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悪魔公アリア  作者: らんたお
30/33

29.アリア視点

 隣から寝息が聞こえてくる。無意識なのか私の腹のあたりに腕が回されていたが、それを退けてベッドを下りた。

 疲れていることは事実だったが、どうしても確かめなければいけない。今日一日ぐらい、睡眠時間が少なくても問題はないでしょう。


 部屋を出て、階下の一室に向かった。そこには、後でまた来るという言葉を反語する男の姿。やはり、お前は嘘ばかりだ。


「やぁ、アリア。交尾は終わったかい?」

「頭をかち割るわよ」

「気が短いのは相変わらずだな。まぁ、からかうのはこのくらいにして、聞きたいことがあるのだろう?」


 共に魔王陛下の両腕として生きてきたからか、私の意を汲み取るギデオン。当然か。こいつはある意味片割れなのだ。魔王陛下の魔力の欠片同士。他の悪魔とは違い、私達だけが魔王陛下の魔力を有して生み出されたのだから。

 無遠慮に、この屋敷の主よりも横柄にソファーに座る姿に飽きれつつ、本題に入るため私も向かいのソファーに座った。


「お前がここに来た目的はなんだ」

「目的?」

「この件に関わっていないと言うのならば、わざわざ私の前に現れる必要などないはずよ」


 臆病者のギデオンは、古の悪魔や神と遭遇する可能性を少なくするために魔界から一切出ない。魔力量では、全盛期の私に遠く及ばないギデオン。戦闘力でも同じだった。

 それでも魔王陛下の左腕を任されているのは、偏にこいつの参謀としての腕が確かだからに他ならない。それがなければ、こんな奴に価値などあろうか。


 魔界があれほど大きくなれたのも、ギデオンの知力があったからこそ。私としては疎ましくて堪らないけど、魔王陛下が信頼している以上、こいつの存在を無視できないのも事実だった。

 魔法陛下が必要としているなら、生かしておくしかない。こいつはその程度の存在だ。

 私にそう思われていることをこいつも知っている。だから肯定した。


「まぁ、そうだね。私は、君みたいに殺されて人間のような下等生物の人生を経て復活するのが嫌で、魔界に隠れ暮らすことを決めた。人間などに生まれ変わらねばならないのなら、一生目覚めなくてもいい。私にとって人間とは、それほどに不愉快な生物なのだから」


 時には悪魔の力を借りて悪事を働くくせに、それが許されなくなると神の力を借りて悪魔を排除し始める。幾度となく繰り返される人間の貪欲な姿に、汚らわしさを抱いて嫌悪していた。

 自己中心的なのが人間というものだ。まるで己が正義だと信じて疑わない愚かさを何度も見てきた。人間という生き物は不完全なもの。その程度のものだと諦めて自ら転落していく様をただ面白がって見ていればいいものを一々それらを不快に思うから拒絶反応を示してしまうのだろうに。


 まぁ、その潔癖さのお陰で魔王陛下不在にも拘わらず魔界は安定している。こいつがいなければ、今頃魔界はどうなっていたことか。少なくともその手腕は確かだと、その点だけは疑わない。

 ただ、姑息な作戦を立てる際に私も作戦の一部に勝手に加えるやり方が気に食わなかった。何度、こいつに苦汁を嘗めさせられたことだろう。魔王陛下に使われるならいざ知らず、こいつ如きに使われるなど腹立たしくて仕方がない。


 こいつのことを信用できないのはそれも含めてだったけど、何故かセオドアも嫌っているようだった。私が嫌っているからというだけではない気がしたけど、やはりセオドアからしてもこいつは不気味だということかしら。

 まぁそれでも、こいつの頭脳だけは使い道がある。協力する気があるかどうか、探るべきだわ。


「それで? 敵の悪魔の情報でも持ってきたの? それとも、物見遊山で見物でもしに来たと?」

「勿論、危険を冒してまでも見物などしないさ。ただ、魔王陛下の目覚めが近い今、片翼である君の身に何かあるのは困るのでね。まさか、魔王陛下の復活を祝す際に、両翼が揃わぬままというわけには行くまい?」

「本当にそれだけ?」


 義侠心などあるわけがないのに、そんな理由だけでお前がわざわざ来るわけがないだろう、と疑いの目を向ければ、当然そうではないと奴は本心を明かす。


「君の復活を阻んだ悪魔の詳細が知りたい。こんなことをしでかすものがどこかにいる、というのは困る。魔王陛下の完全復活を阻止されるわけにはいかないからな」

「下位悪魔でしょう」

「本当にそう思うか?」


 間髪入れずに聞き返される。思わず口籠ったのは、少なからず私も疑っていたからだ。下位悪魔にしてはおかしい点がいくつかある。もし違っていたとすれば、誰なのか、と。

 少なくとも悪魔であることは間違いないだろう。だが、やり口に不審な点がある。


 あの小娘如きが己の意思だけでそこまでやったとして、ベアトリスが死ぬ前に何故私の力が発動しなかったのか。不測の事態に備えて、悪魔や神は人間の中で復活のための成熟を果たす際に宿主が不慮の事故で死なぬよう、防御が発動することになっている。

