦笑いして透哉は言った。

「な、カノン。俺とカレカノごっこしねー?」

 突然の提案に顔面を蒼白にして泣きそうだった奏音は一瞬、耳を疑った。カレカノごっこ。恐らく、疑似恋人。──なぜ?

 思わず付けまつげをたっぷり盛った視線を透哉に向けると、彼は吹き出した。

「カノンさ、あんま喋んないのにめっちゃ顔に出てる。めっちゃ俺のこと疑ってる」

「疑いたくもなるよ」

 地声よりトーンを高くしたカノンの声で奏音は返事をした。透哉の話題の飛躍っぷりに少しだけ気持ちが落ち着いて、普段のカノンに戻れている。

「なんでそんなことわざわざしなきゃならないの?」

「カノンそこらの女子よりかわいいし。俺、好みドストライクなんだよね。でも付き合ってってのはちょっと違うじゃん。カノンのこともあんま知らねーし」

「……案外普通じゃん……」

 うっかり考えていることがそのまま口に出て奏音は手で口を押えた。透哉がまた笑う。

「カノンも俺のこと女癖悪いやつだって思ってたんだろ」

「それは……そう」

 逃げ場がなく素直に白状すると、透哉は別に怒りもしなかった。

「まあ、誰になんて思われてよーといいけどさあ。ツラだけで勝手に属性決められんのもなー」

 ぐったりしたように透哉はテーブルに肘をついて崩れる。疲れているように奏音には見えた。『他人がイメージで勝手に決める属性』確かにそれは嫌だな、と奏音も思う。奏音が男の娘であることが周囲に知れたら勝手に属性を決められるのだろう。だから、バレるのが嫌だった。

「いいよ、カレカノごっこ。わたしもバレるの気にしながら誰かと遊ぶの、嫌だし」

「やった! これで無駄にナンパしなくて済むしー」

 思わず共感して奏音が承諾すると、透哉は体を起こして普段の軽い口調で喜んだ。さっきの憂鬱さは演技だったのかと奏音は疑いたくなった。しかし、その前にオーダーしていたメロンパフェとシトラスパンケーキと紅茶とコーヒーが運ばれてきた。

「甘いの好きなの? っていうか、こんなかわいくておしゃれなお店知ってるんだね」

「甘いもんもおしゃれなのもかわいいのも好き。かわいい女の子は一番好きだね。だからカノンに声かけた。好みドストライクでかわいいから」

 よく考えてみると透哉が奏音に向かって随分かわいいを連発していると気付いた。奏音を『かわいい』となんども言っている。それがじわじわと嬉しさとなって湧き上がってきた。

「嬉しいな、かわいいって言ってもらえるの。ずっと誰よりもかわいくなりたくて頑張ってたんだ」

 つい本音が漏れて、奏音は満面の笑みを浮かべる。

「笑ったらもっとかわいいじゃん。それにかわいくなりたくて頑張るってのがもうかわいいんだよ」

 シトラスパンケーキを口に運びながら透哉はくすりと笑った。その笑い方を奏音は嫌いだとは思わなかった。奏音も細長いスプーンを手に取ってメロンパフェに刺し込む。


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