32.アルバート視点
人類の罪は計り知れない。あのようなことがありながら、私達が許されるということが信じられない気持ちだ。
あの宴の後から、王侯貴族の代表と他国の代表と大臣達等、何度となく話し合いが行われた。悪魔の再来に怯える中、その悪魔が許すと言うのだ。信じるべきか否か、人類が存続するために何かすべきなのではないかと、答えのない問答が繰り返される。
中には、完全に復活していないのなら、今なら悪魔を殺せるのではないかと言う者までいた。そんなことをしてはすべてが水の泡だ。絶対にさせてはいけない。
しかし、人々の恐怖は限界に達している。再燃した人類の危機に、何か対抗すべきだという一部の過激な思想が生まれてきていた。
まだ数日しか経っていないというのに、人々の心は確実に分断されている。悪魔との繋がりがあったと知れ渡ってしまったフィッシャー伯爵家には厳しい目が向けられ、皇帝陛下自らが護衛を付けることを公言したとは言え不安だ。
過激派の標的にされる可能性は依然として残ったまま、ドロレスは出産に向けて準備することになる。これ以上彼女を傷つけてはいけないと、王族の威厳を以て号令を出しても過激派の思想は止められない。
彼等を抑えるには、もっと根本的な解決策を講じる必要がある。過激派も手が出せない、確実な方法。
皇帝陛下は、その手段を既に見つけおられる。だが、ためらっておいでなのだ。しかし、一刻の猶予もないだろう。ならば、その背中を私が推して差し上げるべきなのだ。
「陛下、どうかご決断ください」
「しかし……」
「これは、フィッシャー伯爵家やキッシンジャー伯爵家のためだけではありません。人類のためなのです」
皇帝陛下は、悩んでおられた。当然だとも言える。根本的な解決策に、後継者である私を人質にするという選択をまさか私自らが進言するとは思わなかっただろう。
これ以上の最善策が見つからない。他に道はなかった。神力を有する王族の中で、最も神力があるとして皇太子に任命された私でなければ意味がない。
王族であれば誰でもいいわけではないのだ。悪魔を屠る能力が既に無かろうと、人類はまだ信じている。私達王族に、悪魔を屠る能力があるのだと。
だからこそ、三人いる王位継承者の中で最も神力が強いとして皇太子に任ぜられた私が人質となる。そうすれば、悪魔に挑もうなどとは決して思わないだろう、と信じて……
皇帝陛下は、最後には承諾された。それ以外に、平和に解決すべき方法が見つからないと分かっておいでだった。勿論、あの悪魔がそれを承諾するかどうかは分からない。しかし、それしか道が見当たらなかった。
悪魔の潜伏先だろうと、オークウッド卿が目を付けた場所がある。そこは、旧貴族の廃城だった。廃れた外観は人の住める環境ではないことを示し、雑草と朽ちた塀と壊れた門扉が他の侵入を拒んだ。
草が生い茂りすぎて中の様子が窺えない。しかし、目の前にあの侍女の格好をした悪魔が現れる。
「何か?」
「件の事件に関与した者の処遇をどうするか、お伺い立てに来ました。できれば、直接お話をさせて頂きたいのですが」
彼女は、一瞬後ろに控えていた護衛達を見た後、特に問題はないと判断したのか案内してくれる。彼等は私について来ようとしたが、それを制して私だけ中に入った。
しかし彼女は、皆さんでどうぞと許可してくれる。悪魔である彼女達にかかれば、我々などどうとでもできるからだろう。何人居ようと関係ない、ということが見て取れる。
案内されるまま、近衛騎士のマイルズとサイラスとダンフォース。そして、オークウッド卿とグレゴリーを伴った。ダンフォースは、あの宴の日以来不安定な状態だったが、無理やり連れてきた。あのまま放置しては、壊れてしまいそうだったからだ。
そんな状態なのにここに連れてきて正解だったかと言われると、これが正しいのかは分からない。しかし、少なくとも任務を与えている限りは任務に集中するだろうと思った。
屋敷内は、外観とは裏腹に綺麗にされている。それでも、立て付けの悪い場所はそのままにしているようで、使わない部屋は整備しないということなのだろうと判断する。
ここにはきっと、セオドアもいる。そう思っていたが、通された部屋にいたのはベアトリスの姿をした悪魔だけだった。
「よく来たわね。セオドアの言った通りだわ。人間の猜疑心がそろそろ限界を迎えるはずだと言っていたのよ。皇帝は、そのことに深く頭を痛めているだろう、と」
「そうですか」
「セオドアなら、ここにはいないわよ」
入室時から頭を下げていたものの、一瞬周りを見渡していたことに気付いたのだろう。ソファーに深く腰を掛けたまま、悪魔は言った。
