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天空の村2・水の妖精  作者: シード
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第五話『病院のお手伝い』

 第五話『病院のお手伝い』


 今、わたしは病院のお手伝いをしている。それまでは家でひとりお留守番。そうじなどの家事をやっていた。ある日の夜、お兄ちゃんからこんなおさそいがきた。

「昼間、家にいてもつまらないでしょう。どうです? 『病院のお手伝い』っていうのは?

その方が僕もそばにいられるし」

「でも……、わたし、医りょうのことなんか全然知らないけど」

「そういう専門的な知識はいりません。そうじ、洗たく、ベッドのお直し。あとは……、そうそう、僕といっしょに薬の配達。とまぁ、そんな作業ですから」

「それならできるかも」

「じゃあ、やってみますか?」「うん」

「では、さっそく明日から」「えっ、そんなに早くぅ?」

「ある理由がありましてね。人手が足らないんです」

「ある理由って?」

「ここだけの話ですよ」

 二人っきりしかいないのに、お兄ちゃんは小声になって話す。

「フローラは、先生が自分の造った新薬を試すため、ひ験者をほしがっていることは知っていますよね」

「それって最初にあの病院へ行った時、セレン先生がラミアさんに求めていたこと?」

「そうです。まぁ、その話はひとまず置いといて。

 実は、あの病院。先生が院長になる前は、呪医や看護師が多くいたそうなんです」

「今はちがうの? あそこは村でただひとつの公共病院っていう話だし、大きいからいっぱいいてもふしぎじゃないと思うんだけど」

「ええ。ですが今現在、あの病院で勤務しているのは僕と、院長を務めている先生の二人だけです。もちろん、かんじゃが多い時には手伝いに来てもらえますが」

「どうしてなの?」

「これは先生が自ら僕にしゃべったことなので確かだとは思うんですが……、先生はかつてかんじゃのちりょうに必要だとして、自分のそばにいる呪医や看護婦を片っぱしから新薬のひ験者にしたらしいんですよ」

「えっ。なんでもない人にやったの?」

「そうみたいですね。ひ験者と定めた相手に対し、新薬が必要とされる病状を起こすように前もってなんらかの処置をほどこしたのだそうです」

「えっ。ひ験のために病人を造りだしたの?」

「そういうことです。病状が出たのを見きわめたあと、目的のひ験を行い、その効能を確かめたとか」

「でも、ひ験者からちゃんと承だくをえているんでしょう?」

「それが……、どうも、本人には告げずにやったらしいんですよ」

「それはまたなぜ?」「『反対されるから』っていっていました」

「そりゃそうよね。でも、それって問題じゃないの?」

「ええ。大問題です。だから、最初は判らないよう、注意に注意を重ねてやっていたらしいんですが……、前準備の段階で先生の予測をはるかにこえる事態が起こってしまったとかで、それをきっかけにばれてしまったというわけです」

「それなのに、たいほされたり、やめさせられたりしないなんて……。どうしてなの?」

「村一番のうでがいい呪医であることはまちがいありませんし、実際、先生ぬきでは、村の医りょう活動が成りたたないほどなんです。それに、そんな先生を病院の院長にばってきした村議会にも責任がないとはいえません。討議を重ねた末、『今回だけは目をつむろう』という結論に達したそうです」

「じゃあ、なんの処ばつを受けることもなく、無罪放めんっていうわけ?」

「いえ。村長さんから、こってりと油をしぼられたみたいですよ。その上で当分は病院に人を入れないことにされたとか」

「それが今日こんにちまでつづいているってわけね。それなのに、お兄ちゃんはあの病院に勤めている。どうして?」

「あの病院は村の公共しせつですからね。それが有効に使えないっていうのは問題ですよ。村役場としても村民の要望にこたえ、時が来れば呪医や看護婦をふやしたいと考えていたふしがあります。そこで、とりあえず新人の僕を使って様子を見ることにしたってわけです。僕が同じ目にあわないようであれば、じょじょに数をふやすつもりみたいです」

