9.
魔女の家にて準備を整えたオリヴィエとアドール。王城に侵入して、もしも正体がバレたら殺されるかもしれないというのに、不思議と緊張はなかった。
「とりあえず、これを握って魔力を大量に込めろ」
魔馬車に乗っている最中。正面に座ったアドールから袋を手渡される。言われた通りに手のひらに魔力を集中させると、その袋はスポンジのように魔力を吸収していく。そしてある程度の量を込め終わると、魔力を吸い込まれるような感覚はなくなった。
「……?これはなあに?」
「ん?お前の瞳」
「!?」
オリヴィエは思わず片手で自身の両眼を抑えた。先程自身を男に変えた魔法。それを使える魔女の息子だというのなら、それくらいのことはできるかもしれないと思ってしまったからだ。
けれどオリヴィエの瞳はそこにあった。どういう事なのかとアドールを見つめると、彼は簡単に白状した。
「偽物だから安心しろ。あの女が寄越せと言っていたお前を殺した証拠だよ。さっき作った」
「へ、へえ……」
「曰く、お前のその瞳を捻り潰したいんだとさ」
「…………」
「見るか?中々の自信作なのだが――」
「いらない」
捻り潰したいという言葉に絶句していたオリヴィエの何を勘違いしたのか、アドールが袋の中身を見せようとしてくる。そんなグロそうなものをわざわざ見たいとも思えなかったオリヴィエは即断りの返事をした。
「まあ、良いか。んで、次だ。この薬を飲め。お前の魔力を完全に遮断する薬だ。効果中は魔法が使えなくなるが……まあ大丈夫だろ」
「でも――」
「魔力を読まれて、城に入った瞬間殺されるよりはマシだろ」
「……分かった」
オリヴィエが魔力を遮断する薬を飲まされ、アドールから説得されている内に魔馬車は城の目と鼻の先にある森の空き地に到着していた。
魔馬車を降りた後。アドールが何かを唱えると先程まで乗っていた魔馬車がまるで空間を無視するかのように折りたたまれていく。そしてそのままアドールの手のひらサイズに収まった。
「魔法……?」
「いや、魔道具だ。この魔馬車自体が魔道具なんだぜ。因みに製作者は俺だ」
「え!意外」
「どういう意味だ、てめえ」
「アドールって言動も粗雑だし、不器用そう」
「はっきり言ってくれるじゃねえか」
アドールの意外な特技を見つけた気がした。けれど、だからこそ何故アドールが始末屋の様な仕事をしていたのかが分からなかった。こんなにも素晴らしい特技があるんだったら、それを活かして仕事をすればよいのに。オリヴィエは素直にそう思いながらもあまり突っ込んで聞くと怒られそうなので、アドールの歩調に追い付くように目的地へ向かう足を速めた。