第六話『空を追いかけて』‐①
第六話『空を追いかけて』
わたしは薬の配達になれてきた。アリアを操って空を飛ぶのも楽しい。今日もひとりでかんじゃさんたちの家をまわり、お薬を届けてきた。
(これで午前中の配達は終わりっ、と。さて。お兄ちゃんのところへもどろうかな)
そう思いつつ、ふと眼下を見おろしたわたしの目に映ったのは、色とりどりの屋根の家が建ちならぶ『とおり』の一角で、歩くのもやっと、みたいな女の子がひとり。
(あれは確か……マリアさん?)
『天空の村』村長を務めるロゼルおじいさんの秘書であり、お孫さんでもあるマリアさん。着ているあいいろの作務衣が、村役場の職員であることを示している。彼女も、ラミアさんとは学生時代からの親友らしい。個性派ぞろいが集まるその中で、ごくふつうの女の子であることが、逆にきわだっていたとか。とはいっても、やわらかなものごしで、だれもが親しみやすく、声をかけやすい。リーダーっていう感じでは決してないものの、親友同士が集まれば、まとめ役になったりもする。みんなに愛される人がらみたい。お兄ちゃんも、『お姉ちゃん』と呼んでしたっている。もちろん、わたしも大好きなのはいうまでもない。その彼女が今、大きな手さげ袋を両手ににぎって運んでいる。後ろにたばねたかみをゆらして。
(ずいぶんと大きくて重そうだな。よぉし。手伝ってあげよう)
「マァリィアァさぁぁん!」
「はて。だれか私のことを呼んでいるような……」
(あれっ。気がついてないや。じゃあ、もう一度)
「マリアさぁぁん!」
「やっぱりだれかが……、あっ! いた!」
きょろきょろとあたりを見まわしていた目が、手をふっている私を正面に、ぴたりと、とまった。
「ええとぉ……、どこかで会ったような……」
うつむいてみけんにしわをよせている。どうやら、わたしのことを想いだそうとしているみたい。
(でも……、それなら荷物は降ろせばいいのに)
「……そうです。ネイルさんの妹さんでしたね。確か……あっ!」
なにかを想いだしたみたい、マリアさんは見あげると、わたしに手をふり返す。
「フローラさぁん!」
(うわっ。わたしの名前、覚えていてくれたんだ)
彼女のにこにこ顔。それは見ているだけで、何故か、心安らぐ思いがする。わたしはアリアに乗ったまま彼女の横へと並ぶ。もちろん、二人の目線が同じ高さになるよう、うかんでいる。
施設や住居が密集する中央区とはちがい、ここ住居区は整然とした街並みでありながらも、家と家の間が広く設けられている。そのため、わたしたちみたいに、路上でアーガに乗っている人と歩いている人が並んで会話ができる。周りに人が来ないようであれば、アーガをその場におろすことも可能。中央区のようにアーガ専用の空き地を用意する必要がない。
「フローラさん、こんにちは」
マリアさんは姿勢を正してぺこりと頭をさげた。身体の真正面をこちらに向け、両足をちゃんとそろえて。両手も、手さげ袋が身体の真ん中あたりにぶらさがるよう、そろえてにぎっている。年下と思っているはずのわたしにもれいぎをつくしてくれる。『さん』づけでも呼んでくれる。こちらもおくればせながら、『こんにちは』と思わず頭をさげた。
「マリアさん。それ、ずいぶんと重そうだね」
「実はそうなんです。でもあいにくと今、村役場のアーガは全部、出はらっていて」
それなら、と口にしてみた。
「わたし、薬の配達は終わっているの。よければ運ぶよ」
「うぅん。でも、私が行かないと」
「だったらいっしょに乗って行こうよ。わたしも話し相手のいる方が楽しいし」
「そうしていただけるとすっごく助かります。でも、本当にいいんですか?」
「どうぞどうぞ」
お役に立てるのであれば、と愛想よく返事をした。
「では、お願いします」
あたりを見まわずと、こちらへ近づいてくる人がいる。
(じゃまになったらいけないな)
すぐ先に『公園建設予定地』と書かれた札を差した広い空き地がある。わたしはそこへアリアをおろすと、マリアさんのところへかけよった。
「これ、持つね」
「あっ。どうもすみません」
荷物をかかえてアリアへともどるわたしにつづいて、マリアさんもあたふたと走ってくる。
「そんなに急がなくても……」
後ろから、ぼやきともとれる声が聞こえる中、わたしはアリアのせなかへ荷物を乗せ、その前へ自分もまたがる。ほどなくマリアさんもわたしの後ろへとまたがり、置いてある荷物を手にした。
ぜいぜい、と息をはくマリアさんへ、わたしは声をかける。
「じゃあ、行くよ。マリアさん」
「えっ、は、はい!」
「飛んで! アリア!」
わたしは声をかけると同時に、たづなを引いた。
「くぉーっ!(行くぞ!)」
アリアは鳴き声を放つと、再び大空へと舞いあがる。
びゅぅん! びゅぅん!