「なるほどね。でも今は人手不足。だから、わたしに、ってわけね」

「そういうこと。じゃあ、いいんですね」

「うん、判った。わたし、やってみる」

 こうしてわたしは病院のお手伝いをすることになった。


「中央病院 臨時職員フローラ」

 これが今の、わたしが持つかた書き。身分証すらある。臨時とはいえ、病院の一職員。と同時に村人のひとりとして認められたことになる。なんとなく、今まで感じたことのない感覚が身体をつきぬける。お兄ちゃんにいわせると、『きんちょう感』っていうものらしい。

 お仕事はお兄ちゃんがいったとおり、そうじや洗たく、といった内容のもの。これらは病院を清潔な状態に保つため、あるいは、かんじゃに安心してちりょうを受けてもらうため、なくてはならない作業。だけど、同じことのくり返しだから変化にとぼしい。なれるにつれて、なんとなくもの足りなさを感じてきた。そんな中できわだっているのがお兄ちゃんとの薬の配達。いろいろな人に会えるし、時にはアーガに乗ることもある。お兄ちゃんもすぐそばにいる。わたしにとってこのひとときが訪れるのが、とても待ちどおしい。


 今日もその時が来た。お兄ちゃんは薬箱をかかえ、わたしといっしょにアリアの前へ立つ。

(アーガかぁ。でかいなぁ)

 霊翼竜アーガ。実体波をまとった霊体だ。二枚のつばさと四つ足。それと、しっぽがある。つばさは『うで』と呼ばれる部分が変形したもの。目は細長で口の部分は長くとがっている。空を飛ぶのはもちろんだけど、それだけじゃない。四つ足を使って、着地ばかりか歩くこともできる。まだ見たことはないけど、後ろ足二つだけでも立つことぐらいなら容易、とのこと。

「フローラ。今日はアリアを操ってみませんか?」

「えっ。聖竜と呼ばれるアーガをわたしが? できるかなぁ」

「大丈夫。アリアは人間に慣れているし、やさしいアーガです。僕も後ろで補助しますから」

「そうかぁ。お兄ちゃんがそういうなら、やってみようかな」

「おっ、なかなか度胸がいいですね。それじゃあ、フローラ。前に乗って、たづなをおさえてください」

「判った」

 アリアのせなかへ、わたし、お兄ちゃんの順でまたがる。いつもとは逆。わたしは少しきんちょうしている。

「ねぇ、お兄ちゃん。これからどこへ配達するの?」

「農業区に住んでいるメリナおばあちゃんのところへ。週に一回、ようつうに効くお薬を運んでいます。フローラもこれからは、顔をあわせることが多くなると思いますよ」

「ふぅぅん、そうなんだ」

「場所はここです。フローラ、アリアを飛ばせてください」

「うん。じゃあ、やってみるね。……アリア、空へ!」

「くぉーっ!(判った!)」

 わたしが声をかけ、たづなを引くと同時に、アリアは空高くまいあがる。

「ええと。進行方向は、っと。……あれっ、逆だ」

 おっぽの方に、わたしが行きたい先がある。

「アリア、方向てんかんして。行き先は後ろなの」

「くぉーっ(任せてくれ)」

 アリアは大きくまわって、わたしの指図どおり後方に進路をとった。

「ねっ、簡単でしょう? アリアはかしこいし、やさしい。乗り手がふり落とされる危険でも生じないかぎり、指示どおり動いてくれますよ」

「うん。これなら乗りこなせるかも。……あっ、そうだ」

 アリアとのやりとりで気がついたことがひとつ。

「お兄ちゃん、わたしね、鳴き声だけでアリアがなにをいいたいのか判ったよ」

「へぇぇ。まるでラミアさんみたいですね。じゃあ、なにか話しあってみたら?」

「やってみる」

 わたしはアリアへ呼びかける。

「アリア、わたしと友だちになろうよ」

 かんぱつ入れずに答えが返ってきた。

「くぉーっ」

「お兄ちゃん、『こちらこそ、よろしく』って!」

(うわっ。アーガとふつうにお話ができちゃった)

