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王太子と執事


 「おはようございます、カシアス様。お目覚めの時間です。いや、もう目は覚めていらっしゃる御様子で」


 王太子、カシアスの部屋に入ったフェルゼンは、カーテンを開け紐で結えると、カシアスの横になっているベッドの様子を見た。レースのカーテンから、柔らかな日差しが部屋に差し込んでいる。


 「フェルゼン。何故、昨日はあそこで止めた」


 -はぁ。これはだいぶ根に持ってらっしゃる。御様子からして、あまり眠ってらっしゃらないな。これは···。


 朝一、不機嫌なカシアスの声に、フェルゼンは内心ため息を漏らした。止めるも何も、これは執事として、主を守る為の当然の責務。カシアスは未だに体を起こそうとしない主人のベッドへと、近づいた。


 「カシアス様、落ち着いて聞いてください。失礼を承知の上、お話致しますが、彼女は確かに星の王国の姫君なのでしょうが、()()()()この空の王国、シエル王国の王宮に仕える、一介のメイドにしか過ぎないのです」


 「それは、わかっている」


 「わかってらっしゃいません」


 「フェルゼン!!」


 -わかっている。


 -わかってはいるんだ。


 それでも、ステラアーチェを見つけた瞬間、どうしてもどうしても手に入れたくなってしまった。こんなにも心を掻き乱されるような衝動など、今まで感じた事など無かったのに。驚きにも似た、憤る気持ちに、カシアスは起き上がり、フェルゼンに八つ当たりしてしまった。


 悩ましけなため息をつき、右手で額に触れて髪にくしゃりと指を通した。己がどんな愚かな行動に出たのかは、頭ではわかってはいた。が、感情が止められ無かった。情けない事に。軽はずみな行動が、命取りになってしまう事もあるのに。


 -けれども、···彼女を目の前にすると。


 止められ無くなる。

 出来ることなら、思い切り抱き締めたい。抱き締めて、キスをして···それから···。


 -全く。カシアス様は。


 フェルゼンはカシアスの気持ちを、理解出来ないわけでは無かった。幼少よりカシアスの従者として仕えていた分、ステラアーチェの事を一途に思っていた気持ちも。時折僅かに見せる寂しげな、遠くを見つめる表情を幾度見て来ただろう。


 だからこそ、と、カシアスを真っ直ぐ見つめて続ける。


 「お気持ちはお察し致します。が、昨夜のカシアス様の行動は、王太子として有るまじき行為であり、推奨されるようなものではありません」


 「··················」


 「安易な行動に出て、もし誰かの目に止まったとしたら、傷付くのは彼女の方なのですよ」


 正論に頭が痛い。


 「さぁ、お話はここまでで切り替えて、ご公務の準備を···おや、これは」


 フェルゼンは燕尾服の内ポケットから取り出した懐中時計に視線をやり、時間を確認するも、語尾を濁した。


 「···?」

 

 「私とした事が···。大変申し訳ございません。どうやら、起こす時間帯を間違えてしまった様です。朝食まではだいぶ時間がおありですし、どうでしょう。()()()で、気分転換なされては」


 「フェルゼンっ!」


 「人払いなら、もう済んでおります」


 「すまない···。ありがとう」


 「何の事でしょう?私はただ、カシアス様が1お人の方がよろしいかと思っただけですので。どうぞごゆるりと、お()()なさって来てください」


 カシアスの身支度を整え、背中を見送りつつも、自身もまた、己の甘さに叱咤した。


 ♢ ♢ ♢



 -昨夜のあの出来事は、夢?


 -それとも、幻?


 早朝、朝日が登った頃、ステラアーチェは薔薇園にて、花達の世話をしていた。銀色の如雨露に水を汲み、鉢植えに零して行く。水は弧を描き、柔らかなスピードで葉の上に落ちていく。


 水をやりながら、昨夜の出来事が思考を過ぎり、頭をぼーっとさせる。淡いクリーム色の薔薇を見ては、カシアスの顔が思い浮かび、小さなため息が唇から零れて行く。


 -いけないわ。今は仕事中だと言うのに。


 ステラアーチェは雫の溜まった薔薇の花に手を添えて、親指でやんわりと撫でた。透明な丸い水の粒は、光を反射してキラキラと零れ落ちて行く。


 -カシアス様。


 心の中で王太子の名を呟いた時、薔薇園の扉は静かに開かれた。


 「···?」


 どなたか、来たのだろかと振り返れば、そこには今し方心の中で名を読んだ王太子が、そこに立っていた。


 「!、カシアス様っ、あぁ、いえ。失礼致しました。王太子様。おはようございます。御無礼お許しくださいませ」


 如雨露を足元に置き、丁寧にお辞儀をして行く。カシアスは無言のまま、ステラアーチェに近づいて行く。


 「いや、こちらの方こそ。驚かしてしまったようで、すまない。おはよう、ステラアーチェ」


 顔を上げたステラアーチェの瞳に入って来たのは、柔らかな日差しにも負けないくらいの、カシアスの微笑みだった。


 

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