アリアは自由自在に大空をかけぬける。
「くぉーっ?(どうだ、なかなか快適だろう?)」
「うん。向かい風が心地いい」
(わたしは風になる。……ふふっ。こういう詩的な台詞って、わたしには、にあわないかな?)
「ねぇ。マリアさんもいい風だと思うでしょ?」
「そうですね。だけど……」
「どうしたの? マリアさん」
「手さげ袋が落ちてしまいそうで……。もう少し静かに飛んでもらえませんか?」
(そうか。荷物があったんだっけ)
「だって、アリア」
「くぉーっ(つまらん)」
「でも、マリアさんはお仕事のとちゅうらしいよ」
「くぉーっ(それなら仕方がないか)」
「ほら、マリアさん。アリアが速度を落としてくれたよ」
「……そのようですね。これなら安心して乗っていられます」
マリアさんはそういうものの、わたしのこしにまわしているうでから、かすかにふるえが伝わってくる。空になれていないのかも。気持は判る。わたしは落ちついてもらおうと、声をかけてみた。
「わたしも今でこそ楽しむよゆうがあるけど、最初は大変だったなぁ。アリアが飛ぶ時とか、せんかいする時なんか、きんちょうしっぱなしだったもの」
「でも、今はすっかりなれたみたいですね。平然としているじゃありませんか」
「そういってくれるとうれしいな」
(思えば、わたしもずいぶんと変わったもんだ)
アリアにも空にもなれてきた。最初、お兄ちゃんの後ろに乗りながら、どぎまぎしていたのがうそみたい。今ではすっかりなじんでいる。こうやってアリアと話をしながら大空を散歩するのが、わたしのひそかな楽しみにさえなっている。
ふと後ろをふり返ってみる。マリアさんは目をつむったまま、わたしにしっかりとしがみついていた。
(ふふっ。ちょっと、いたずらでもしちゃおうかな)
元々、わたしは霊体であったせいか、ラミアさんと同様、アリアとの会話は楽にできる。霊覚交信はもとより、音声による言葉のやりとりで、たがいの意志を伝えあうことも可能だ。
「ねぇ、アリア」
わたしはマリアさんに聞かれるとまずいので、霊覚交信を使うことにする。
「くぉーっ?(なんだ?)」
「あのね、空中回転をやってもらいたいんだけど」
「くぉーっ?(連れは大丈夫なのか?)」
「だと思う。わたしにしっかりとしがみついているし」
「くぉーっ(りょうかいした)」
「それで、フローラさん。私の行く先……」
きゅぅん!
「きゃあぁ!」
話しかけていたマリアさんの声が、とつじょ、悲鳴へと変わる。こしへまわしているうでにも、ぐっと力が入る。アリアが一回転するまで、それはつづいた。
(うわぁっ! なんか楽しい。もう一度やってみようかな)
そう思ったけど、マリアさんはすでにかなりのこうふん状態。へたをすると、気絶するおそれすらある。
(やっぱり、やめようか)
あきらめかけたその時。
びゅびゅぅん!