 わたしは、はしゃいだ。一方、お兄ちゃんは、きょとん、とした顔で、

「そういう意味なんですか? 今の鳴き声」と言葉を返してきた。

「あれっ。お兄ちゃんには判らないの?」

「音声だけではとても。よくりゅうの言葉なんて知りませんし。ただアーガはふつう、音声と同時に霊覚による伝達、つまり、霊覚交信も行ないます。こちらは種を問わず共通の言葉なのでよく判り……あっ!」

 心が声を感じた。

「お兄ちゃん、今の、聞いた?」

「ええ。アリアから霊覚をとおして言葉が伝わってきました。

『あなたの前に乗っている子とお友だちになった』って。フローラにも聞こえたんですね」

「もちろん。お兄ちゃん、わたしがいったとおりでしょ?」

「そうですね。……おおっと、いつの間に」

 眼下に目を移したお兄ちゃんの声につられて、わたしも視線をあわせてみた。青々とした田畑が拡がるその中に、家が、ぽつんぽつん、と建てられている。

(もう農業区まで飛んできたんだ)

 とつぜん、みたいな感じで灰白色のへいに囲まれた平屋が視界に飛びこんできた。緑色の三角屋根で、ほかよりもひとまわり大きな家だ。

(あっ、ひょっとしたら)

「フローラ。このままだと、メリナおばあちゃんのところをすぎてしまいますよ」

(やっぱり。急いでアリアに知らせなきゃあ)

「アリアぁ! とまってぇ!」

 わたしはあわてて、たづなを引く。

 ぐぐぐっ。

 アリアは行きすぎることもなく、家の真上近くで動きをとめた。ばたばたとつばさをはためかせ、うかんでいるような状態を保っている。

 わたしは、ふぅ、とため息をつく。そのあと、『ありがとう、アリア』といってアーガのせなかをなでた。

「ええと。ねぇ、お兄ちゃん。どこにおりたら……」

「メリナおばあちゃんから許可をもらっています。裏庭におりてください。文句をいわれることは決してありません」

「そうなんだ。じゃあ、おりるよ。ええと。……あそこね」

 わたしの指さした先には、さながら野原のような風景が拡がっている。

「そうですよ、フローラ」

「よぉし。アリア、あの広いところにおりて!」

「くぉーっ(判った)」

 アリアはつばさをばたばたさせながら、メリナおばあちゃんちの裏庭へ足をおろした。


 表庭は大半が菜園やお花畑となっていた。もちろん、納屋や『いど』、それに物干し台など、どの家にもありがちなものも目につく。一方、裏庭には小さな草花が生いしげる中、ところどころ木が植えられていた。大きな岩もいくつか見える。ほかのアーガも一匹、うろうろしていた。

 わたしたちはアリアから降りて家のげんかん先へ向かう。と、そこに人の姿が。あい色の作務衣を着た、見るからに温和そうなおばあちゃんだ。

(この人だな、メリナおばあちゃんって。出むかえてくれたんだ)

「おはようございます、メリナおばあちゃん」

 お兄ちゃんにつづいてわたしもあいさつした。

「お、おはようございます」

(いけなぁい。初対面なせいかな。なんかきんちょうしているぅ)

「はい、おはよう。今朝は少しおそかったような……。

 うん? ネイルさん、この子は?」

 お兄ちゃんは、『ほら』とわたしに目くばせをする。

「は、はい。わ、わたしはフローラっていいます」

(だめだぁ。声がうわずっちゃってる)

