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悪魔公アリア  作者: らんたお
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20.アリア視点

 あの瞳は、魔王陛下が女神に見せたものと同じだ。渇望する視線。まさかそれを私に向ける者がいようとは。

 何故か高揚する。アレは私に必要なものだと思った。何故そう思うのかは分からない。だけど、手に入れる価値があると確信する。






 窓辺に一人掛け用のソファーを置いて日差しを浴びる。まだ夜が明けたばかりだと言うのに、暖かい気がした。冷気を含んだ風が入り込んで一瞬寒気を感じると、衣擦れの音で起床したと察していた男に後ろから抱きしめられた。


「風邪を引いてしまいます」


 そう言って抱きしめてくるお前とて、薄着でしょうに。腹部と胸囲への強い拘束と、肩に顔を埋めるセオドアだが、私が身じろげば拘束を弱める。それでも、私から離れるつもりはないようだった。


「敬語は不要だと言わなかったかしら?」


 昨夜は、敬語は不要だと伝えた途端一切使わなくなっていたのに。急に思い出したかのように敬語になったわね。一体どうしたのかしらと視線で伺えば、セオドアは固く口を引き結んで視線を落とした。

 その顔は昨夜のことを思い出しているみたいね。まぁ、この体を傷つけられるのがセオドアだけなら、暴けるのもセオドアだけだ。ベアトリスが蘇る前に私が相手をすることになるとは思わなかったけど、まぁいいでしょう。


「体の方は、大丈夫なのか?」


 ためらいながら、敬語をやめたセオドア。一瞬何を気遣われたのか分からなかったが、あぁそういうことかと納得する。


「そうねぇ、随分と欲求不満だったみたいだから? 辛いものは辛いけど」

「す、すまない」


 顔を赤らめながら謝罪するセオドア。まったく、これしきのことで何を恥じらっているのかしら? お前は唯一この体をどうにでもできる男でしょうに。


「これからは、溜まる前に言うのね。息も付かせずなんて、さすがに体が持たないもの」


 体が持たない、と言った瞬間謝られたが、この生真面目男は本当に純粋ねぇ。これしきのことで、意識が飛ぶほど悪魔は弱くはない。

 ついでに、魔力を注いで眷属にしたから転移の魔法が使えるようになっているはずだと言えば、一瞬止まったセオドアは、いつ魔力を注がれたのかと不思議がった。いつって、お前が夢中になっている間に決まっているでしょう。

 

 まさか、とそのことに気付いた様子のセオドアは、理性を失っていたのが自分だけだと気付いたようだ。ただ、このままだとそのことをずっと気にしそうだったから一応補足しておいた方がいいかしらね?


「人間を眷属にするには、いくつか方法があるのよ。口から口への魔力注入もその一つ。直接魂に注ぎ込んで刻み込む方が楽だし時間はかからないけど、かなりの苦痛を伴うしすぐには動けない。だから、口から注ぎ込む方にしたのよ。こっちは時間がかかるし複数回行う必要があるけど、結局何度も口付けてきたから同じことね。むしろあまりに多くて、私の魔力を全部奪う気かと思ったわ」


 そうは言ったものの、私の魔力は人間の器では扱いきれないから、どうあっても全部は奪えないでしょうけど。そんなことなど知らないセオドアは、動揺を見せる。

 しばし思案した(のち)、窺うような視線を寄こしてきて、不安げに聞いてきた。


「では、もう口付けない方がいいだろうか」


 まるで、もう二度としては駄目だと言われたかのような顔をする。その瞳は、私に触れられなくなるのは嫌だと訴えていた。

 この男にとって、私は欲望の対象なのか。何もかも、私のすべてが欲しいと? 随分と、強欲になったわね、セオドア。だけどどうしてこんなにも興奮するのかしら。この男に求められるということに、何故こんなにも心が躍るのか。


 ソファーの肘掛けに座していたセオドアに自ら顔を寄せ口付ける。一瞬のためらいを見せたセオドアだったが、すぐに欲望のままに私を抱きしめ唇を貪った。

 そうよ、私を求めなさい。私を求めて、私に溺れるがいい。私には、お前が必要だ。


 死闘を繰り広げて、結局敵討ちは叶わないまでも致命傷を負わせることができた。魔王陛下の弔い合戦だったなどと、綺麗事は言わない。ただ単に私が戦いたかっただけだ。

 結局勝てなかったのに、あれ程に心躍る戦いはなかった。まさかそれに相当する感情を私に与えるとは、お前には見込みがあるわ、セオドア。


 息が上がっていく中で、セオドアの手が体の線を確かめるように服の上を滑る。さすがにこれ以上は駄目よ。

 私を求める強い瞳と視線を交わす。私達の目的を思い出せ。今はまだ、道半ばだろうと。しばらく見つめ合っていると、諦めたように溜息を吐いたセオドアは、額と額を密着させる。


「挑発して来たのはそっちなのに、酷いな」

「挑発される方が悪い」

「気の短い君には言われたくないぞ、アリア」


 熱っぽい視線を向けながら私の名を呼ぶ男など今までいなかった。リリスは論外だし、他の悪魔にもそんなものはいない。その権利を特別に与えてやったのだから、文句を言うなんて贅沢だ。

 だが何故だろう。憎まれ口を叩かれて不快に思わないなんて、今まではなかった。私に楯突くものは皆殺しにしてきたのに、何故セオドア相手だとそんな気が起きないのか。


 まぁ、何だっていい。これから先、眷属として生きるセオドアは永遠に私と共に生きることになる。今はたいしたことのない魔力量だが、潜在的な魔力はかなりのものだということは初めから分かっていた。もし使いこなすことができれば、それなりに役にも立つだろう。私の魔力をもっと注いでもいいかもしれない。

 いくらでも先を見通すことができた。これからどれ程の時を共に生き、夢見るのか。だから焦ることなどないでしょう?


「今からそれでは、先が思いやられるわよ、セオドア」

「望むところだ。初めから覚悟している」


 お互いの決意は固い。今やるべきことは一つだった。この恥辱に塗れた状況を打開する。当然、向こうも抵抗してくるだろう。それらをすべて無効化し、優位な立場から判決を下す。私が法で、私が裁く。何者にも邪魔はさせない。


 人間達は多少の抵抗を試みているようだけど、そんな抵抗は無意味だ。悪魔である私達から逃げる術などない。セオドアへの疑念を抱いているという彼等とて、まさかセオドアの背後に悪魔がいようとは思ってもいないだろう。

 安心するといい。私の邪魔さえしなければ、お前達に危害は加えない。私の裁きが下される相手は初めから決まっている。逃げられない場所に囲い込んだことはむしろ功績だ。褒めてやるわよ。


 セオドアは、名残惜し気に私の頬に指を滑らせながら、明日も来ると言った。まさか、連日連夜抱くつもりじゃないでしょうね? さすがにそれは無理だと思っていたけど、そうではなかった。

 期待と不安が入り混じっているのでしょう。もうすぐ作戦を実行する日となる。何が起きるかはその時になってみないと分からない。相手の悪魔が抵抗すれば、状況によっては危うくなるかもしれないものね。いいえ、私がいながらそんなことはない。


 この悪魔公アリアの実力をとくとその目で見るがいいわ。

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