一体のアーガが、すさまじい速さでアリアのわきを通過した。
「こ、これは!」
あ然としているわたしの後ろから、マリアさんの声が。
「はぁはぁはぁ。フ、フローラさん。ラミアさんですよ、あれは」
息もたえだえ、といった感じで話しかけてくる。大丈夫かな、と気づかう一方、彼女の言葉に、『そうか。それなら』と、ラミアさんのすごさに舌をまいている自分もいた。
(こんな速さでの飛行。お兄ちゃんでもできない。アーガの使い手、ラミアさんだけが成せる技だ)
ラミアさんが親友と呼ぶアーガのミレイは上方宙返りをしたあと、くるっと横反転。姿勢を正して目の前にやってきた。
「さすがはラミアさん」とわたしがいい、
「こんにちは、ラミアさん」とマリアさんの口からもあいさつの言葉が。
「やっぱり、フローラとマリアか」
ラミアさんはうれしそうに声をかけてくる。
「それにしても、フローラ。短い間に、よくそれだけ乗りこなせるようになったな」
「わたしがうまいわけじゃないよ」
ぶんぶんと顔を横にふる。
「アリアが前もってわたしの意図を察してくれるおかげ。だから、へたな操作でも、ちゃんと飛べるの」
「そうけんそんしなさんな。とはいっても、アリアはミレイと同時期に、あたいが手塩にかけて育てたやつだからな。乗りやすくて当然なんだけど」
「へぇぇ。そうなの?」
わたしは初耳だ。
「そうだったんですか」
どうやら、マリアさんも知らなかったみたい。
「セレンが薬の配達に使うっていっていたからな。なにかあっちゃまずいだろう? 念いりに仕あげておいたんだよ」
「じゃあ、レミナさんのマミーも、そうやって」
マリアさんの言葉に、ラミアさんは、『いや、ちがう』と頭を横にふる。
「あれには人を乗せて飛ぶ際の、基本動作ぐらいしか教えていない」
「どうしてです?」
けげんな顔のマリアさん。
「マリア。それがレミナの意向だったからさ。あいつは雨神フーレの使い手。あたいと同様、空を制する者だ。自分好みのアーガに仕立てたかったらしい」
「なるほど。そういうことですか」
「マリアも知っていると思うけど、アーガってやつは、それを指導した者の考え方なり、やり方が色濃く反映されてしまうんだ。現にこの村にいるアーガって、なんの教えも受けていない『のら』以外は全部、にたような性格になっているだろう?」
「そういえばそうですね。そざつではあっても、なにか心やさしい、みたいな」
「マリア……。お前なぁ、そういうことを当人の前でいうなよ」
「では、かげ口でいえと?」
「いや、そこまではいってないよ……。
とまぁ、そんなわけでマミーについていうなら、あたいはほとんど関与していない。レミナのやつが望んでいたようなアーガに仕あがっているってわけさ」
「私はよく知らないのですが、どんな風なんでしょう?」
「さぁ? マミーにはレミナ以外、だれも乗ったことがないからな。
あたいが見たところじゃ、おしゃれ好きで少しいたずらっ気があり、でもやさしい、といったところか」
「それじゃあ、レミナさんそのままじゃありませんか」
「マリア、だからいっただろう? 指導した者のえいきょうを受けるって」
「じゃあ、ラミアさん」「なんだい? フローラ」
「このアリアも、ラミアさんの性格を受けついでいるってわけね」
「ああ、そうだよ。とはいっても、アリアはセレンのアーガだからな。あいつの性格も少し入っているはずだ。……どれ、たまにはアリアのやつをちょうはつしてみるか」
にやり、とラミアさんは笑みをうかべた。
「ミーにゃん。フローラにゃんが空を飛んでいるのにゃ」
「ミアン。フローラ自身が飛んでいるわけじゃなくって、アリアに乗って、だわん」
「どっちでもいいじゃにゃいか。空を飛んでいることに変わりはないのにゃん」
「どっちでもよくないわん。空を飛べるものの代表しては、この二つは天と地ほどの開きがある、といいたいわん」
「『めいよ』とかいうものにゃろうか?」
「まぁ、そうとってもらってかまわないわん」
「でもにゃ。うるさいことはさておき、水の妖精が空を飛ぶのにゃよ。感動ものじゃにゃかろうか」
「確かに。そういわれれば、そんな気がしないでもないわん」
「ちなみに、ミーにゃんが初めて空を飛んだ時って、どんな思いがしたのにゃん」
「別に。なんとも」
「おや、そうにゃのか?