「そうかい。フローラとはいい名じゃないか。あたしはねぇ、メリナっていうのさ。よろしくねぇ」

 メリナおばあちゃんが頭をさげたのでわたしもあわててそれにならう。再び顔をあげたあと、あらためて目の前にいる人の容姿をながめてみた。年老いていながらも、『りん』とした態度で立っているその姿。こちらを見つめるやさしげなまなざし。なにか心うたれる思いがした。

「フローラ。メリナおばあちゃんはね。村の最長老にもかかわらず、今も現役の村議会議員なんです。だからほら、村役場関連でのお務めを表わす色の作務衣を着ているでしょ」

「ネイルさん。最長老、は、よけいではないかえ」

 強い調子でぴしゃりといわれ、お兄ちゃんは、『すみません』とかたをすくめた。

「ふふっ。まぁよいわ。

 ところでネイルさん。顔がそっくりに見えるが、あなたの身内……。うん? 変だね」

 メリナおばあちゃんの顔にふしぎそうな表情がうかぶ。両手を後ろに組みながら、わたしの周りを歩き始めた。

「ネイルさん」

 正面にもどると、足がとまった。

「この子は一体、何者?」

「はっはっはっ」

 思わず、といった感じでお兄ちゃんの顔に笑みがこぼれた。

「やっぱり。判っちゃいましたか」

「年をとってもねぇ。霊覚だけはちゃんとしているんだよ。ネイルさん。この子は人間じゃない。そうだね?」

 問いつめているというよりは、むしろ楽しんでいるみたい。

「さすがはメリナおばあちゃん。実は」

「ちょいとお待ち。ここで立ち話もなんだから、家の中へお入り。お茶でも飲んでゆっくりと話を聞こうじゃないか」

「そうですね。今日はまだ早いし、お言葉にあまえましょう」

「そうかい。じゃあ、こちらへ来なさい」

 メリナおばあちゃんはうれしそうな顔をして、わたしたちを家に引きいれてくれた。


 わたしたちは丸い食卓、『ちゃぶ台』の周りに座った。

「あいにくと今はこんなものしか置いてなくてねぇ。そなたたちの口にあえばよいのだけれど」

 メリナおばあちゃんはお茶とお茶菓子を出してくれた。

「すみません、メリナおばあちゃん。お手数をかけたりして。では、えんりょなく」

 お兄ちゃんはそういうと、わたしに顔を向ける。

「さぁ、フローラも」

「うん。いただきまぁす」

 お茶の時間の始まり。お茶菓子などに舌づつみをうちつつ、世間話に花をさかせていた。


 話が一段落したところで、メリナおばあちゃんが真顔になる。

「ところでネイルさん。その子について聞きたいのだけれど」

「判っていますよ、メリナおばあちゃん」

 お兄ちゃんは、わたしのことやわたしとの出会いについて話してくれた。メリナおばあちゃんはそれを聞きながらしきりに、ほぉほぉ、と興味をもったような声をあげている。

「そんなことがねぇ。ふしぎなこともあるものよ。それでこれからどうするつもりなのかえ?」

「はい。この先どうなるかは判りませんが、せっかくこうやって知りあったんです。できるかぎりのことはしてやりたいと思いまして」

「うむ。それも一つの選たく。この子の存在が村の災いになるとも思われぬ。好きになさるがよい。ただ」

「なんでしょう?」

「別れが来たらつらくなろう。この子も、ネイルさん、そなたも」

「それはかくごの上です。でも今は」

「心は判った。もうそれ以上、いうには及ばないよ」

 やさしそうな目が、お兄ちゃんとわたしをかわるがわる見つめていた。


 メリナおばあちゃんの指先がわたしをさそわんばかりに動く。

「フローラとやら。こちらへ来てごらん」

「えっ。あっ、はい」

(やさしそうなメリナおばあちゃん。でも、一体なんだろう?)

