31.アリア視点
ギデオンから聞かされたことも踏まえて、何を一番にやるべきかを考えた。まぁ、セオドアの助言も踏まえているけど。そんなセオドアも、しばらくはギデオンの元で魔力の向上と魔法の習得を行うことになる。
あいつは初め、意外だという顔をしていたけど、そうかそうかと言ってセオドアを指導することを受け入れた。人間嫌いだとは言え、眷属となった今、そこまで拒絶する必要がないから快諾したのでしょう。
ただ、しばらく会えないのだから今の内に交尾をたくさんしておいた方がいい、と軽口を叩くのには腹が立つ。完全に面白がられている。これから先ずっとこの話題を振ってくる気がして殺したくなるわ。
魔法で魔界と人間界とを繋いで行われたこのやり取りの最中、セオドアも傍にいた。奴の軽口に対して眉間に皺を寄せつつも冷静さを失わず、実際に虚空間に行くまでの間私を抱くことはなかった。
戯れるようなものはあったけど、片時も私から離れないというだけで手を出してくることはない。どれだけ離れることになるのか分からなくて不安だったのかもしれないけど、さすがに、どこに行っても何をしていても離れないというのはどうなのかしらと呆れたわ。
結局、セオドアは別れ際ずっと私を抱きしめていた。その時のリリスの不機嫌さは目に入っていないかのように、深く口付けられた後、私が作った門を通って虚空間へと向かった。
虚空間へ行くための方法は二つある。一つは転移の魔法を使うこと、もう一つは門を出現させ、そこを通ること。基本的に門を出現させるのは、大きな魔力を有しているものが魔法を行使した後に使うことが多い。空間の移動中に己の魔力で周りを侵食しないよう、そうすることが当たり前になっていた。
大きな魔力の移動は、時に空間を歪める。空間の歪みは世界を不安定にさせるため、魔力の高いものの移動には門を通過して虚空間を介すことが一般的だ。
虚空間を介さず飛行能力だけで移動することもできるが、距離が近いならいざ知らず、遠い場合は能力の無駄と言える。
セオドアの場合、転移の魔法が使いこなせない現状だから、門を出現させてそこを通過させる方が安全だった。そうは言っても、門は虚空間の主にしか出現させられない。セオドアがどうしてもここに戻ってきたいのなら、自力で転移の魔法を習得しなければいけないでしょう。
すぐに戻ってくると言って門をくぐって行ったけど、すぐには戻れないでしょうね。魔力の向上だけではなく、魔法まで習得しなければいけないのだから、そう簡単にはいかないわ。
ギデオンは恐らく、基礎から教えるだろう。基礎から教わっていたら、転移の魔法を習得するまでに時間がかかる。すぐだなんて、とても無理だ。
セオドアのことは一先ず解決したとして、当面の問題となることが目前に迫っている。セオドアがいれば交渉がしやすいけど、そのためだけに問題を先延ばしにできないもの。
それは、犯行に加担した者達の処遇についてどうするのか、というものだ。少なくとも人間達と話し合う必要があるけど、こっちについては恐らく、すぐにでも行動を起こせるだろう。
問題は、神の様子を探る必要があるということと、アフィロディアの復活段階を見極めるということ、何より、私の復活を阻んだ悪魔の追跡をしなければいけないということだ。
どれも重要だけど、今最も状況的に初めに着手すべきは、悪魔の追跡。あの小娘の寿命は後わずかだから、他の二つよりも優先度は高い。
次に神で、最後がアフィロディアか。神の方は、様子を探るだけではなく接触を試みる方がいいでしょうからね。それなりの時を要するとしたら、早めに取りかかっておいた方がいいでしょう。
魔王陛下が復活なさるまでにすべて熟さなければならないというのに、私は本当に考えることが得意ではない。やはり、眷属が少ないことは問題だわ。参謀となるべき悪魔がいないということは、大きな損失だ。
せめてイヴァンがいれば、こんなことにはならないのに。
今から新たに眷属を増やすにしても、この体のままでは魔界へは行けない。もう少し魔力が上がれば可能性がないわけではないけど……いいえ、無理だわ。魔界の瘴気に人間の体は耐えられない。
セオドアと交わした契約はまだ履行中だ。この体を傷つけられない以上、それ以外の方法でどうにかしなければいけない。リリスにはあの小娘とアフィロディアの監視を命じているから、それ以上のことをさせるのは無理でしょう。
何より、神だ。神の動向を探るのにリリスは適さない。こればかりは、私がやらないと駄目ね。
「神か……」
一つ、方法がないわけではない。ただ、直接会えるか否かは分からなかった。確かあの世界に、神の眷属がいたわ。彼等を経由して、神に接触できないかやってみるのも一つの手か。賭けであるけど、やらないよりはいいだろう。
直接顔を合わせたわけではないが、気配は感じた。不穏なものの気配を感じて向かった際に、アフィロディアの傍にいたものね。
あっちもあっちで、問題を抱えている様子だった。まぁ、あれぐらいのことを解決できないようでは困るわ。私と違ってまだ目覚めていない様子だったけど、力は解放されつつある。
奴の目覚めももうすぐか。後は、いつその時が訪れるか、だ。まぁ、奴のことは奴にやらせればいい。私には関係のないことだもの。
そんなことより、セオドアに言われて確かにそうだと思ったことがある。あの小娘が、後少しで死ぬことは確かだけど、何もその時を待つ必要はない。いくら精神的な崩壊を見せていても、ベアトリスへの過剰反応は健在だろう。
煽って炙り出し、深層心理を引き出す。本当に、私では思いつかない方法だ。ベアトリスに扮して現れたら、口を割ることもあるかもしれないだなんて。やってみる価値はあるだろう。
「リリス」
「はい。お呼びでしょうか」
「人間達の様子はどうだった?」
「我々への対策を話し合っている様子です」
やはり、そうなったわね。人類の脅威である悪魔の出現。彼等が何もせず大人しくするはずはない。勿論、私達との全面戦争など無理だから、どうにかして和解の道を探すはず。
恐らく、セオドアの言った通りのことになるでしょう。その決断は、護るべき者のためと言う命題を付けて行われる、苦渋の判断。しかし彼等なら、きっとそうするはずだ。
どうせ私達悪魔は悪でしかない。人間達の脅威であることも変わらないし、それでこそ悪魔だと言える。だから、彼等のために自ら進んで泥を被ってやろうなんて綺麗事は言わない。今は愚か者の相手をしている暇がないだけ。少しでも煩わしい状況を回避できるなら、彼等のやり方で行きましょう。
ついでだから、こちらもそれを利用させてもらうわ。上手くいけば、同じ状況を再現できるかもしれない。
まぁ、居ても居なくても再現できないわけではないけど。ただ、彼等も真相を知りたがっていた。これはある意味好機なのだから、拒否はしないでしょうね。
ソファーに背中を預け、思わず笑みが零れた。挑発的な笑みは、悪魔の特徴の一つでもある。強者が誰か、分からせるために蔑む。
「ここからが始まりよ。私を見くびったものは決して許さない」
私は悪魔だ。采配は私が行う。どのような決断を下そうと、文句など言わせない。私に戦いを挑んだものは、死あるのみ。
生きていたければ、決して私に逆らうな。