なにか、『うわぁい!』とかみたいなものはなかったのにゃん?」
「忘れたわん。あったかもしれないけどね。ただ、ものごころついた時にはもう飛べていたから、飛ぶこと自体に感動はなかったと思うわん。それよりも外に出られた時の方が、『うわぁい!』と思ったにちがいないわん」
「そういうものなのかもしれないにゃあ」
「アタシのことはこれぐらいにしてミアンはどうなの? 空を飛べるようになったのって霊体になってからよね。しかも、生まれかわってから何百年かあとでしょ?」
「うんにゃ。そういうことになるのにゃ」
「ミアンの時は、『うわぁい!』とかあったの?」
「ウチはあったのにゃん。『にゃんともすごいことにゃあ』ってんで、じゅうたんの姿で村中を何度もぐるぐるとまわったものにゃん」
「やっぱり。で、いつごろまでそれをやっていたの?」
「一日にゃ」
「ずいぶんとまぁ、早く終わったわん」
「ねこはあきるのが早いのにゃん。それに、地上を歩いていた方が落ちつくのにゃよ」
「陸の生きものだからね。無理もないわん」
「つまり、ウチとミーにゃんとでは、空に関して、意識に差があるということにゃ。やっぱり、いっしょにいても、どこまでも同じ、というわけにはいかないにゃあ」
「そ、そんなことはないわん。アタシとミアンはいっしょだわん」
「にゃけれども」
「ちがいがあるなら、どっちかが近よればいいわん。それだけの話だわん」
「とはいってもにゃ」
「ミアンだって今は空を飛べるわん。ならアタシといっしょ。全然ちがいはないわん。ちがいはないわん。ちがいは……ぐずっ。ぐすん」
「ああっ! ミーにゃん。泣かなくてもいいのにゃよ」
「だって……、ミアンったら……」
「判った。判ったにゃ。ウチとミーにゃんは同じ。それでいいのにゃん。にゃから、なみだを流す必要にゃんて、これっぽっちもないのにゃん」
「ぐずっ。本当に?」
「本当にゃよ」
「ミアン……」「ミーにゃん……」
ひしっ。
「あのぉ。すみません、ミーナさん、ミアンさん。どちらでもかまいませんので、ここらあたりでそろそろオチをなにかひとつ……」
「ミアン……」「ミーにゃん……」
ひしっ。
「あのぉ……、ここまでいたずらに話をのばした責任は一体どちらが……」
「ミアン……」「ミーにゃん……」
ひしっ。
「あのぉ……、だきついてばかりで責任のがれっていうのは、よくないと思うのですが」
「ミアン……」「ミーにゃん……」
ひしっ。
「にゃあ、ミーにゃん」
「なぁにぃ? ミアン」
「前回、お話をしてくれたにゃろ? にゃから、今回はウチが話してあげるのにゃん」
「えぇっ! ミアンが? でも、どんなお話なの?」
「ずばり。ミーにゃんが女王さまの話なのにゃ」
「アタシが? そりゃまぁ、アタシを造ったのは天空の村の守護神ともいわれているイオラ。だから今の時点ですでに王女といえなくもないわん。となれば、よ。女王になってもなんらふしぎはない、とは思うけどね」
「それじゃあ、話を進めてもかまわないのにゃん?」
「うん。任せるわん」
「じゃあ、始めるにゃよ。お題は、ずばり、『ミーにゃん帝国の野望』、にゃん」
「えっ!」
《
「これはミーにゃん女王さま。ごきげんうるわしゅうだぎゃあ」
「ジュリアン。それで? 作戦の準備はどこまで進んでいるの?」
「村の地中に埋もれている配管すべてに、最終兵器ガス『ミーにゃんガス』、すなわち、『みがす』を投入してあるのぎゃあ。これを地上へと一気に放出すれば、天空の村はあっという間に、ワジらミーにゃん帝国の植民地と化してしまうのぎゃん」
「部下の配備はどうなっているの?」
「もちろん、ぬかりなし、だぎゃん。『ミーにゃんもぐら』、すなわち、『みもぐら』は配管の要所要所にひそんでいるのぎゃあ。ワジらが命令を出すやいなや、配管に穴を開ける手はずになっているのぎゃん」
「命令って一匹一匹に伝えるの?」
「心配無用だぎゃあ。ここにある灰色の箱を使えばいいぎゃん」
「箱? なんか知らないけど、大きな赤いボタンがひとつあるだけじゃない」
「これをおせば、霊覚交信を用いた『合図用の信号』が発生。すべての『みもぐら』へ、いっせいに伝わるのぎゃあ」
「面白そうだわん。それじゃあ、さっそくおさせてもらうわん」
「ははぁっ。みこころのままに、だぎゃあ」
すたすたすたっ。
「じゃあいくわん」
ぷちっ。
「ジュリアン。これでいいの?」
「そうだぎゃあ。まもなく全部の『みもぐら』があばれだすのぎゃん」
「ふふっ。これでこの村は」
「全て女王さまのものぎゃあ」
「ふふふふふっ」
「ぎゃははははっ」
》
「てにゃことで、
『危うし! 天空の村』、みたいなことになってしまったのにゃけれども」
「ちょっと待つんだわん!」
「それがだめにゃん。今回はここまで。つづきは次回にゃん」
「そんなぁ、だわん!」
「とうとう出番すらなくなってしまいましたか……。しくしく」