 メリナおばあちゃんにうながされ、わたしはそのかたわらへと座る。

「ひざまくらをしてあげよう。ここへ来て横になりなさい」

 そういって自分のひざを、ぽんぽん、とたたく。

「えっ。でも」

(初対面なのに……)

「えんりょせずともよい。ネイルさんと同様、このおばあちゃんにもあまえておくれ」

「メリナおばあちゃん……。あ、ありがとう」

(なんだろう。心に、じわっ、と熱いものがこみあげてくる……)

 わたしは足をくずして横になる。手のひらをあわせた両手をほおにあてて、メリナおばあちゃんのひざに乗せた。

「ほんに、可愛い子だこと」

 メリナおばあちゃんはやさしい口調でしゃべりながら、わたしの頭をなでている。

(これが人のぬくもり……。とても温かい。心まで温かくなる……)

「どうかね。初めてひざまくらをしてもらった気分は」

「……なんか、ほっとする。メリナおばあちゃんの温かさに包まれていると」

 わたしはメリナおばあちゃんを見あげてそういったあと、目をつむった。


 わたしの身体をなでながら、メリナおばあちゃんはお兄ちゃんに話しかける。

「ネイルさん。どうだろう。も少し、この子とゆっくり話をしたいのだけれど」

「でも、メリナおばあちゃん。わたしは配達が」

 わたしは起きあがろうとした。すると、お兄ちゃんが手をあげてそれを制する。

「フローラ。こうやってメリナおばあちゃんと知りあいになったんだし、今しばらく、ここにいたらどうですか? 残りの配達は僕ひとりでやりますよ。それが終わったらむかえにきますから」

「お兄ちゃん。本当にいいの?」

「フローラ。『出会い』は大切なものですよ。もちろん、玉石混合。自分が望まない未来へとつながる危険な出会いもないとはいえません。ですがその一方で、困った時に自分をささえてくれる、あるいは、新しい一歩をふみだす手助けとなってくれる、そんな者との出会いだってあるはずです。メリナおばあちゃんとの出会いは、フローラにとってよい結果を生むと僕は信じています。せっかくああいってくださるんだし、ゆっくりと話を楽しんでいてください」

「うん、判った。お兄ちゃん」

 わたしは横になった姿勢のまま、そう返事をした。

「では、メリナおばあちゃん。フローラをよろしくお願いします」

「うむ。フローラは、あたしが責任を持ってあずかる。心配せずともよい」

 お兄ちゃんはメリナおばあちゃんに頭をさげると、わたしを残して、アリアとともにほかの配達先へと向かった。


 つかの間、ではあったけど、わたしはメリナおばあちゃんのひざでうたたねをしてしまった。

(温かい。それに、どうしてこんなに気持ちがやわらぐんだろう)

 そんなことを考えている間に、いつしかねむってしまったのだ。

「メリナおばあちゃん、ごめん。わたし、つい、うっかりして」

 わたしは顔の前で両手をあわせる。

「いいんだよ、フローラ。そなたの可愛いねがおが見ることができて、あたしもうれしかった。亡くなった孫と久しぶりに会えたような、そんな気がしてね」

「メリナおばあちゃん……」

「おばあちゃん、とだけいいなさい。あと、無理にていねいな言葉など使わなくともよい。身内だと思って気楽に接してほしい」

「はい、おばあちゃん」

 わたしたちはおたがいを見つめあい、そしてほほ笑んだ。


「お茶がぬるくなったようさね。どれ、新しきものと取りかえるとしようかね」

「あっ。手伝うよ、おばあちゃん」

 わたしはおばあちゃんと台所に行く。なんでも数年前までは火を起こして料理を造っていたらしい。今ではけいりょくを利用した灯りや調理器具を使っているため、家事がだいぶ楽になったとのこと。土間の台所にもそれらが並べられている。手取り足取り教えてもらいながらお茶を入れかえたのち、再びちゃぶ台へともどっていった。

