三十四呪 コールドスリープのようなもの
「蛇喰!! 聞こえるか!? 蛇喰!!」
「……頭痛がするから声のボリューム落としてもらえるかしら……」
「蛇喰……!」
ぐったりとしているものの、叶真の魔法のお蔭か顔色はだいぶんマシになっていた。風邪を引いているかもしなかったが、少なくとも命に別状はなさそうだし、瞳の色が元に戻っているところを見ると求磨の魔法も解除出来たらしい。
「蛇喰、お前今まで何があったかとかは……」
魔法の後遺症の確認のため恐る恐る訊くと、返って来たのはため息だった。
「覚えているわよ。無駄に鮮明にね。あなた達の会話も、全部聞いてしまったわ」
「それは何と言うか……ほんとごめん。巻き込んだ」
頭を下げる叶真に、鈴音は呆れ顔だ。
「元を正せば悪いのはうちの先祖なのよ? そこまで申し訳なさそうにされると、私としては割と立つ瀬がないのだけれど」
「って言われてもな……」
他にどういう顔をすればいいのかわからないのだ。それにここで偉そうにするのも何か違うし、鈴音を責める気なんて毛頭ない。
「それよりも、あなたの双子のお兄さん……求磨、くんだっけ?」
恐らくさん付けしようとしたのだろうが、すぐに同い年だと思い出してくん付けにしたようだ。
「ああ。俺の兄貴で間違いない」
「えと、凍ったまま放置すると危ないと思うのだけれど……」
「大丈夫だ。放置とかじゃない。ただ、割と賭けではあるんだよな……鈴音、起き上がれるか?」
叶真の意図はわからなかったが、何かをやろうとしていることは伝わったようだ。鈴音は何も言わずただ頷いた。
鈴音が自力で起き上がったのを確認すると、叶真は凍った求磨の元へ向かった。そしてなぜかその場で解凍せず、屋根のある休憩所まで引っ張って行く。鈴音もそこにいるとより雨に濡れてしまうので、ついて行った。
「溶かさないの? と言うか、別にここまでカチンコチンにしなくても、足元を凍らせたり一回ぶん殴ったりで行動不能にすればよかったんじゃないの?」
ほぼ凍死体な求磨にどうしたらいいのかわからない鈴音が問うと、叶真は静かに首を横に振る。
「いや、それじゃダメだったんだ。今から説明するから」
言いながら、求磨に両の掌を向けた。するとみるみるうちに氷が溶けて行く。どうやら求磨の身体そのものを凍らせたわけではなく、周りの空間を凍らせる形で求磨を氷に閉じ込めていたらしい。氷は溶けたのだが、求磨の顔色は死体のような色のままだ。
叶真は求磨の身体が完全に解凍されたか一通り調べた後、突然心臓の辺りを思いっきり殴った。
「かはっ」
そのショックで、一発で求磨の心臓が再び動き出す。今心臓が動き出すと言う事はすなわち、その前は心臓が止まっていたと言う事だ。叶真が温度を操ることで間接的にバイタル操作をしていなければ、普通に死んでいたかもしれない。
「キュウ、聞こえるか?」
叶真が静かに呼びかけると、微かに求磨の無事な方の瞼が動いた。
「……聞こえ、てる」
応えの声と共に目を開いた求磨は、凍る前と何かが違う。
「目が……」
不思議そうに首を傾げている通り、求磨の目の色が先ほどまでと違っているのだ。血のような赤から、薄い赤茶色に。
「その様子だと、お前も解けたんだな?」
「まあ、ね……方法がとんでもなく乱暴だったけど……」
辛そうに苦笑を浮かべる求磨の瞳には、もう昏い色はない。纏っていた呪いそのもののような空気すら、綺麗に消えている。状況が理解出来ず首を傾げ続ける鈴音に、叶真が説明した。
「さっきキュウが自分で言ってた通り、キュウは死に掛けた時に自分にも魔法をかけたんだよ。強化……人にかける場合は狂う狂化か? まあとにかく、それを自分にかけたせいで、自分も狂化されてしまった」
「自分でも、凶暴性を抑えることが出来なくなってね……イチかバチか過ぎたみたいだ。随分と振り回されてしまったよ」
「それはわかったのだけど、それでどうしてあんなことになったの?」
鈴音の質問にバツが悪そうに頭を掻く叶真だったが、それでも誤魔化さずに答えた。
「あーっと……キュウと蛇喰を元に戻すためには、キュウに魔法を解かせる必要があった。けどあの状態のキュウが素直に解呪するわけがない。そこで、その……」
「僕を一回仮死状態にして、魔力の供給を強制的に断ち切ったのさ。止め方のわからない機械を、ブレイカー丸ごと落として止めるようなものだね……」
「……ええと、とてつもなく危険な方法な気がするのだけれど」
「ああうん。下手をすれば、僕死んでただろうね」
サラリと言っているが、とんでもなく重要なことである。少し間違えれば、実の弟に殺されていたかもしれないのだ。
だが求磨の顔に、怨みなんかのネガティブな感情は一切見受けられない。スッキリしたとでも言いたげな、清々しい表情だ。
「けど、やってくれてよかったよ。死に掛けのイチかバチかで魔法を使ったせいで、制御が甘くてね。自力じゃもう止まることが出来なかったんだ。ありがとう、キョウ。お前のお蔭で、僕は人殺しにならずに済んだよ。それから」
まだかなりフラフラとしていたが、それでも求磨はなんとか自力で上体を起こし、鈴音を真っ直ぐ見た。




