三十三呪 イチかバチか
このまま話していても、平行線だ。
お互いわかっていた。叶真だってわかりたくないけど、わかっていた。だから求磨が面倒そうに言った言葉に、すぐに反応することが出来たのだ。
「じゃあもう、寝てて。後は僕が勝手にどうにかするからさ」
「っ!!」
言葉が終わるか終わらないかのうちに、叶真は全力で後ろに向かって跳んだ。でなければ、そこにぼとぼとと落ちた枝やらペンやらが、叶真のお腹の風通しを良くしていたことだろう。
「ありゃりゃ。また避けられちゃったよ。うーん、他人を操って間接的に魔法を使わせるって、意外に難易度高いんだねぇ。魔法使いを操るのは初めてだから、全然知らなかったよ。それとも僕の攻撃が遅いのかな? あ、慣れていないからって可能性もあったね。どう思う、キョウ」
今の言葉を信じるならば、求磨はこれまで他の魔法使いを操って来なかったことになる。だが、魔法使いと限定したということは魔法を使えない一般人を操ったことならあるのかもしれなかった。
それを問い質すことは、今は出来そうにない。
暢気に呟く求磨の言葉に返事をしている余裕なんか、これっぽっちもない。次から次へテレポートされてくる異物を食らわないようにするので精一杯なのだ。それだってたまに避けきれず、服が裂けたりしていると言うのに。
鈴音本人はただ叶真を見つめているだけなのだが、それは見ないとテレポートの照準がつけられないからだろう。
だが、これくらいで済んでいるのもまた事実。求磨が自ら言っていた通り、精度は鈴音が自分で魔法を使っていた時と比べて格段に落ちていた。だからと言って、このままではジリ貧。
操られている鈴音の魔力がどうとかはよくわからないが、叶真の体力は有限なのだ。いずれデカいダメージを食らい、動けなくなる。テレポートされる物が一つも当たらなかったとしても、スタミナ切れで動けなくなるのだから結果は同じ。
ならば、どうにか逆転しなくてはならない。
「お前、蛇喰を操って一族郎党皆殺しにするつもりなんだな!?」
鈴音を挟む格好で求磨の死角に入り込みながら、叶真は声を張り上げる。不意打ちで大声を上げてみたのだが、求磨が揺らいだ様子は全くない。
「そうだよ? この女の魔法限界がどこまでかはわからないけど、少なくとも百キロクラスの物をテレポート出来るのは確かめた。さっきそこにあった違法駐車の車を川にテレポートさせられたしね。それに、距離も目視範囲と結構広い。
そいつらがいる建物の基礎に何かテレポートでもさせれば、お手軽に虐殺完了♪ ってわけさ」
相当えぐいことを何の感慨もなく笑顔で言う求磨にかける言葉を失うも、情報は少し手に入った。
鈴音を操る魔法はオートメーション化されているのか、求磨に話しかけようが視線を遮ろうが無意味。この分だと、鈴音の視界を遮っても求磨が、求磨の視界を遮っても鈴音が修正してしまうだろう。
二人を無力化する方法を考えるにも、どうにかして時間を稼ぎ思考する余裕を作らねばならない。鈴音が言っていたこともあるように、視線で照準をしているのは間違いないのだ。
そこまで考えて、ハッとする。方法ならある。叶真になら、可能な方法が。
「視線……それに、目。魔力の供給……」
けれどこの作戦は、求磨には通じない。叶真の知る、優しく賢い求磨であれば。だが、叶真の仮説が正しければ、この作戦は有効なはずだ。
攻撃を食らわぬよう常にランダムに動き回っていた叶真は、刹那の間だけ動きを止めた。その瞬間を狙い澄ましたかのように、その場所へ枝やら石やらが座標を変えられて殺到した。
「何を思い付いたか知らないけど、動きを止めたのは間違いだったね」
勝ち誇り笑みを浮かべて言い放った求磨は、気付けなかった。視線の先で雑多な物達に串刺しにされたはずの叶真の姿が、ゆらりとぶれたことに。そして叶真を串刺しにしたはずの物体全てが、すぐにぼとぼと地面に落ちたことに。
「いや、そんなことないさ」
真後ろから聞こえた自分と同じ声に振り向く間もなく。求磨は凍り付いた。比喩ではなく、文字通りの意味で、足元から。
「なっ……!?」
慌てて身を翻そうとするも、すでに足は膝までがっちり凍ってしまっている。しかも、今の天気は雨。濡れそぼった求磨の身体は、凍らせるにはうってつけだ。数秒とかからずに、求磨の身体は氷で覆われ、大きな氷柱のようになっていた。
一体、なんで
氷の向こうで発されたその質問に、叶真は律儀に答えた。
「単純なことだぜ、キュウ。俺の魔法は温度を操る。温度差で蜃気楼を作って、自分の虚像を見せるのなんて朝飯前だ」
叶真の返答は、求磨に届いたのだろうか。それを確かめる前に、叶真は糸の切れた操り人形そのものの動きで倒れこむ鈴音を抱き留めに走った。
「蛇喰! おい大丈夫か!? 蛇喰!!」
顔色が悪い。雨に打たれ続けたせいもあり、抱き留めた鈴音の身体は凍るように冷たかった。今は五月。多少気温が上がったとはいえ、濡れたまま長時間いれば命にかかわる恐れがある。慌てて声をかけながら魔法を使い、鈴音の体温を上げて行く。一気に上げると心臓に負担がかかるので、ゆっくりとだ。