「フローラや。手伝わせてすまなかったねぇ。ささ。早くお飲みよ」

「ありがとう、おばあちゃん」

 わたしたちはお茶をすすり始める。おばあちゃんは一口飲んだあと、水の妖精についてたずねてきた。

「聞けば湖の水も、そなたたち『水の妖精』と呼ばれる者の身体も、雨神フーレがもたらした同じ霊水というじゃないか。ならば湖にいる間は、それ全体がそなたの身体、ということになりそうなものだけれどねぇ」

「ううん。ちがうよ、おばあちゃん。それはね」

 わたしは『霊体シールド』について説明した。

「とまぁ、それがあるおかげで、これが自分、これが友だち、って判るの」

「そういう霊体なのだねぇ。それで、フローラや。そなたたちがすむ世界とは、一体どのようなところなのかえ?」

「わたしの世界? うぅん。一口でいえばさわがしいところかな。数も多いし、泳ぎまわってばかりいるから」

「そういえば、そなた。親兄弟は達者でおられるのかえ?」

「水の妖精に親兄弟というものはないよ。ものごころついた時はもう仲間たちの間で、もまれているしね」

「そうか。おらんのか……。されど、友だちは多いのであろう?」

「単に話したり話しかけられたり、というだけであれば数えきれないよ。でも現実に、仲間というか、友だちと呼べるのは十人前後ぐらい……かな」

「そんなものか。では、その者たちといつもいっしょなのだね」

「大体は。だけど、友だちと話していても、だきあってでもいないかぎりは、その間に水の妖精がたくさん割りこんでくるから、はぐれるのなんてしょっちゅう」

「それほど多いとはねぇ。なかなか大変なところとみえる。あたしの年では、とてもたえられそうにないねぇ」

 おばあちゃんはそういって笑う。わたしも笑い、そして話をつづけた。

「この村のように、ひとりひとりが間をあけて歩く。そんなすきまなんてどこにもない。動けば必ずぶつかるの」

「だが、痛かろうに」

「ううん。水の妖精同士なら、ぶつかっても痛くなんてないよ。ぺたっ、とくっついたまま相手の身体をすべって、あっという間にはなれていくの。すきまがほんのわずかあれば、変形してでもとおりぬけちゃう」

「泳ぎまわるのが、よほど好きとみえる。それで妖精以外は? たとえば岩とかは?」

「向こうからぶつかってきたのであれば、最悪の場合、死に至ることもあるよ。そうじゃなくて、こちらからぶつかったのなら痛くもなんともない。しょうげきで変形こそするけど、元にもどるのも速いの」

「なるほどねぇ。たくさん妖精がいる場所では、そうした身体ででもないと、生きていくことが難しいのかもしれないねぇ」


 ひとしきり話を終えると、おばあちゃんは、とつぜんこんなことをいい始めた。

「フローラや。それだけにぎやかなところから来たのであれば、今、そなたはさみしいのではないかえ? ここには、そなたの世界にいた友だちはだれもいないのだからねぇ」

 わたしはどう答えていいか判らず、いっしゅん、言葉がつまった。それでも、おばあちゃんのやさしげな目にうながされ、ぽつりぽつりと話し始めた。

「それを考えるひまなんてなかったな。わたしがこの身体になったのも急なことだったし、とにかく、ここでの生活に慣れようと、無我夢中だったから」

「最初はそうだったかもしれないねぇ。されど今はちがうはず。元の世界がこいしいと思うこともあるのじゃないかえ?」

「こいしいとまでは思わないけど……、最近、夢の中に友だちが出てくるようになって……」

 強がりをいっているつもりはない。でもそれを話す自分の目から、なぜかなみだがこぼれてきた。

「フローラや」

 おばあちゃんがわたしのそばへやってきた。

「先ほど親兄弟はいないといったね。それでもぬくもりは判ろう?」

 そういって両手でわたしを引きよせ、ぎゅっ、とだきしめてくれた。

(とても温かい。さみしさで冷えた心にまで届く……)

