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二十二呪 変化の兆し

「で、結局どうなったのかしら」


 あれから一週間が経っていた。今日も今日とて、鈴音は叶真の部屋へと遊びに来ている。テスト前なので午前授業だったのだが、今回も一度帰宅してから来ているため服装は私服だ。


 前回の件で学んだのか、今日の服は黄緑色のチュニックに、白いジーンズと言う出で立ちだ。これなら不幸な――鈴音にとっては、だが――事故が起こることはないだろう。


 鈴音が訪ねて来たのは、ここ一週間ずっと休んでいた叶真がやっと登校して来たからである。


「聞いていた予定よりも随分休むから、とっても心配していたのよ」


 唇を尖らせてそんなことを言われれば、叶真としては謝るしかない。家に固定電話すら持たず、用がある時は隣に住む大家さんちの電話を借りなくてはならない叶真としては、連絡が取りづらかったのだ。だが鈴音の拗ね具合を見るに、一度くらいは連絡をすべきだったと今更思った。


「わ、悪かった。どう頑張っても、一日だけ雇ってくれるところが見つからなくてさ。ここいらの日雇いの仕事、不景気のせいかあんまなくてな。お前んちに行った時はあると思ってた仕事も埋まっちゃってたし。んで、仕方なく一週間働いてたんだよ。ただ――」


 不思議そうな顔をする叶真は、ほんの少し言いよどんでから先を続けた。


「理由はよくわからないんだけどさ、金返そうと思って事務所に行ったら、あいつら一人もいなくなってたんだよな」


「え、っと……それってどういうことかしら?」


「いや俺にも細かいことはわからねえんだけど、昨日金を返しに行ったら事務所そのものが消えててさ。どうもあいつらのうちの誰かが何かをやらかして、警察の厄介になったっぽいんだよな。

 それであの事務所にガサ入れが――ああ、強制捜査ってことなんだけど、それやることになったって近所のおばちゃん達が話してたんだよ。で、夜逃げしたんじゃないかと思う。

 どうやら親父に金貸した奴らが直接捕まったみてえなんだよな。つーわけで、借金はチャラだから、何にもされてねえし超元気。あー、まあ。流石に若干オーバーワークで疲れちゃいるけどな。それだって一日ぐっすり寝りゃ問題ない」


 先ほどから叶真のあちこちを怪我がないか観察していた鈴音にはっきりと告げると、それまで険しかった目つきが急激に柔らかくなった。


「なら、いいわ。じゃあ今日は、夜更かしせずにしっかり寝ること!」


 ホッと息を吐いた鈴音を見ながら、最近だいぶ表情豊かになったと思いながら叶真は頷いた。


もしかすると鈴音が無表情だった理由は、他人とコミュニケーションを取らないから必要なかったからなのかもしれない。有体に言えば、ただ慣れてなかっただけ。


 ならこれからも叶真とコミュニケーションを取り続けていれば、いつかは表情豊かに話せるようになるかもしれない。そうなれば、きっとこれまでよりは誤解を受けることが減るんじゃないだろうか。


 それは鈴音にとって、とてもいい変化の兆しだった。


「そう言えば、あなた昨日は昼間どこにいたの?」


「え? 普通にバイト先……近所にデカい公園あるだろ? その近くの橋のだけど……老朽化で架け替えるからって」


「……そう。じゃあ、気のせいね」


 叶真の答えに微かに首を傾げているのは、何か納得出来ないことがあるからだろう。


「ってか、なんで?」


「いえ、大したことじゃないの。昨日の……確か、お昼頃だったかしら。百鬼くんを見たような気がしたのよ」


「昼間ってことは、学校でってことだよな? 昨日は学校の近くにも行ってないからな……」


「正確に言うと学校でじゃなくて、教室の窓からそれっぽい人が見えたってだけなの。だから気のせいならいいのよ」


 口ではそうは言いつつも、何かが引っかかっていることは見ればわかる。だがそれ以上何も言わないということは、言っても引っかかっている何かは解決しないからだろう。


 そう判断した叶真は、その話題を掘り下げるのをやめた。


 代わりの話題がないかと意識を切り替えると、ふと、鈴音が右手に分厚い本を持っていることに気が付いた。


 相当古いのか華美であっただろう装丁はほとんど剥げ落ち、茶色とも灰色ともつかないくすんだ厚紙そのままの色を晒している。表紙に書かれていただろう表題も、ボロボロで判別不能。

 ただその劣化の具合は、保管が悪かったからとは見えない。所々修繕してあるところから見て、恐らくは全て経年劣化によるものと推察出来る。


 そこまで観察して、叶真はある可能性を思い浮かべた。


「もしかしてその本……」


「ええ」


 スッと鈴音が差し出した本の背表紙に、辛うじて読める文字があった。


『レネルア・クーネスト』


 間違いなく、初代勇者の名前。それも異世界の言語で書かれているから、本物であることは疑いようもない。


「一昨日の日曜日に、ちょっとテレポートで北海道のおじい様の家まで行って来てね」


「ほっかいどぉ!? って、お前んちのじいちゃんの家、北海道にあったのかよ! ていうかテレポートってそんなとこまで行けんの!? 海とか余裕で超えちゃってるけど!! ここ関東だぞ!?」


「ええ。一度行った事のある場所であれば、どこでも行けるわよ。ただし本当に行ったことのある場所だけだから、困ったことに厳密に自分が立っていない場所には行けないのだけれど。自分以外の物体であれば、有効視界内でならどこでも飛ばせるのにね。我ながら不思議な魔法よ」


 なんてことのないことのように言っているが、それだって十二分にすごいのだ。鈴音と叶真が直接戦うなんてことが起これば、無力化するのにかなり苦労するだろう。一度立った場所ならいくらでも行き放題だし、触れている凶器を好きなだけ飛ばせるのだから。


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