 それが発動しないという時点で、意図的な干渉や妨害があったのではないかと感じずにはいられない。


 下位悪魔如きにそんな芸当ができるはずもないのだから、当然下位ではない可能性が浮上する。しかし、ならば何者だったというのか。


「神は? あっちの様子はどうだったの?」

「さぁね。生憎、顔が利く神がいないもので」

「奇遇ね。私にもいないわ。それでも、網は張っているのでしょう?」


 何の情報もないとは言わせないと凄めば、ないことはないと奴は言う。ただ、今、神はそれどころではない状態らしい。


「君の件も大事(おおごと)だが、彼等も今はそれ以上に慌てているみたいでね。そっちの対策に奔走しているようだ」

「何があったの?」


 そうは言ってもどうせ大したことではないだろうと高を括っていたら、思いの外奴は真剣な表情をする。一体なんだと、不審に思っていれば……


「世界に穴が開いた」

「何ですって?」


 世界に穴? はっ、確かにそれは、大事(おおごと)だわね。

 ギデオンの様子からして、神は恐らく穴を塞ごうと奔走している。穴をそのままにして起きる末路は、無だ。世界が無に飲み込まれ、すべての命が失われる。悪魔も神も精霊も人間などの生き物すべて、滅ぶ未来。

 世界に穴が開くということは、単純に創主の不在が招いた当然の結果と言えよう。むしろ、今までよく持った方なのではない?


 創主無き世界で、命を芽吹くことができたことが奇跡だ。創主の統治と生命力で、世界は存在する。それを失いながらも今日(こんにち)まで在れたのは、偏に世界からの慈悲だったと言える。

 成程、この世界の終わりが近いのか。まさか、そんな中で魔王陛下は復活なさると言うのね。私の復活が早かった理由も理解できた。

 もっと時間をかけて眠りにつくはずだったのに、何故こんなにも早く目覚めることになったのか。今目覚めねばならない理由があったからなんだわ。


「穴は?」

「ゆっくりと広がっているよ。ただ、急激な広がりを見せているわけではないから、彼等は監視することにしているみたいだ」

「無駄でしょ? 創主以外に、世界の崩壊を防ぐ手段などないわ」

「まぁ、それでも何もしないわけにもいかないのだろう」


 完全に気休めだわと思っていると、セオドアが部屋に近付いてきていることに気付く。起きてきたのね。どうも私を探しているみたいだけど、何故?

 ギデオンもそれに気付いていた。彼はそれを皮肉る。


「どうやら彼は、君と子作りがしたいようだ。そろそろ私は退散しよう」

「お待ち」

「安心したまえ。今は世界の穴がどうだろうと、魔王陛下の復活が先だ。君も彼の御前で復活を見届ける必要があるのだから、ここでそれを阻まれては私も困る。今までの借りをすべて帳消しにしてくれるのなら手を貸すよ」

「はっ、対価が安すぎやしない?」

「どうだろうかね。それは相手によるのでは? ともかく、詰めの話は今度行うとしようじゃないか。あぁそう、それから」


 ついでのようにある言葉を投げ捨てて、去っていくギデオン。奴の気配が完全に消えたことから、すでにこの星の近くにはいないと認識する。

 世界に穴、ねぇ。所詮、私達悪魔も神も人間も、箱庭の生き物に過ぎない。創主の作った箱庭で、創主の命が絶えるまで生かされる存在。私達の命は、創主の掌の上だ。


 セオドアが室内に入ってくる。手には上着を持っていた。


「ここにいたのか。そんな薄着で、病気になったらどうする」

「悪魔が病に侵されることはないわよ」

「トリクシーの体でも?」


 あぁそうか、人間の体は弱いんだったわね。ベアトリスは決して強い体ではないから、それが心配だったということか。だとしても、私の魔力でどうとでもなる。

 それを知らないからか、セオドアは私の肩に上着を羽織らせた後、手で頬を撫でてきた。


「隣にいなくて探した。どうしてここに?」


 目線を合わせるようにしゃがむセオドア。その目を見ていると、先程去り際に言ったギデオンの言葉が頭の中で反芻される。


『我々の永遠のように長かった人生もそろそろ終わりのようだ。彼との人生を楽しまないと、後悔するかもしれないぞ?』


 後悔? それは、私の人生には存在しない言葉だ。だが……

 何も言わず見つめるだけの私にセオドアは困惑する。その首に両腕を回したのは無意識だった。私からの口付けに一瞬驚いたものの、すぐに応じるセオドア。

 まるで熱に浮かされたかのように夢中になる中で、お互いの目線が合う。


「これ以上は止まれないぞ?」

「止める必要があるの?」

「煽るのが上手いな。心配になる」


 心配? 何故? まさか、この私がこんな淫魔の真似事のようなことをしたことがあるとでも思っているのかしら? そんなことは有り得ないわ。


「お前以外に私を抱くような酔狂な奴はいないわよ」

「なら、この先も君を抱くのは私だけだ。他の男には指一本触れさせない」


 自分のものだと、その目は言っていた。食らい尽くすかのように深く口付けられ、息が上がっていく。何度も何度も、名前を呼ばれた。

 自分が求めるままに、セオドアが求めるままに、欲望を吐き出す夜が始まる。

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