「フローラや。薬の配達などなくとも、またさみしくなったらここに来なさい」

 おばあちゃんの言葉はその身体から感じるぬくもりに負けないくらい、わたしの心を温めてくれる。

「ありがとう、おばあちゃん。……ぐすん」

 わたしはおばあちゃんの胸に顔をうずめ、いつしか泣きふせっていた。


「ミーにゃん。今回は『出会い』についてのお話にゃったけれども」

「そうみたいね」

「ウチは大事なことを忘れていたのにゃ」

「えっ。なになに?」

「ウチはまだにゃ、ちゃんとした形でミーにゃんと出会いのあいさつをしたことがないのにゃよ」

「なぁんだ。そんなのあたりまえじゃない。だってアタシがものごころついた時には、とっくに精霊の間にいたんだし」

「それはそれ、にゃん。親しき仲にも礼ぎあり、とかいう言葉があるじゃにゃいか。ここらへんできちんとけじめをつけておいたほうがいいと思うのにゃ」

「まぁ、ミアンがそういうなら」

「それじゃあ、まずは始める準備にゃ。ミーにゃんはそこでお座りにゃん」

「うわぁ。ずいぶんと本格的ぃ。

 判ったわん。じゃあ、アタシはここで、と」

 すわん。

「でもって、ウチはここで、と」

 ぼわん。

「よぉし。始めるにゃよぉ」

「いつでもいいわん」


「(まずはおじぎにゃん)」

 ぺこっ。

「(あっ、ミアンが頭をさげたわん。ならアタシも)」

 ぺこっ。


 …………。


「(よぉし、これくらいでいいにゃろう)」

 ぐん。

「(あっ、ミアンが頭をあげたわん。ならアタシも)」

 ぐん。

「(さぁて、いよいよにゃん。心を落ちつけて、と)

 ミーにゃん。本日は雨の中、わざわざおこしいただきありがとうにゃん」

「(うわぁっ。始まってしまったわん)

 あ、ありがとう、っていうのはアタシの方だわん。お招きにあずかり感謝の念にたえないわん」

「今日、お呼びしたのはほかでもにゃい。あまりの親しさゆえに今までやっていなかったのにゃけれども、本日、めでたくあいさつのぎ式をとり行なうこととなった次第にゃ。

 ミーにゃん。心がまえはできているのにゃん?」

「も、もちろん、だわん。いつでも、どんとこい、だわん」

「にゃら……ごほん!

