二十四呪 気に障る
あまりの出来事に瞠目する二人をよそに、その小さな勇者は口を開いた。
『この本を読むことが出来、この姿を見ることが叶っていると言う事は、その者は私の子孫に違いないだろう』
その名の通り鈴を鳴らしたような美しく、細い声だ。とてもじゃないが魔王に向かって若ハゲの呪いだなんて色んな意味でえげつない呪いをかける人には、見えなかった。だからと言って、叶真が見て来た髪の一本もない父親と、あの日記の存在的に呪いが嘘だとは考え難い。
叶真のそんな考えを知ってか知らずか、勇者は話を進める。
『私の今現在の名は、蛇喰レネルア。この世界に来てから、今日で七十年が経った』
「七十年!? え、ってことは私のご先祖様って、この見た目で九十とかそんな感じの……!?」
「落ち着け蛇喰。これは立体映像みたいなもんだが、見た目は好きにいじくれる。つっても別人にするのは無理がありすぎるから、昔の自分の姿になるよう調整したんだろ」
二人がそんな会話をしている間にも、レネルアの話は進んで行く。
『そもそも私が、いや、私達がこの世界に辿り着いてしまったのは、偏に私のせいである。と言うよりも、最初の元凶であるあの人の浮気以外、全て私のせいと言っても過言ではあるまい』
小さな手のひらサイズの立体映像でもわかるほど、レネルアは厳しい顔つきをしていた。何かを、後悔するかのような。
『この世界に私や魔王が来てしまったのは、魔王が魔法を誤って発動させてしまったためだ。その魔法はテレポートの一種なのだが、とても強力だった。世界そのものを跨いで発動させてしまうほどに』
それを聞いて、二人は初めて勇者や魔王の子孫が地球にいるのかを理解した。これまでは呪いを解く方法を知ることに執着し過ぎて、そこまで頭が回っていなかったのだ。二人とも、妙なところが抜けていた。
『魔王のその魔法は、発動させた時に近くにいた私を巻き込んだ。そして、地球と言うらしいこの世界に飛ばされたのだ。私はこの世界の日本の、北海道と言う場所に飛ばされた。
だが、魔王の方はどこへ行ったか終ぞわからなかった。これでもずっと探していたつもりなのだがな。そもそもが魔法の誤発動が原因であるため、座標の指定なんかはされていなかったらしい』
おいなにしてくれてんだよ魔王と思う叶真であったが、それがなければ鈴音とも出会っていないことに気付き、そこは何も言わないでおいた。
それにこの世界に飛ばされていなければ、叶真は存在すら出来ていない。何せ、母親は間違いなく地球人だし、他の先祖も魔王の子孫以外は地球人だろう。ならばここはむしろ、感謝するべきかもしれない。
叶真がそんなことを考えているとは露知らず、映像のレネルアは過去に起こった出来事を話し続ける。
『私は、魔王を捜さねばならぬ。それは、私だけの問題ではないからだ。それに先ほども言った通り、これは私が引き起こした惨事。ならば、私が責任を取るべきなのは議論の余地もあるまい』
「ご先祖さまの……? それって、呪いの件かしら?」
「さあ……最後まで聞かねえとなんとも」
そんなことを言い合う二人に、レネルアは静かに告げた。
『全てが狂ったのは、あの人が浮気をした翌日。私はあの人の愛人――この場合は、私の方がその言葉に近いのか。ともかく、最初にあの人の妻となった者の元へと向かった。
そこにいたのは可憐で美しい、夕陽を映したような橙色の髪と、凪いだ海のような群青色の瞳を持つ娘だった。話を聞くと、元々街の隅で小さな花屋を経営していたその娘は、ある日路上で花を売っているところをあの人に見染められたらしい。
しかもその時にあの人は、[ああ、君に売られる花々の、なんと可哀想なことか。美しいはずなのに、どうしても霞んでしまう。なぜならば、遥かに美しい君に抱かれているのだから]とかなんとか、そんな甘言を耳元で囁いたとか』
「……百鬼くん」
「うちの先祖がキザで女たらしのクソ野郎でホントごめん……」
気に障ると書いて気障とはよく言ったものだと、その言葉を作った人に何かすごい賞をあげたくなった叶真だった。言われた本人は嬉しいのかもしれないが、傍から聞くと鳥肌の立つうえにイラッとするセリフだ。しかもそんなことをのたまったのが、自分の先祖ともなればなおさら。
レネルアの話は、もちろんそれでは終わらない。
『その娘も、私が行くまで自分の他に妻がいるなどと、微塵も考えていなかった。当然だ。あの人は浮気がばれないようにするためだけに、三人に分身出来る魔法を編み出したのだから。あの人本人が私に言わなければ、永遠にばれなかったであろう。抜けてるのだかなんなのか、とにかく阿呆だと思った』
「……バカなの?」
「いやもうホントバカだよ……」
身内の恥晒しもいいとこだ。まさか魔王本人も、こんな子孫にまで自分の性癖が伝わってるとは思っていないだろうが。……思っていても、レネルアの話と日記の人格を総合して考える限り、気にせずに格好つけそうだ。
『そしてもう一人、魔王から見て二人目の妻。宿屋の娘で、夜のような艶やかな黒髪と紫紺の瞳を持つ“少女”だった。年を訪ねてみれば、なんとまだ十四にもなっていないと言う。率直に言おう。ふざけんなあのクソ野郎と思った』
「超同意だ勇者さん!!」
『あと、いっそ去勢するのにこの剣でぶった切ってやろうと思った』
「ごめんなさい流石にそれは困る!!」
まあここに叶真がいるのだから、そんなことにはならなかったのだろうが。なっていたら叶真は生まれて来ていない。
思い止まってくれたということは、レネルア含む魔王の妻達もそこまで怒っていなかったのだろう。こう言ってはなんだが、若ハゲの呪い程度で許してくれたのだから。
そう、思ったのだが。それは、全くの間違いだった。




