第11話 双子の真珠達、幼少の砌。
◇◇◇
『ファイヤーボール』!
そんな魔法など存在しない。
何もない所からそんな火球は出て来ない。
大体、燃料も無いのに、どうして火球が出来ると言うのか?
手から水は出ない。
防御の土壁なんて作れない。
そんな都合の良い『魔法』等、ありはしないのが世の理と言うものなのだ。
◇◇◇
アンリエットは絵本が好きだ。
魔獣の群れを倒し、立ちはだかる魔王軍の幹部をやっつけ、囚われの姫を奪い返す為、勇者とその仲間が魔王城に攻め入るのだ。
その絵本には『エルフ』『ドワーフ』等が出ていて、『魔法使い』もいた。
「『エルフ』はきっと『長命種』ね。『ドワーフ』は、あれかな『強化種』って呼ばれてる鉱山の職人さん達の事よね」
幼いアンリエットは思考し続ける。
「――――って事は、きっといるんだ『魔法使い』。でも、他の本じゃ、『エルフ』が魔法使ってたし、どうなんだろう?本当に『魔法使い』は居るのかな?」
王宮を出、城中に走り出すアンリエット。
直ぐに白衣の学者然とした感じの老人を見掛ける。
「あなた、『魔法使い』を知っている?知っているなら…。
ねえ、聞こえてる?」
老人は、アンリエットに気が付かないのか只、立っているだけだ。
「…。ねえってば!!」
耳が悪いのか、と思ったアンリエットは老人の腰をトントン叩こうと手を伸ばした。
しかし、手が老人に触れる事は無く只、空を腕が舞っただけであった。
「どうなさいました。姫様!」
先程の大声を聞き付けた城の衛士がアンリエットに走り寄る。
アンリエットは老人を指差し、
「この方が私の話しを聞いてくれないの!」
「…ー。あー、きっと何か事情が御有りなのでしょう。そうっとしてあげるのが良いかと……」
衛士は、(あー何時ものだ。)と囁く。
知っているのだ。その衛士は、姫が『異層』を見ているのを。
それを知るのは衛士只一人では無い。宮中全ての人が知っている事実だ。
◇◇◇
アンリエットが二歳の誕生日を迎える頃、女王は宮中全ての官職。衛士に執事と侍従、下男下女をも集め、こう言った。
「我が娘、アンリエットの目には『異層世界』が見えている。皆には、追々理解を求める事となる。アンリエット自身が自分で考え、自分で行動出来るまで娘を暖かく見守って欲しい。
女王としてでは無く、親としての願いだ。皆、頼む」
と…。
◇◇◇
アンリエットは、絵本が好きだ。
自分も『魔法使い』の様に魔法を使ってみよう。と思った。
『ファイヤーボール』は危ない魔法っぽいので、火の点いていない暖炉に向けて叫んだ。
「ふぁいやあああーぼおおおーーる!」
何度やっても火球は出なかった。
「クリアうおおおおおたあああああーーー!」
水も出なかった。
「クリアおならぁーーー!」屁も出ねぇ。
「難しいのは、色々出来る様に成ったらで、簡単なのからやったらどおぉ?」
毎年、夏はノォーミク侯爵領で過ごしている。
公爵の娘。アンリエットの従妹のフェリシエンヌとは大の仲良しだ。
「うん、フェーの言う通り簡単のから練習するっ。」
お城の厨房で竃に火を点ける『魔法』をアンリエットは見知っていた。
だから、やってみた。
「ええいっ!」
「キュっ」と目を瞑り手のひらの数センチ前に意識を集中した。
フェリシエンヌは見た。
アンリエットの手のひらの前の空が揺らぐ様を………。手のひら前にある枯れた杉の葉が暖炉の中で「ウニっ」と踊り煙が昇る。
そして間も無く火が点いた。
「「キャアー」」
「アンリちゃんアンリちゃん凄い凄いぃ!」
「やったよあたし!フェー。あたし魔法使いに成ったあ!」
「姫さぁ。これ『亜法』ってンだゼ?」
「マリエ。言葉遣い!」
ポカッと頭を叩いたのはアンリエットの侍女ジーン。
「『亜法』ってなぁに?これ魔法じゃ無いの?」
ジーンに問うアンリエット。
「違わないのですが…」
ジーンは話し始めた。
魔法とは多分、アンリエットが読んだ絵本の中の魔法の様な物(ジーンもよく知らない。)で、日常で使われる「火を点ける」「水を冷やす」「冷えた料理を暖かくする」と言うのを『弱魔法』とか『亜魔法』と言われていると。
