13.セオドア視点
着々と作戦が進んでいることを示すかのように、キッシンジャー伯爵は私の元にやってきた。初対面だというのに、目を見ればその心情を汲み取れる。私達は同志だ、と。
彼には、最愛の妻を傷つけられた恨みがある。私には、愛する女性を殺された憎しみが。共闘するのは当たり前のことだった。
とは言え、あの悪魔が確実に私の言った通りに動いてくれるかは半信半疑だった。頭を使うのを面倒臭がり、なんでそんな些事にこだわるのかと、緻密な作戦を尽く嫌がる。
宥めすかしてなんとか協力させたが、元来そのようなことが苦手のようで、人間って不便ねと溜息を吐いていた。本人は、戦闘・殺戮の権化だと豪語していたし、傍仕えのリリスも普通ではないのは分かっていたが、悪魔というものは元々そういうものなのだろうか。
いや、人間の基準で語ることは無意味だ。悪魔に普通を当てはめることなどできない。
普通を当てはめられないということでは、目の前の女も然りだ。
「そうだ! お近付きのしるしに、お茶でもどうかしら? ねぇ、テッドもいいでしょう?」
不快感から、眉が動いてしまう。その名で呼ぶな、と怒りに震えた。
私をそう呼んでいいのは、トリクシーだけ。お前にそう呼ばれる度に、怒りがどんどん増していく。顔も見たくない。吐き気がする。殺してやりたい。
だが、堪えなければならない。やっとここまで来たのだ。ここで馬脚を現して、全てを無駄にするわけにはいかない。
深呼吸をし、心を落ち着ける。この女とこれ以上顔を合わせるのは、心身共につらい。早いところ振り切る必要がある。
「マクブライド卿に報告がある。キッシンジャー伯爵も、皇帝陛下からのお祝いの品をご家族に報告するため屋敷に戻る必要があるでしょう。通り道ですので、王宮の外まで送ります」
「助かります」
私達が歩き出すと、あの女もついてくる。キッシンジャー伯爵に回していた腕は、申し訳ありませんが私はこれで失礼します、の言葉と共に外されたにもかかわらず、尚も諦めきれずにいるようだ。
女のことは無視し、私達は他愛のないことを話す。
「王都では、とても有名な占い師がいるそうですね」
「えぇ、約1年前でしょうか。よく当たるそうですが、完全予約制で素顔も声も晒さないのだとか」
「そうみたいですね。実は先日妻も占って貰ったそうで、最近までお産のことで不安がっていたのですが、その占い師に会った後はとても晴れやかな顔をしていましてね。私は占いを信じる人間ではありませんが、妻が幸せそうにしているので凄い占い師なのだなと思いましたよ」
その表情は穏やかで、先程までの冷淡さとは比べ物にならない。本当に奥様を大事にされているのだということが伝わる。それを面白くない顔で見ているのが二人。
クロムウェル侯爵は、女を放置している我々への怒り以上に、個人的な理由でキッシンジャー伯爵を恨めしそうに見ていた。まさか、己が捨てた女性が幸せに過ごしていることに腹を立てているのか? いや、そうではない。
どちらかというと、キッシンジャー伯爵に怒りを覚えているように見える。少なくとも、こうなる前はドロレスのことを愛していたわけだから、かつて愛した女性を他の男が幸せにしているという事実に憤っているのだろう。
何を今更、という気持ちだ。お前の本心からの行動ではなかったとして、抗いがたい力によって強制されて行ったことだったとしても、ドロレスは深く傷つき、地獄の底に落とされた。彼女の苦しみを知れば、もはやそんな権利はないのだと分かるだろうが……本人も、矛盾を抱えているのかもしれない。
もう一人のアディントン男爵令嬢は、既婚者であることを再確認させられた上に己に靡かないキッシンジャー伯爵に不満を抱いていた。公爵家以上に魔法が効かないことを少なからず理解していただろうが、まさか伯爵位の彼にまで効かないとは想定外だったのだろう。
例えそうだとしても彼をこのまま逃がすつもりはないようで、歩調の速い我々に無理して付いてきながら会話に加わってきた。
「まぁ、それってあの占い師のこと? 私も気になっているから会いたいと殿下に話しているのだけど、許してくれないのよね。だから今度、皇帝陛下にお伺いを立てようと思っているの!」
今度、だと? 皇帝陛下が、お前のような女のために時間を費やすとでも思っているのか? まるでこの王宮は己の庭だと言わんばかりに闊歩するだけに留まらず、皇帝陛下をそんな暇なお方だとでも思っているのか。
教養以前に、常識すらない。一体、この女にどんな教育をすればこのように育つというのか。アディントン男爵は、娘を箱庭で育てて無能にしてしまったようだ。
そのまま無視を決め込み、警備中の近衛騎士達の前を通って王宮の外へと向かおうとすると、アディントン男爵は最後の手段としてキッシンジャー伯爵の腕を引っ張った。
「待って! 次はいつ王宮に来るの?」
「妻の付き添いを皇帝陛下が許可して下さいましたので、子供が生まれるまでは来ることはありません」
「!? で、でも、私がお願いしておくから、また会いに来てよ! ね!?」
「私は貴女とお会いしたのは今回が初めてですが、何故会いに来なければならないのでしょう。そもそも、王宮にいらっしゃる女性の元に既婚者の私が会いに行くなど、仕事でもない限り有り得ましょうか」
「じゃあ、私の話し相手ということで来てよ!」
「妻の出産まで休暇を頂いておりますので、我が領地の問題以外での職務はお受け出来兼ねます」
尽く、この女の願いを足蹴にするキッシンジャー伯爵。清々しいほどに淡々と受け流していた。未婚の女性が既婚男性に腕を回すのはお止めになるべきかと、と丁重でありながらしっかりと距離を取る。どうしても怒りが滲み出てしまう私とは違って非常に冷静だ。
何を言っても自分に振り向かないことに気付いた女は、俯きながら聞いてくる。
「そう、ですね……ところで、奥様はどなた? 私の知っている人かしら?」
「えぇ、恐らくご存じだと思われますよ。旧姓は、ドロレス・ウィルキンズ・フィッシャーです」
「……へぇ、そう」
俯いたまま、それだけを口にする。普段とは違う低い声で返答していた姿を見てどう勘違いしたのか、クロムウェル侯爵はキッシンジャー伯爵に詰め寄った。
「貴様! ビディに謝れ!!」
「何をどう謝ればいいのでしょうか? 私は何一つ間違ったことは言っていませんが」
「なんだと!?」
「やめろ、クロムウェル侯爵。恥を晒す気か?」
「恥だと? ベアトリスの死に囚われているお前の方こそ恥さらしだろう!!」
囚われている、だと? こいつは一体、何を言っているんだ?
「被害者のビディの苦しみを何だと思って」
「クロムウェル侯爵!!」
奴が口にする言葉に嫌悪を滲ませていたら、キッシンジャー伯爵が名前を叫んだ。先程まで丁重に対応していた彼だったが、その瞳には怒りが滲む。激昂しているのだということが一目で分かった。
私もクロムウェル侯爵も、驚きを以て見ていた。
「…と、言いましたか。愛する女性の苦しみは、己の苦しみです。愛する女性の死は、心の死です。囚われているわけではなく、愛の深さを証明しているのだということをお忘れなきように」
そろそろ放して頂けますか、と再び平静に戻った彼に対して、クロムウェル侯爵は無言のまま掴んでいた手を離した。そのまま彼は、お見送りはここまでで結構ですので、と言って王宮を後にする。




