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本人にとっては全く迷惑ではあるが……そのスライムはアシスタントとして優秀すぎるほどの才を天より与えられている。
網掛け、ベタ入れ、集中線にトーン張り……ホワイト一つとってみても、手早く、そして美しい仕上がり。上手いが個性的ではない画風はモブを描かせても違和感なく、フラスコの中の大先生は安心して仕上げを任せることができた。
……ちなみに……ユリもアシスタントを申し出たのだが、ためしにV・バスターズの主人公を書かせたスライムは、出来上がったその絵を誰にも見せることなく握りつぶした。
「……ユリ、お前には書庫の整理を任せる。いいか、これはアシスタントとしては最上級の仕事だ。」
と、体よく地下の書庫に追いやられたユリは、天井まで届くほどの書架に並ぶインジの作品を片っ端から読み漁ってご満悦だ。
どれほどの時間をホコリ臭い書物に埋もれていたのだろう。ぎい、と小さくドアをきしませて疲れきったスライムが入ってきたときには、ユリは座り込んだ姿が隠れるほどに書物を積み上げていた。
「……整理じゃなくて、散らかしてんじゃねぇかよ。」
ずるりと苦笑いして崩れ落ちるその体に、ユリが駆け寄る。
「疲れた……甘いものが食べたい気分だ。」
「作る。メーウン(砂糖を入れた卵を蒸し固めた菓子)? ヂウー(果汁をゼラチンで冷やし固めた菓子)?」
「メーウン……か。カラメルは苦味が出るほど焦がし気味で、でも、メーウンそのものは少し甘めなのが好みだな。」
「了解。」
心配そうに覗き込む白い頬にずるりと触れて、スライムは幸せな妄想にかすかな微笑を浮かべた。
……食っていけるほどの絵草子作家なんてほんの一握りだ。
小器用であるが故、自分が作家向きではないことを、スライムはよく心得ている。ただ上手なだけの絵柄では、読者の心を惹くインパクトに欠けるのだ。
だが、あの大作家先生の口利きがあればデビューのチャンスがないわけではない。
鳴かず飛ばず、かつかつの生活だとしても、一日中家にいられる仕事というのは魅力的だ。疲れきってふと筆を止めれば、銀髪の美しいこの娘がニコニコ笑ってメーウンを差し出してくれる。もちろん、大人の姿で……
「副業も探さないとな。」
「?」
「それでも、お前さえいてくれれば……」
ごろんごろんと大きな音を立てて転がるフラスコが、二人の間に割って入った。
「はいはい、そこまでぇ~。」
「!」
「あんたねえ、少しは自分が誇り高き『スライム』だって言うのを自覚してちょうだい。」
ユリが恐れ多くも大先生をぐいっと押しのけ、スライムにしがみつく。
「あんたもよ。べたべたひっつくしか能のないお嬢様が、スライムの相手なんて務まるわけがないんだから。」
それは、フラスコの表面に氷が張るんじゃないかというほどの冷たい声音だ。
「書状は読んだわ。あなたたちをこの町の地下に案内してあげる。でも、勘違いしないで! 魔王サマの勅命だから連れて行ってあげるだけよ。」
その声にこめられているのは、間違いのない敵意だ。切り刻み、刺し貫くようにユリを攻撃する。
「ひ弱で、貧弱で、貧相なお嬢様を連れてもぐるには危険なところよ。きちんと装備を整えて、明日の朝、もう一度いらっしゃい。でも、あなたは来なくてもいいのよ。何しろ地下は汚いし、暗いし、アレも出るし、とてもとてもお姫様なんかには……ねえ?」
「来る! 絶対。」
「あらららら? 無理しなくて良いのよぉ。」
ピンク色の大先生と、銀髪の少女の間に火花が散ったような気がした。
おまけ
帰り道、ユリはスライムがフラスコ小人を苦手としている理由を尋ねた。
「まあ、いろいろあるな。俺はどうしても古代語が苦手だったから、むちゃくちゃ厳しくされた。そのせいで余計に古代語が嫌いになったのを考えると、師匠としては三流だな。」
「アシスタント、面倒?」
「ああ、それもある。だいたい、集中線とかなんなの!って感じだ。なんであんな線を一本一本ひかされるのか、本当に意味がわかんねぇ。でも、それより……」
スライムは怒りでかすかに外皮を赤く染めた。
「弟子の私生活までもネタにしようとする、あの考え方についていけねぇ。あのやろう、俺から根掘り葉掘り聞き出して、あんなことやこんな事までネタにしやがった!」
「ネタ?」
「何が一番むかつくって、絶対内緒だって言ったのに、俺の初恋まで……」
「初恋!」
ユリの瞳がきゅぴーんと妖しく光ったのを見て、スライムはあわてて言葉を飲み込む。
「どれ? 作品名!」
「ううう、あ~、お前が今日読んだ中にはないんじゃないかな~。」
「作品名。」
「かなり昔の作品だから、お前は知らないって。」
「さ・く・ひ・ん・め・い。」
「勘弁してくれっ! あんなこっぱずかしい話、誰かに知られたら死ぬっ!」
しとしとと降る雨の中、ユリは固く誓った。インジ作品を、残らず読破して見せようと!