 ミーにゃん。ウチはこんにゃふつつかものではあるのにゃけれども、どうか末長く可愛がってほしいのにゃん」

「ミアン。いうまでもないわん。ずぅぅっとそばにいてほしいわん。める時もすこやかなる時も、いつもいっしょ。ともに手をたずさえて生きていきたいわん」

「ミーにゃん!」「ミアン!」

 ひしっ。

「……ふぅ。やっと終わったにゃあ。にゃんかほっとしたにゃん」

「……ふぅ。よかったわん。なんか今でも胸が、どきどき、しているわん」


「あのぉ、お二方? ご結婚でもなさるおつもりですか?」


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 しとしと。

「ねぇ、ミアン」

「なんにゃ? ミーにゃん」

「雨が小降りになってきたね。やむのかな」

「うんにゃ。でも、空はまだまだ黒っぽいにゃん」

「だったら一雨、ざぁぁっと降ったあとかな」

「そうかもしれないにゃん」


「ねぇ、ミアン。こんな風に雨として降っている間に生まれる水の妖精もいるのかなぁ」

「湖の土とふれあうことにより、生まれる命らしいのにゃん。

 にゃから、ちがうとは思うのにゃけれども」

「でもさぁ、ひょっとしたら、って思わない?」

「天空の村はガムラの霊力が満ちている空間。もちろん、大気中にも。となればにゃ。土と同様、命の欠片みたいにゃものがひそんでいないともかぎらないにゃあ」

「でしょ?」

「にゃけれども、それがどうしたのにゃん?」

「実はね。ふと、こんなことを思ったの」


《雨が降りつづいている。ひとつのしずくが空の霊力と結びつく。命が生まれた。

「やぁ、君も生まれたのかい?」

「うん。そうだけど」

「これからぼくたちはどこに行くことになると思う?」

「とりあえず、水たまりの中で仲間といっしょになるんじゃないかしら?」

「そのあとは?」

「地中にしみこんでそのままか、あるいはどこかへ流れていくか。どちらかね、きっと」

「湖に行くことはないかな。そしたら、たくさんの仲間といっしょになれる」

「地下を流れる水路までたどりつけさえすれば、そこをとおって行けるかもしれないわ」

「じゃあ、まだ希望はあるんだ。君はどこに行きたいんだい?」

「とくにないわね。流れに身を任せる。そういう生きかたがあってもいいと思っている」

「なら、僕と来ないか? こうして知りあえたんだし」

「それも悪くないか。判ったわ。いっしょに行きましょう」

「それじゃあ、両手をつなごう」

「そうね。……これでいい?」

「ああ。ねぇ、君。判るかい? 個体でいた時は真っさかさまに落ちているだけだったけど、今は水平になってつなぎあった両手を中心にくるくると回っている」

「二つの力がつながったことで、落下の力に少しは、あらがうことができたってわけね」

「一人より二人。二人より三人。数の多い方が、より強い相手と戦える。それをだれかが教えてくれているのかも。そんな気がしてならないよ」

「ねぇ、おしゃべりはこれくらいにしない? ほら、もうじきよ。地面があんな近くに」

「本当だ。これからどうなるのかな」

「考えてもむだ。だれも未来を知ることなんてできないわ」

「いっしょに湖まで行けるといいな」

「そうね。それが希望ね」

「ねぇ、君」

「なに?」

「せっかく、こうして会えたんだ。先の見えない未来なら今のうちにいっておきたい」

「なにを?」

「君と会えてよかった。ありがとう」

「それなら、わたしもいうわ。ありがとう」

「それじゃあ、幸運をいのって」

「ええ。いのっているわ」


 ひゅうぅぅっ。 ぽっちゃん!


 そして……二体ふたりがどうなったのかはだれも知らない》

 


「ねぇ、ミアン。そんな物語がこの雨の中にいくつも生まれているんじゃないかな」

 ぽりぽり。

「ちょっとものがなしい、みたいな話なのにゃけれども。希望はちゃんと残してある。やさしいミーにゃんが考えそうな内容にゃん。よくできていると思うのにゃよ」

「へへっ。そうほめてくれるとうれしいわん」

 ぽりぽり。

「ただにゃ?」

「ただ、なぁにぃ?」

「おしりをかきにゃがら話すっていうのも、どんにゃものかと」

「うん。それはアタシもうすうす気がついていたわん」

 ぽりぽり。


「はぁい、ミーナさん。お薬をぬりますよ」

 べたべたっ。べたべたっ。すりすりっ。すりすりっ。

「うふっ。うふふっ。き、気持ちいいわん。あはっ。あははっ」

「ミーにゃんったらぁ。現実は全然ものがなしくないのにゃん」

「ミアン。そんなこともないわん」

「ふにゃ? それはどういう意味にゃん?」

「霊体なのに実体波をまとっているから、ほらぁっ。じめじめとした天気のせいもあって、『しっしん』ができちゃたじゃない。おかげでお薬にたよらなくちゃいけなくなったわん。これがものがなしくなくってなんなのよ。

 こらぁっ! ミアン。なに、しゃがみこんで両目を前足でおおっているのぉ。この現実をね。とくとそのお目目に、やきつけなくっちゃだめじゃない」

「ミーにゃん……。ぐすん。にゃあんか、本当にものがなしくなってきたのにゃん」


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