表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
36/36

第36話――エピローグ

 発車のベルが鳴って、列車がゆっくりと動き出す。

 窓際の席に腰を落ち着けて、私は小さく息を吐いた。

 ガラス越しの世界は、来たときよりもずっと白い。雪はさらに深く積もり、森も、畑も、屋根も、すべてが静かに包まれている。

 同じ景色なのに、まったく違って見えた。

 変わったのは、景色ではなく、私だった。

 あのときは、逃げるような気持ちだった。

 今は――戻ってくる途中みたいだ、と思った。

 ここはもう、「通り過ぎた場所」ではない。

 また帰ってくる場所だ。

 自然と、口元がゆるむ。

 斜め前の席に目をやる。

 空いているはずのその席に、一瞬だけ、紺色のジャンパーが見えた気がした。

 背もたれに頭を預けて、少しだけ口を開けて眠っている人。

 瞬きをすると、当然そこには誰もいない。

 代わりに浮かんだのは、ほんの数分前のホームの光景だった。

 冷たい朝の空気の中で、少し照れたような明るい笑顔。

「お気をつけて。……ちゃんと予約、忘れないでくださいね」

 最後まで、半分は仕事みたいな言い方で。でも、眼差しは優しく、温かかった。

 列車はカーブを曲がり、あっという間に町が見えなくなる。

 線路が山あいへ吸い込まれていく。

 私は目を閉じた。

 浮かぶのは、雪ではない。

 やわらかな光。

 水面に空を映す池。

 ――「春の鏡池も綺麗ですよ」

 別れ際の、耕平さんの何気ない言葉。

 風にほどけるみたいに揺れる、春の気配。

 その景色の中に、自分がもう一度立っているところを、はっきりと想像できた。

 今度は、逃げてきた旅人ではなく。

 約束を持って帰ってきた人として。


「あさひ山荘の物語――さくらの物語」を読んでくださって、ありがとうございます。

続く「あさひ山荘の物語――さくらと耕平の物語(前編)」では、さくらと耕平のこれからの物語が始まります。

もしよろしければ、もうしばらく、この世界にお付き合いください。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