EX2 もうちょっと、積極的になってれば良かったかのなあ。
『いい加減、いつまでもブラブラしてないで家に帰ってっきたら? あなたももういい歳なんだし、誰か良い人でも居ないの? 居ないのなら誰か紹介して貰うわよ?』
「…大丈夫だって、心配しないでよ」
『またそう言って、大丈夫じゃないわよ。会社潰れちゃって、仕事してないんでしょう? 待遇もお給料も良い会社だった言ってたじゃない。何であんな事しちゃったの?』
「あたしは悪いことなんかしてない! 悪い事をしていたのは会社の奴らよ!」
『でもそれで仕事が無くなっちゃったらダメじゃない。もう半年も経つんだからちゃんと考えないと……』
「ごめんお母さん、友達から着信が来たみたい。また後で」
そう言って有坂奈津美は母親からの電話を切った。
嘘だ。本当は着信なんか来ていないし、そもそも奈津美に電話をかけてくるような友達なんて居ない。
「……なんであたしが悪いみたいになってるのよ」
他に誰も居ないワンルームマンションの一室で呟いた所で、返事を返す者など居るはずが無い。
半年前、奈津美は勤めていた会社の上層部を告発した。
奈津美が入社した頃は地方銀行のシステム管理の下請け業務などを請け負っていた、IT企業といえば聞こえは良いが知る人も居ない小さな会社であった。
だがある時、会社は外部からコンサルタントを招きネット上の仮想通貨取引で顧客から預かった資金を運用する事業を始めた。
会社の業績は急成長を遂げ、急激にその知名度を上げた。
しかし、会社の上層部はコンサルタントとグルになってその資金を横領していた。
奈津美はシステム開発部であったが、たまたま経理の女の子が泣きながら上司に相談しているのを見てその事を知り、即座に警察に駆け込んだ。
すぐに顧客と株主が会社を訴え、程なく会社は倒産した。
誰に言った訳でもなかったが、会社内では既に奈津美が警察にタレ込んだ事が知れ渡っており、皆が奈津美を非難めいた目で見た。
泣いていた経理の女の子も同様だった。
自分は正しい事をしたはずなのに、何故避難されなければならないのか。
奈津美は自棄になってマンションの自室に引き篭もった。
思えば高校の時も同じような事があった。
奈津美が所属していた美術部で、先輩である部長が他の先輩の作品を自分の作品と偽ってコンクールに出展していた。それも一度や二度ではなかったらしい。
奈津美は部長に抗議したが、周りの部員たちも、顧問の教師も真面目に取り合ってはくれなかった。
奈津美はその先輩に悔しくないのかと問い詰めた。
熱弁をふるったつもりであったが、その先輩は
「ごめんなさい、聞いてませんでした」
どうも奈津美の胸ばかり見ては話を聞いていないようだった。
奈津美は呆れつつも再び熱心に説得したが、やはりもうその事に興味は無いように奈津美の胸を凝視したまま気の無い返事を返すばかりであった。
「ごめん、さりげなく見てたつもりだけどやっぱり女の子にはそういう視線に気づくもんなんだな」
何がさりげなくだ。ジロジロ見ていて何を今更。バカなんじゃ無いのか。
「どうでもいいよ、自分じゃ気取りすぎかなって、あんまり気に入ってなかった。そういうのばっかり持ってくと思ったら、まさか自分の名前で出展してたとはなあ」
ようやく聞き出せたその言葉に、奈津美は脱力してしまった。
悪い人では無いのだろうが、周りの悪意に鈍感すぎる。
奈津美は何度もその先輩を説得しようと試みたが、結局彼は退部してしまい、奈津美もその後を追うように美術部を退部した。
その後も何度かその先輩と話をする機会はあったが、次第に疎遠になり、そのまま彼は卒業してしまった。
電話で母親が「良い人は居ないの?」と聞いていたが、奈津美が今までの人生で一番多く話をした異性があの先輩であろう。
そういう話を聞くたびに彼の事を思い出す。
会えば胸ばかりを見てくる先輩だった。
奈津美にとっては他の男性もほとんどはそうであり仕方ないと思っていたし、彼の表情は妙に真剣だったので嫌悪感は抱かなかった。
諦めがいいのか、執着が薄いのか、拘る様子も無くすっぱりと部を辞めてしまった彼はなんだか見ていて危なっかしく、放っておく事が出来なかった。
今にして思えば、自分は彼に惹かれていたのだろうか。
今でもどこが良いのかは判らないが。
「……もうちょっと、積極的になってれば良かったかのなあ」
彼は今頃どうしているのだろう。
結婚して子供が居てもおかしくない年齢だが、何となく彼がそうしているのは想像出来ない。
今更、高校の時の先輩の事なんか思い出したって。
奈津美は自分に苦笑する。
自分は他人に馴染めない。
人見知りするし、他人に話を合わせるのも、愛想良く笑うのも苦手だ。
ため息をついてマウスを動かすと、スリープモードになっていたPCの画面が点灯した。
画面にはチープな3Dグラフィックスで描かれた街と、青い髪のスカートを履いた耳の長い少年が映っている。
他人との付き合いが下手な自分でもMMORPGなら仲間が出来るだろうかと始めたゲームであったが、やはり奈津美はここでも一人だった。
そもそもが他人であるプレイヤー同士でフレンドなんてどうやって作ればいいのか想像もつかない。
たまに野良で他人のパーティーにも参加したが、内輪の仲間同士でばかり喋っていたり、指示通りに動けと命令されたり、やはり居心地の良いものではなく、すぐに一人で淡々とゲームを進めるようになった。
MMO、多人数参加型のゲームではあるが一応一人でもそれなりに遊べるようになっている。
奈津美にとっては一人用のゲームと変わらない。
さほど面白いとは思わなかったが、キャラクターデザインが好きなイラストレーターであったのと、基本無料だったので暇を持て余した奈津美は一人で女装した少年のキャラクターを育てるのに没頭した。
奈津美がこのゲームを開始した頃には既に人気は無くなりプレイヤーも少ない過疎ゲーであったが、この日は何故か、いつもに比べてではあるが人が多い気がする。
あちこちで集まって何やら話したり、集まってキャラクターに変なモーションをさせて居たりする。
何かのイベントだろうか?
そう思っていると全体チャットで街に居るプレイヤー全員に話しかけるメッセージがログに浮かんだ。
「もうすぐサービス終了の時間です! 集まってスクリーンショットを撮りましょう!」
そこで奈津美はこのゲームが今日サービスを終了する事を初めて知った。
参ったなあ、明日から暇を潰すための違うゲームを探さないと。MMOはもういいや。ちゃんとした一人用の延々と作業を続けられるゲームが良い。
奈津美はいつもより人が多く居心地の悪い町を出て平原に移動し、遠くに見える森を眺める。
この子はエルフだから森に帰してあげようか。
草原を駆け抜ける風が奈津美の、女装した青い髪の少年の頬を撫でた。




