07.私、シェスカル様のお役に立てましたか?
アレックスとの婚約破棄は、揉めに揉めた。
唐突の一方的な破棄であり、誰もがファナミィを止めたが、ファナミィは頑として首を縦には振らなかった。
アレックスには本当に申し訳ない事をしたと思う。しかし最終的には当事者であるアレックスが納得してくれ、破棄する事が出来た。
その間、シェスカルが何かを言ってくる事はなかった。ファナミィも、シェスカルと結婚したいからと、彼の名前を出す事はしなかった。
破断した翌日、ファナミィはいつもは腰に携えている剣を手に取り、目の前の人物に差し出す。
「今までお世話になりました。キアリカ隊長」
「ファナミィ……本当に辞めるの?」
ファナミィは自分の意思で騎士を脱隊することに決めた。これからはやらなければならない事が山ほどある。
コクリと頷いて意思表示を見せると、キアリカは少し眉を下げた。
「そう……」
「すみません、キアリカ隊長。唐突に」
「それは良いんだけど」
キアリカは周りを気にしながら、そっと問いかけてくる。
「……シェスカル様とは、どうなったの?」
不安そうな彼女に少しの笑みだけを送り、ファナミィはその場を立ち去った。
それからファナミィは、ディノークスの屋敷に上がる事はなかった。
シェスカルに会う事もなくなった。
ファナミィはただ、シェスカルに認められるために。
己に出来る事をこなしていた。
アレックスとの婚約破棄から一年。
ファナミィは護衛騎士を引き連れて、ディノークスの屋敷に訪れる。
顔見知りのメイドが驚いたような顔をしながらも、中へと招き入れてくれた。
一年ぶりのシェスカルとの再会。
彼の顔が、驚きから徐々に柔らかい笑みへと変化する。
「久しぶりだな、ファナミィ。見違えた」
「お久しぶりです、シェスカル様。お元気そうで何よりです」
ファナミィはふわふわとしたドレスで、丁寧にお辞儀をする。
「元気なんかじゃなかったぜ。お前に捨てられたのかと、毎日落ち込んでたんだ」
「ふふっ」
口元を押さえて淑やかに笑うと、護衛の騎士に下がっていろと目で合図を送る。
騎士がいなくなると、ファナミィはシェスカルの部屋の中に誘われ、そっとソファーに身を落とした。
「聞いたぜ。ファナミィ・ベンガスカーだって?」
「はい。ディノークスに楯突いていた、あのベンガスカーです」
一年前、挑発されて手を出してしまいそうになった、あの騎士の主の家である。
ファナミィはこの一年で品格を学び、ダンスを覚えて、貴族として恥ずかしくない振る舞いを手に入れていた。
と同時にベンガスカーに狙いを付けて、養子縁組したのだ。シェスカルとは結婚の約束をしているのだが、恨みがあると言えば簡単だった。ベンガスカーはファナミィを使って内部からディノークスを崩壊させるつもりでいるのだろう。
「で? ファナミィは俺を破滅させるつもりか?」
「私という内通者がいるんですから、シェスカル様がベンガスカーを飲み込むのは、容易ですよ」
「っく、ハハハハハッ」
シェスカルは耐えられないと言った様子で笑い始めた。クッククックとお腹が何度か上下した後、ようやく息を吐き出す。
「反対勢力を一気に丸め込めるのは有難いな。これを狙ってたのか?」
「はい。私、シェスカル様のお役に立てましたか?」
「上等だ。俺の嫁に、申し分ない」
そう言われたかと思うと、いきなり腕をギュッと引かれた。
よろめいたファナミィは、シェスカルの胸の中へと倒れ込む。
「でも無茶すんな。お前の気持ちはよく分かったから」
「シェスカル様……」
包まれた手が温かくて、ファナミィもそっとシェスカルの背中に手を回す。
ドクンドクンと重なる鼓動が共鳴し合い、強く抱きしめ合った体は離れられる気がしない。
「もう俺の傍から離れんなよ」
「分かっています」
彼から離れて行った過去の女性達を、頭の中から切り外した。
シェスカルが今見てくれているのは、ファナミィ以外に誰も居はしないのだから。
「結婚、してくれ」
「……はいっ」
二人は誰もいない部屋で、強く強く抱き締め合った。
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