家名の恥
外に出れなくなってから3日後、私は自室のベッドに寝転がっていた。やる事がないのだ。
別に自室から出ればやる事がないわけではないのだが、屋敷内を歩いていると、父とすれ違うたびに舌打ちされ、幾人かの使用人からは、背中を指されて笑われる。
やられる度に私は自室に戻り泣きじゃくっていたのだった。それももう疲れてしまった。
私が何をしたんだと、声を大にして言いたい。でも無駄だとわかっている。
ミルヴェーレン家は昔から栄えていた魔術師の家系であり、現在父も、族長を務める程優秀な魔術師として、名を馳せている。そのミルヴァ―レン家の娘が儀式で失敗したと広まったらどうだろうか。恥をかくのは私でなく父の方だ。父はプライドの高い人間だ。優秀ゆえに自分の事を周囲の優秀でない人間を見下している。道端の石ころと同じように。
だから、父が私を見下すのも無理はない。何故なら、私が覚えた魔法は魔術師として成立しない魔法だから。
魔術師に必要なのは、高い魔力とそれをコントロールする力。両方の能力値が高ければ高いほど、優秀な魔術師として世に名を残せる。そして覚える魔法が希少であればある程、能力値を生かす事ができる。
だが、私の魔法はどうだろうか。魔法を使うのに必要なMPの最大値を消費し、STRに加算する魔法。魔術師の覚える魔法ではない。剣術家や拳闘士が覚えるであろう魔法。
魔術師としての価値は……存在しない。
自分でそれを認識したとき、ふと何かが切れたかのように、涙が溢れ出る。
あれだけ泣いたのに、この涙はどこから来るのだろうか。
私の心はずっと泣いている。
「――――――だ。――――して―――おけ」
「――――した。―――――――――します」
私はいつの間にか寝ていたようで、自室の前から聞こえる話し声が、私の意識を覚醒させる。
もぞもぞと芋虫のようにうごめき、ベッドから這い出すと、興味本位で入り口のドアに耳をあてる。
「しかし、本当によろしいのですか族長様。レイラ様はまだ5歳なのですよ?」
5つ離れた妹の名が出たことに、私は動揺し、思考が停止する。
しかし、止まった思考は父の言葉で粉砕される。
「かまわん。レイラもルクシア共々魔術の才がなければ、ミルヴァーレン家の恥になる」
「でしたら! リスティ様の名はどうなるのです!? 族長様の為に全てを投げ出したあの方も、家の恥だとおっしゃるのですか!?」
「無論だ。いくら優れた魔術師であろうと、後世に続かないのでは意味がないだろう。さっさとレイラを儀式の間まで連れてこい」
「族長様!! この……クソッ!」
父が去った後、使用人が悪態をつき、この場から離れていく。でも私は、この場から動くことができない。
なぜ私はドアに耳をあてたのだろうか。ずっとベッドで横になっていれば良かったのに。
父は私を、妹を、あまつさえ自分の妻である母を否定しようとしている。
2年前に亡くなった母は、父に嫁ぐ前、王家につかえていた宮廷魔道士だったという。そんな地位を投げ捨て、小さな部族に嫁いだ母は、何を考えこの道を選んだのだろうか。
力なく扉にもたれ、三度私は涙を流す。理由はたくさんあり過ぎる。ただ静かに、悲しみを自分から吐き出す。
その日私は、涙が零れ切り、意識を失うまで悲しみを自分の中から消していった。
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