九呪 何をすればこんなことに
豪邸とまではいかないが、一般家庭としては十分に大きい家だ。見た目はレンガ調で、全体的に可愛らしい雰囲気。玄関からして立派そうで、ピカピカに磨かれている。庭は広く色とりどりの花が植えられ、車庫まであった。
そして極めつけに、白い三角屋根の上にちょこんと短い煙突が乗っかっているのだ。見た目だけの偽物だろうが、普通そんなものを付けたりはしない。余計にお金がかかるし何の役にも立たないのだから。
そこはドールハウスをそのまま大きくしたような、小さい女の子が憧れそうなとても可愛い家だった。
開いた口が塞がらない叶真を他所に、鈴音はまだポケットや鞄を探っていた。
「両親は共働きで、今日はママの帰りが五時だから、それまでには帰ってくれると嬉しいわ。百鬼くんをママに合わせると、面倒なことになりそうだから。
……あら、おかしいわね、私鍵をどこに……ああそう言えば、クラスでドッジボールをさせられた時に着替えたから、確かこっちに……あった!」
鞄の中のポケットから小さな熊のキーホルダーが付いた鍵を取り出した鈴音は、先に門を開けた。そのままスタスタと扉の前まで歩いて行った時、叶真がまだ固まっていることにやっと気が付いたらしい。不思議そうな顔で振り向いた。
「何をしているのかしら? そんなところで突っ立っていると、不審者のようよ? ああ、自転車は車庫にスペースがあるから、そこに停めて貰えるかしら」
「……蛇喰」
「何かしら?」
「お前んち、金持ち?」
不気味なほど抑揚のない平坦な声で尋ねられ、鈴音は困惑した表情を浮かべた。そりゃそうだ、こんなことを何の前触れもなく訊かれれば、みんな困惑する。だが鈴音は根が正直なため、訊かれたことには嘘を吐かず答えた。
「世間一般的な所得から考えるに、裕福な方と言うのが正しいでしょうね。それがどれほどかまではわからないけれど」
これっぽっちも興味なさげに言った鈴音の言葉を聞いた瞬間、叶真の身体がわなわなと震え出した。
「こんな奴が実在するなんて……やたら立派な家に住んでる奴はぜってぇ何かあくどい商売でもして儲けてると……けどこいつの性格からして、そんな家なわけが……」
「ええと、百鬼くん? さっきからぶつぶつと、大丈夫? それともあなた、独り言が元から多いのかしら。それならそれで諦めると言うか、そう言う性格なんだな、ってことで納得が出来るのだけれど」
独り言を呟いて固まる叶真を見かねて声をかけた鈴音だったが、傍から聞くと心配しているようには聞こえない。馬鹿にしていると思う者が多いだろう。が、これを本気で心配しているから言っているような、自分の心情をストレートに言ってしまう鈴音が何か悪事に加担しているとは考えられなかった。
自分が悪事に加担していると知れば確実に嫌がるだろうし、そんな人間がいれば直接諫めるなりなんなりしそうだ。つまり、蛇喰家が悪事に手を染めたからこそこんなに立派な家を建てられたとは、考えにくいわけで。
「……世の中って、不公平だよな、マジで」
叶真は、しみじみと世界の不平等を実感した。
「何を言っているのかしら。そんなの当たり前じゃない。世の中が全てで平等であるならば、とっくに戦争はこの世界から撲滅されているわよ」
話を地球規模まで大きくした鈴音は、何を当然のことを、という顔をしていた。今までの話に、悪気はないらしい。
その顔を見て毒気を抜かれた叶真は、何もかもが馬鹿らしくなった。これ以上不平等なことについて考えても、何かが変わるわけでもないのだ。ただ落ち込むだけになるのは明白である。
「はぁ……もーいいや。えーと、あれだ。うん。俺も上がっていいんだよな?」
「ええどうぞ。でなければ、ここまで連れて来ないもの」
言いながら、鈴音は鍵穴に差したままだった鍵を回して、扉を開けたのだった。
「そこそこ綺麗にしているつもりなのだけれど、汚かったらごめんなさい」
謙遜なのか微妙なことを言った鈴音は、叶真をリビングに案内した。
本来広々として開放的な空間のはずなのだが、そうは全く見えない部屋だった。原因は、散らかってはいないもののやたらと飾られたぬいぐるみのせいだろう。
棚やテレビ台の脇に飾ってあるものはまだわかるのだが、ソファやテーブルにまで置く必要があったのだろうか。流石に床に直置きはないが、ぬいぐるみ用と思われる小さな椅子に座っていたりドールハウスに収められていたりで、この部屋だけでも最低百体はいる。
呆れ返る叶真の反応に気付いた鈴音も、呆れた様子で肩を竦めていた。
「それはママの趣味よ。より正確に言うと、ぬいぐるみを作るのが趣味で、暇さえあれば年中作っているの。着られなくなった服とか、使えなくなったタオルとかでね。気が向くとぬいぐるみ用の家具まで作り出すから、少し困ってるけど」
「器用なんだな」
そう言えばツカコさんもこういうの作るの得意だったなー、と最近顔を見ていないツカコさんのことを思い出しながら、叶真は手近な椅子に腰かけた。




