EX1 あの頃は楽しかったのになあ。
「ただいま」
扉を開けて入った玄関は闇と静寂に包まれ、帰りを告げた声はそのまま闇に消えた。
返事が返ってくる事など無いと解っていた。玄関には鍵が掛かっていたのだから。
猫間莉々嘉にとってこれは珍しいことでは無い。
両親は莉々嘉に良くしてくれているが、父は仕事で海外に行く事が多く、病院に勤める母もこの時間はあまり家に居ない。
二人とも自分の為に頑張って働いてくれているのだと莉々嘉は納得していた。
それでも毎日のように学校からそのまま学習塾に通い、夜の8時を過ぎて誰も居ない家に帰ると、何の為にこんな毎日を過しているのか解らなくなる時もある。
莉々嘉は台所に用意されていた食事をレンジで温めもせずにそのまま済ませ、シャワーを浴びて着替え、早々に自室へ篭った。
来年にはもう受験がある。両親の期待には背きたく無いが、自分が何故勉強をして大学へ行こうとしているのか、莉々嘉には解らない。
ただ両親を喜ばせたいだけなののか、人生の選択肢が広がると言う教師の言葉を信じてなのか。どれも確証が持てず、一番大切な何かを置き去りにしたまま日々が過ぎていく気がしてそれを考えるとたまらなく不安になった。
なんだか今日は疲れた。
明日は学校の模試があるからまた勉強をした方が良いのだろうとは思うが、学習塾から帰って来たばかりでそんな気も起きなかった。
莉々嘉は少し考え、ノートPCを開きゲームを立ち上げた。
ウォーファイアユニバース。
莉々嘉はゲームが好きだが、これはそれまであまり興味を持たなかった海外のSFウォーシミュレーションだ。
興味を持ったきっかけは塾の講師だった。
隣県から通勤しているという、その非常勤の講師はあまり仕事熱心では無いのか、他の講師のように受験対策に主眼を置いた授業をせず、すぐに脱線してどうでもいい話を始める。
そのせいか授業は人気が無く、初めは莉々嘉も他の人気講師の授業が取れなかったので仕方無くその授業に出た。
英語の授業のはずが海外ゲームの名作の紹介やメーカーの業界事情の話になっていた。
しかし莉々嘉にとってその話は思いの外面白く、受験勉強で息が詰まりそうな毎日の貴重な息抜きの時間となり、週に二度ではあるがその講師の授業を受けるようになった。
講師の授業は本当に英語が出来るのか怪しい程にいい加減であったが、海外のゲームや映画については異常に詳しかった。
いつしか、莉々嘉は彼の授業が、彼の話を聞くのが楽しみになっていた。
ある日、莉々嘉が休憩時間に廊下で出会ったその講師に、自分もゲームが好きで少し前まではMMORPGにはまっていた事を話すと、彼は自分も一度だけログインした事があるが、今は別のゲームにはまっていると言って教えてくれたのが、このウォーファイアユニバースである。
莉々嘉はそのゲームがDLCを含まない廉価版であれば小遣いで買える事を確認し、塾の帰りにコンビニで電子マネーを買い、PC用クライアントからダウンロード版を購入してインストールした。
慣れないジャンルのゲームであった為思うように進められなかったが、毎日少しずつ、一週間ほどゲームを進めて、戦艦を建造するのに必要な素材がネット対戦に参加せねば手に入らないと知り、適当に編成した艦隊で早々にネット対戦に挑んだ。
海外ではかなり売れた名作だと聞いたが、国内ユーザーは多く無いのか、マッチングには時間がかかり、ようやくマッチングした相手はかなりの熟練プレイヤーのようであった。
どうせ負けても素材は手に入る。
莉々嘉は駄目元で対戦を始めたが、やはり相手は相当の熟練者で手も足も出ないまま劣勢に追いやられ、負けるのを待つばかりとなった。
もう負けるのが解っているのだからさっさと終わればいいと思うが、旗艦に設定したリヴァイアサン級という戦艦は頑丈で中々決着まで行かない。
ため息をついてPCの画面か目を離した時、スマートフォンにメッセージの着信があった。
"ソーブレが今日でサービス終了なんだけど、最後にみんなで集まってお別れを言おうよ"
以前プレイしていたMMORPGで一緒に遊んでいた中学時代の友人からだ。
「何が"お別れを言おうよ"よ」
莉々嘉はスマートフォンをベッドに投げ捨てた。
縁なんかとっくに切れている。しかも切ったのは向こうの方だ。
最初の頃は本当に楽しかった。莉々嘉と友人と、同時期にゲームを始めたらしいゲーム内で知り合った女の子。三人のパーティーで一緒に冒険をした。
しかし、ある時一人の男の子のプレイヤーがパーティーに加わり、そこから雰囲気がおかしくなった。
その男の子はゲームで知り合った女の子の彼氏だという事だった。
「ちょっと、人の彼氏に馴れ馴れしくしないでくれる?」
その男の子が莉々嘉に話しかけるたびに彼女は機嫌を悪くし、パーティーの空気は険悪になった。
莉々嘉が自分からその男の子に話をした事など無かったが、彼女は莉々嘉に不満を募らせ、いつの間にか自分よりも彼女と仲良くなっていた友人も莉々嘉を責めた。
キャラがあざと過ぎる。まるでキモオタのオッサンの趣味だ。何その話し方ふざけてるの?
そして莉々嘉はパーティーから追い出された。
一人になった所で、莉々嘉を何かのアニメのファンだと勘違いしたおかしな男に付きまとわれるようになり、しだいに莉々嘉はそのゲーム、ソードブレイズオンラインにログインしなくなった。
今更、反省して自分に謝ろうなんて気でもないだろう。
笑い者にでもするつもりなのか。
だが、一時期ははまってそれなりにやり込んだゲームがサービス終了するのは莉々嘉にも少しだけ寂しい気持ちを感じさせた。
今日で終わるなら、最後くらいログインしてみるのも良いだろう。
あいつらに会ったら一言言ってやるのも良いかもしれない。
PCの画面では未だに莉々嘉の艦隊が砲火に焼かれているが、それをウィンドウモードにしてソードブレイズオンラインを立ち上げる。
両方ともグラフィックはLOW設定だしどうにかなるだろう。
開いたログイン画面から忘れかけていたパスワードを入力しログインすると、ゲームの画面ではあるが懐かしい風景が現れた。
案の定、あの三人の姿はない。
どうせどこか別の場所で遊んでいるのか、イタズラのつもりだったのか。
どうでもいい。今日が最後なら少しこの懐かしい世界を歩いてみよう。
「なんだかんだあったけど、あの頃は楽しかったのになあ」
莉々嘉が呟いて空を見上げると、空がちらついたように見えた。
やっぱりLOW設定でも別窓で二つのゲームを開いたのは無理があったのか。
強制終了したりしないだろうか?
莉々嘉は辺りを見回して、
気付いた。