だから『亜法』と一般的に呼ばれているのだと言う。
「でも姫様、凄いです。ご教授も無しに『亜法』をお使いになられるとは…。このジーン感服の至りです。」
アンリエット、フェリシエンヌが五歳。ジーンとフェリシエンヌの侍女マリエが九歳の8月初旬の出来事だった。
◇◇◇
ここノォーミク領は海抜千メートルを超える高地である。
尤もアンリエットの母の治めるファテノーク王国自体が広い高地であるのだが……。
ノォーミクは高地にあり、王都プラティーヌの東、王国の東端の羊と岩塩そして温泉の在る侯爵領である。
ノォーミク領の東側は四千メートル級の山々が連なる『ファテノーク山脈』がある。過去そこを越えて攻めて来た軍隊等記録には無い。
ノォーミク領の西の領境には南北に長い『ノォーミク湖』がある。山脈から幾本もの河川が流れ込み、更に西の王都や南方に流れて行くのだ。
領都ノォーミクには王都から馬車で一週間は掛かる距離なのだ。
なので、アンリエットは夏の間、一ヶ月半程の滞在になる。
何時もの事だが、アンリエットが帰る8月半ばになるとフェリシエンヌは気落ちする。
アンリエットは王都のお城の皆に会えるので楽しみ半分、フェリシエンヌとのお別れに成るので、寂しさ半分って気分に成るのだ。
「アンリちゃぁーん、アンリちゃぁーん!」
ノォーミク湖の桟橋で泣き叫ぶフェリシエンヌの姿は夏の終わりの風物詩。
「もう夏も終わりだねぇ」
湖の漁師や桟橋の管理小屋の皆が、そう呟く季節なのだった。
そうして、王家の馬車を載せた船は風を帆に受け、王都へと向かうのだった。
◇◇◇
アンリエットは、本が好きだ。
暇さえあれば王都の官庁街の図書館に行く。勿論、ジーンの付き添いで。
こう見えてジーンは強いのだ。
八歳まで、ノォーミクの隠れ里(本当に隠された村と言う訳では無いが村人的にカッコイイからそう呼称しているらしい。)体術や投擲術等々を学んでいる。
アンリエット三歳の夏に御側仕えに成ったのだ。
当然アンリの異なる世界を見る力…、異層も現実世界の表層も同じ様に見えていると言う事を知っている。
しかし、「あの人、ここに居る?」と言うアンリエットの問いに最初は、戸惑った。
それも、その内に慣れて来た。
「おりません。どの様な方ですか?」
その人物の特徴を聞き、心当たりが無いか図書館の司書に聞く事もあった。
稀に「ああ、その方はあそこの本棚の前で立って本を読んでましたよ。もう何年も見かけて無いですがね」と、その人物を知る司書が答える事もあったのだ。
最初の頃、アンリエットの読む本の殆んどは物語であった。
そのうちに歴史や様々な国の地理の本、そして、五歳の夏の終わり…『亜法』を使える様に成ってからは、それに関する書物を読み出す様に成っていた。
その頃は『風』や『落ちる』と言う物事に何ら疑問を抱いていなかったのだが、ある日、王女である母に尋ねた。
「お母様、『風』が強く吹く事があるでしょう。で、『風』がそのうち、弱くなって、止まるでしょ。そしたらその『風』は何処にいっちゃうの?無くなっちゃうの?」
「『風』ならアンリの目の前にある。そしてアンリの周りにも有るのだ。見えぬか?では手を左右に振ってみよ。―――――どうだ?『風』があったであろう。それを『空気』と言う」
「『空気』?」
「そうだ、そして『空気』はこの空の上へと至る。だが、今白く見えている『青月』には届くまい。『速月』はもう少し地上に近いが、そこまでも『空気』は至ら無い。我等から見ると凄く高く『大気』…、『空気』の事だ。高く『大気』は有るのだ。だが、この世の全体から見ると、非常に薄く『地表』を覆っているに過ぎないのだ」
「お母様、『地表』って?あたし『地上』は知ってるの」
「ん、簡単に言えば『我等が住む所』…、では意味が違うか。――――――『地表』とは我等の居る所も含め大きな海原も高き山々も砂漠も全て、この星の表面の事だ。
『この星』は解るか?」
