二十五呪 呪いの真実
『が、それでは飽き足らぬと事実を知った三人で話し合った結果、私を含めた三人分の呪いをかけてやることにした。つまり、三つの呪い』
「え……? ひとつじゃ、ないのか……?」
ポカンとする叶真に突き付けられたのは、思ってもみなかった事実だった。
『一つ目は、宿屋の娘の分。あいつが自慢していた絹糸ように滑らかな、そこいらの女よりも美しい長髪が、一刻も早く一本残らず消滅するよう呪った』
それは、叶真が知っていた唯一の呪いだ。若くして、禿げる呪い。それはそれで嫌な呪いなので、叶真は不思議に思いはしても他に別の呪いがかけられるだなんて夢にも思っていなかったのだ。
その一つだけだと、思っていたのに。
だが無慈悲にも、真実は全く違った。
『二つ目は、花屋の娘の分。美しい女を見る度に声をかけなくては気が済まないあの人が、真の意味でそれを反省するようにと、ロクでもない相手を好きになるよう呪った。男女は問わない』
「はぁ!?」
それは、とても心当たりがある呪いだった。叶真の母親を見れば、その呪いが未だに強力に効いているのは明らかだ。男を次々連れ込み、罵詈雑言を浴びせ、時には暴力まで振るったのだから。
これまで出て来たのは、二つ。若ハゲの呪いと、最悪な相手に惚れる呪い。つまりまだ一つ、叶真達には呪いがかけられていることになる。
息を呑む叶真に告げられたその呪いは、あまりに残酷なものだった。
『最後の呪いは、私の分。あの人は、惚れた女をものにするためには、手段を選ばなかった。父親を金で懐柔し、止める者あらば金で雇った連中を差し向け容赦なく消す。そのやり口が気に入らなかったから、私がかけたのは、金に振りまわされる呪いだ。三つの呪いを、私が束ねてあの浮気男にかけた』
「うそ……だろ……」
レネルアの言う事が全て真実とするのなら。叶真が生まれて来てからして来た苦労は、最初から最後まで全部レネルアのせいと言う事になる。
小さな頃から、あの最低最悪な母親に虐げられて来たのも
お金がなくて飢え死に寸前まで、幾度となく追い詰められたことも
借金取りに追われ、半殺しにされたことも
貧乏なせいでまともに洋服も買えず、同級生達に虐められたことも
あれもこれも何もかも全部、レネルアのかけた呪いのせいで。
「な、百鬼くん……?」
俯いたまま黙り込む叶真に、鈴音が心配そうな声をかける。だが叶真には、まだ何かペラペラと耳障りな言葉を吐き出し続けるレネルアの声も、鈴音の声だって、聞こえていなかった。
「……の」
「え?」
「お前らのせいでっ!!!!!!」
初めて本気で声を荒らげる叶真の声に宿っていたのは、ドロドロとした昏いもの。それは憎悪と呼ばれるもの。燃え滾る闇のような感情だ。
「お前らがかけた呪いのせいで、俺はずっと、ずっとずっとずっとずーっと!! 酷い目に遭って来た!! 死にたいって思ったことだって、一度や二度じゃねえ!! こんな風に誰からも見捨てられて惨めに生きて行くくらいなら、死んだ方がマシだと思ったよ!!
けど、それでも!! きっといつかは運が巡って来る、いいことがある、報われる日が来るって思ってた!! でも違った!! 俺達の不幸に期限なんてなくて、一生不幸で!! それを、たかだか浮気された程度のことでの呪いだなんて、おかしいだろ!!
俺が何をした!? 俺達が何をした!? したのは魔王とか名乗ってた頭のネジがぶっ飛んだ男だけだろ!? 俺達には関係ねえ!! なのに、なのになんで俺達はこんな思いをっ……!!
ただの不運だったら耐えられた。しょうがないって諦められた。けどこれはそんなんじゃない!! 誰かの悪意で、誰かの陰謀で!! 何でだよ、何でっ……!!
勇者? ふざけんな!! 人を救うのが勇者だろ!? 人を陥れて、関係のねえ子孫まで全部呪って!! 最悪過ぎんだろ!! どこが勇者だよ!? お前らの方がよっぽど魔王じゃねえか!! お前らの呪いのせいで、俺はっ……!!」
泣きそうだった。拳を握り締めて耐えていなければ。ここに叶真しかいなかったら。きっと、声を上げて泣いていただろう。これまで自分の身に降りかかっていた理不尽は、大よそ勇者のかけた呪いのせい。誰かの悪意のせいだったのから。
それまでは憤りをぶつける相手がいなかったから、諦められた。と言うよりも、諦めるしかなかった。だが、ただの不運なんかではなく、明確な人の悪意の産物なのだとしたら。誰だって、その人間を恨む。
いつの間にか、映し出されていたレネルアの虚像は消えていた。海の底のように息苦しい静寂を破ったのは、叶真の血を吐くような想いの濁流をただ黙って聞いていた鈴音の方だった。
「……ごめんなさい」
蚊の鳴くようなその声は、震えていた。だがそれも、自分のことすらコントロール不能に陥っている叶真は気づけない。
「謝るなよ。謝られたって、人生は返って来ねえ!! 俺が、俺達魔王の子孫が、一体どんな思いで……!!」
「ごめんなさい……」
「だからっ……!!」
怒鳴りつけようとひたすら謝る鈴音を睨みつけて、ようやく気付いた。鈴音が、泣いていることに。