セオドアの存在を探したことに他意はないと言えば、悪魔と同じ空間にいるのだから味方を探したくなるのは当然でしょう、と私の行動を咎めないでいてくれる。本当に、知れば知るほど無慈悲な悪魔だという想像を覆す。
ここに来るに際し、皇帝陛下は古い文献を見せて下さった。悪魔は無情な生き物ではないものがいること、彼等なりの正義と信念があることが記されていた。
勿論、残酷な悪魔がいないわけではない。しかし、話せばこちらの意思を尊重してくれる悪魔も少なからずいるようだと書かれていた。
初めはとても信じられなかったが、ベアトリスの姿をした悪魔は、確かに無慈悲ではなかった。それが本当ならば、人間よりも信用できるのではないかと期待する。
だがこうして目の当たりにすると、彼女が圧倒的強者であることをひしひしと感じた。決して粗相など犯してはいけない、と改めて心に刻む。
彼女は、目の前のソファーに視線を向ける。座ってもいいという合図だった。着座を許可されて、有り難く座らせて頂く。
「お前達がここに来た理由は分かっているわ。今なら私の寝首を掻けると考えている者達がいるのでしょう?」
「はい……しかし、それは人類の総意ではありません。どうか、そのことだけはご理解ください」
誤解されたら最後だ。何のためにここに来たのか、意味がなくなってしまう。人類の存続のために来たのに、人類を滅ぼされたら堪らない。
「気にしないわ。それで? その者達を殺せばいいわけ?」
死、というものを簡単に口にする。しかしそこには、お前の下した判断は何だ、というからかうような意味合いがあることが伺える。恐らく、現状では思想の段階であって何もしていない彼等を罰せないことが分かった上で聞いているのだ。
嘘を付けば気付かれる。正直に言うことが求められていると感じた。
「彼等が行動を起こさないように監視しています。しかし、そもそも彼等が行動を起こせないように対策をしたいのです」
「だから、人質になりに来た、と?」
「はい」
ずっと、目を見ないようにしていた。それは悪魔を刺激しないためだったが、もう一つ、目を見てしまえば、どうしてもベアトリスのことを思い出してしまう。
後悔の念に駆られて、彼女を見られなかった。しかし、この決意だけは目を見て肯定しなくてはいけない。
「そう。まぁ、人間がいつも行う手法の一つよね。相手の国の子供を人質に取るか、婚姻を盾に黙らせるかが一般的なのでしょう?」
平和的と言えばそうだけど人質に出される方は可哀想ねぇ、と悪魔は言う。それは心から同情しているわけではなく、ただの社交辞令のようなものだった。
「しばらくはそうしてもいいわ。だけど、将来的なことを考えて、神を炙り出すのがいいでしょう」
悪魔は簡単にそう言ったが、神がそう簡単に現れてくれるとは思えなかった。今の状態とて危機と言えば危機なのに、救っては下さらないのだから。
何故か、悪魔は絶対の自信があるようだった。まさか人類を危機に陥れたりはしないだろうかと危惧する。
「別の星だけど、神の眷属がいるのよ。今の私では、直接神を挑発するほどの力はないから、その眷属に繋ぎを頼むことにするわ。成功すれば、神にこの世界の統治をしっかりやれと言ってやれるでしょ」
神に護られているとの自信が付けば思い上がっている連中も大人しくなるしかない、と言う。しかし、本当にそんなことで大人しくなるだろうか? 彼女曰く、迫害は神の望む平和を揺るがす行いだから大丈夫、だそうだ。
迫害が元で争いが起き、戦が起き、世界で殺し合って死に絶える。その過程を知るからこそ、根本的な問題であるそれを許さないという事実を周知すればどうにかなるというのだ。
そうだとしても、人々の心に一度芽吹いた猜疑心を払拭するには無理がある。フィッシャー伯爵家やキッシンジャー伯爵家はその渦中にいるのだ。彼等を守るためには、もっと確実な方法をとる必要があるのではないか、と思っていると、悪魔は神に彼等を加護させれば問題は解決だと言った。確かに、一度は悪魔との繋がりを疑われたとしても、その後神が加護すれば、彼等は我々王族よりも尊い存在になれるだろう。
しかし、そのように上手くいくのだろうか。
「そのためにも、私の復活を阻んだ悪魔を見つけ出す必要があるわ。神も知りたいでしょうしね」
交換条件としては充分でしょう、と不敵に笑う。
ベアトリスの顔で、彼女が見せた事のないような挑発的な表情をする。私の心境は複雑で、それをどう受け止めたらいいのか分からない。
本当に、彼女はベアトリスではないのだと思い知らされる。それなのに、どこか既視感があった。この心情をどう表現すればいいのだろう。言葉が見つからない。




