二十六呪 追いかけなくては
「いくら謝ったって、何の意味もないのはわかってる……わかっているのよ……けど、それでも……私には謝ることくらいしか出来ないから……」
「あ……いや、俺は……」
そこまで言われてやっと、叶真は自分が何をしたかに理解が及んだ。だがそれは、あまりにも遅かった。
叶真の『お前ら』という言葉が指したのは、レネルアとあと二人の娘。魔王の妻となった、三人の女のことだった。
が、勇者レネルアの子孫である鈴音は違う風に捉えてしまったのである。
鈴音は、叶真がこれまで送って来た人生がどんなものかを輪郭だけでも知っている。それがどれだけ辛くて苦しいか、話を聞くだけでも伝わって来るほど。本当はその何倍、いや何十倍と厳しい境遇だったと。
そしてそのことに、多少なりとも自分が関わっていると知れば。叶真がレネルア達に向かってぶつけた暴言全てを、子孫である自分にもぶつけられていると思っても不思議はない。『お前ら』という複数形の言葉は、勇者の一族を指していると思ってしまったとしても。
「本当に、本当にごめんなさい……」
もう一度か細い声で謝った鈴音は叶真に背を向けると、脱兎のごとく駆け出した。
自分がテレポートでここまで来たことも完全に忘れ、裸足で外に飛び出すほど動揺して。
「まっ……!!」
咄嗟に追いかけようと立ち上がろうして、盛大にこけた。
「のわっ!?」
ステンと見事転がったまま、立ち上がることはおろか動くこともままならない。原因は明白だった。そしてそれは、この場に似合わぬ冗談みたいな理由。
「あ、足痺れた……!!」
これまで慣れない正座をしていたのが災いし、痺れが切れてすぐには動けなかったのである。鈴音はあれだけ美しい正座をしていたのだから、きっと日常的に正座をしていたのだろう。だからすぐに立ち上がることが出来た。お嬢様らしく、生け花や茶道でも習っていたのかもしれない。
理由はともかく、そのせいで時間をだいぶロスしてしまった。叶真がどうにか立ち上がれるまでになった時には、当たり前だが鈴音は影も形もない。それに鈴音はテレポートまで出来るのだ。ここから追いつくのは、絶望的と言ってよかった。
すでに鈴音は途中で自分がテレポートを出来ることを思い出し、家まで帰ってしまったかもしれない。だからと言って、叶真にこのまますごすごと部屋に引っこむなどという選択肢は存在しない。何としてでも、今追いかけなくてはいけないのだ。
「テレポートだろうがなんだろうが、関係ねえ……!!」
何とかして、鈴音に会わなければ。でなければ、大変なことになる気がするのだ。そう、会って――
そこまで考えて、ふと疑問を覚えた。
「……会って、どうするんだ?」
暴言を吐いたことを謝る? 妥当ではあるのだが、微妙に違う気もする。少なくとも鈴音に向かって怒鳴ってしまったことは猛烈に後悔しているし、謝りたいと思う。
だが、レネルア達に向かってぶつけた気持ちは本当のことだ。それを俺が悪かったと言って謝るのは、何かがズレているような違和感を覚える。
鈴音に自分のことだと思わせてしまうような言い方をしてしまったのは、叶真が悪いだろう。だからと言って、暴言を吐いたことそのものが悪かったと、叶真は思うことが出来ない。
これまで十年以上もの間苦労して来たことが、他人のせいだった。それがわかった時に、文句を言うことすら許されないのだろうか。ただただ笑って、昔のことだから、お前には関係ないからと、言わねばならなかったのだろうか。
どうしても、叶真にそれは出来ない。
ならば、今更追いかけて行ってどうすると言うのだろう。謝るわけでもないのに、追いかける意味はあるのだろうか。自分は、どうしたいのだろう。
叶真には、わからなかった。
あれだけ申し訳なさで泣きそうになっていた相手に、おまえじゃなくて悪いのは全部先祖だと釈明する?
これはもっと違うだろう。鈴音は先祖であるレネルアがやり過ぎたのであれば、子孫である自分にも責はあるなどと言い出しかねない。
自分は無関係で、やったのは先祖なのだと開き直れるような性格であれば、鈴音は部屋を飛び出さなかっただろうし、それ以前に最初に会った日に取り付く島もなく拒絶されていただろう。自分とは関係ないのだから、これ以上関わるなと。
なら、どうすればいいのだろう。どうするのが、正解なのだろうか。
鈴音に会わなければと気は急くのに、会ったあとのことが何も思いつかなかった。会ったところで、何を言ったところで、あそこまで責任を感じてしまっている鈴音が納得するだろうか。
鈴音はああ見えて、責任感が強い。本当の意味では自分に責任がないとわかっていたとしても、そう容易く納得してくれないだろう。
「……ええい難しいことは後だ!! とにかく、あいつを追いかけねえと!!」
考えても埒が明かないと踏んだ叶真は何も考えぬまま鈴音の姿を追い求め、いつの間にか降り出していた雨の中へ飛び出して行ったのだった。