「『丸い』って本に書いてた」
母の膝の上でアンリエットは答えるのであった。
日課になっていたのは、図書館通いだけでは無かった。
ジーンに教えて貰う『護身術』も朝の日課であったのだ。
時々、暗器を持ち出すジーンには少々、困った。
だが、決まってアンリエットは疲れてしまう。物心付く頃には何時もそうなのだ。
そして母王の膝の上で、手で翳す母。癒す『亜法』なのだと言う。傷が見る見るうちに治ったりする。そんなのは存在しない。
意識下では解らないが、無意識に疲労の原因物質を取り除いているのであろう『亜法』なのだ。
だからと言って、朝の鍛練を止める女王では無い。
疲れた我が子を抱くのは良いものだ。と思っている母なのだから。
だが些か度が過ぎる母もであった。
執務中でも我が子を膝に乗せ癒しているのを臣下達は知っている。謁見中でもアンリエットを抱き抱え、治水の為の河川の確認、各地の視察や査察、御前会議でも連れ廻す。
だから反って疲れるアンリエット姫だったりするのだ。
お陰でアンリエットは農地や治水の事や政治的なやり取りを自然と学び、そして確実に体力も付いたのである。
及ばずながら、ジーンも知識を得たのだった。
実は、ジーンがお傍付きの侍女になる以前より、アンリエットは母を真似、侍従や侍女の肩や腰に手を当て癒す事をしていた。
優しい執事長など「姫様の手は天使の御手ですな。」とよく言っていたものだ。
言うなれば『亜法』の鍛練を既に始めていたアンリエットなのであった。
六歳の頃にはコップの水を凍らせ………表面に氷を張ったり、冷めたオカズを温めたりする事も出来る様になっていた。
◇◇◇
ある時、何でも入れられる『無限収納』鞄を作り出せないか?大真面目に思案し試案するアンリエットであった。
前に読んだ物語本にあったのだ。
他人に見えない世界である『異層』を視感出来るアンリエットには『魔力』なのか『霊力』なのか解らないのだが兎に角、力は着実に上がっていた。
何時しか、少しの時間『異層』に移る事が出来る様に成っていた。
そこで、鞄だけ『異層』に移し鞄の肩紐だけ『表層』に置いておく。と言う方法を思い付いた。
試案を試したのだ。
鞄の代わりに城の武具や防具を何往復もしてから『異層』に移り太めの皮紐にそれらを括り『表層』へと戻った。
で、引いた。持ち上がらず動け無かった。
紐を肩に掛け、座ったままどうした物か思案に暮れるアンリエットだった。
夕方、アンリエットを探しに来たジーンに連れられ城の中へと戻ったのだった。紐を中庭に残したまま…。
翌日、その日は午前中から習い事が有り、アンリエットは『無限収納』実験の事を忘れていた。
思い出したのは夕方前。ジーンを伴い中庭の隅に行った。
アンリエットは唖然とした。『異層』に在る剣や鎧が錆びてボロボロなのだ。
ジーンは、何故アンリエットが青い顔に成っているのか解らない。
「姫様?」と声を掛け、アンリエットの視線の先を見た。
そして、視線の先に一瞬で現れたそれを見てジーンも唖然としたのだった。
『異層は表層に住む者と物の世界では無い。実体は存在出来ないのだ。やがて異層の其の又異層の奥の異層の奥へ奥へと取り込まれるか、又は何らかの形で物質の存在は、無かった事として、存在を消して行く。』
のだと……。
◇◇◇
アンリエット八歳の夏。フェリシエンヌのお屋敷で温泉に入っていた二人と侍女。
王都から早馬が来た。
「王都へ戻る様に」と。
ノォーミク公爵夫妻はもっと詳細を聞いている様子であった。
叔母は泣き崩れ、公爵が背中を抱いていた。
そして、急遽馬車を用立て侯爵の家族、フェリシエンヌと生まれたばかりの公爵子息も王都へ向かうのだった。
何事か察している様子のアンリエットを「賢くなかったのら良かった。」とジーンは主を見て思うのであった。
約一週間の旅を終え王都へ戻った翌日。
王女の帰還を待ったのであろう『国葬』が執り行われたのだった。
王家の墓所の一画にはこう記されていた。
『賢王・エステル三世。ここに眠る。享年28歳』




