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縦長に伸びる廃墟の間に、一軒だけ横長の豪邸。石造りの壁は真っ白に磨き上げられ、庭に咲き乱れる大小色とりどりのバラ……死に絶えた町の中で、ここだけが生命の気配にあふれている。
庇に立ったスライムは、複雑な装飾が施されたドアに手をかけて主を振り見た。
「覚悟は良いか、ユリ?」
小さな銀髪が、緊張しながらうなづく。
スライムがゆっくり、ゆっくりと開いたドアの先は劇場のような広い玄関ホールだった。豪奢なシャンデリア、来客用の下向牛革の大きなソファーが隅に置かれ、いかにも豪邸らしく、二階への階段が二本、左右に広がっている。
そんなホールに十匹ほど、醜悪な電脳魔物が走り回っていた。
「相変わらず、修羅場かよ。」
ぐげ、ぐげと意味不明な鳴き声をあげている凶悪そうな魔物たちは、少し大きめの紙束を抱えている。恐ろしげな爪を振り回し、生臭い呼気を吐き出す彼らの表情は、どれも一様に……
……(゜-゜;)オロオロ(;゜-゜)
そんな魔物たちの頭上に、少し枯れた女性の怒鳴り声が響き渡る。
「さっさと念送しちまいな! そこはアミ掛けだって言っただろ! 数ばっかりいるくせに、使えない連中だね!」
その雰囲気にユリの表情がぱ、と明るく輝いた。
そんな主の背中を押して、ずるりと元の姿に戻ったスライムがグレムリンたちの間を通り抜ける。
「お疲れで~す。乙で~す……あ、乙っ……」
二階にあがるにつれ、すれ違うグレムリンに挨拶するスライムの声は小さく、力無くなってゆく……大きなカーセ材のドアの前に立つころには、彼はすっかり沈黙していた。飾りのついたノブに体をかけたまま、ぴたりと動きが止まる。
「……」
「スラスラ、早く!」
「うあああっ! 解ったよ!」
がっと思い切って開いたドアの先はインクのにおいに満ちていた。いくつかの机が並び、そこに座らされたグレムリンが(>д<)な表情で、紙の上にペンを走らせている。
奥に据えられた少し豪華な机の上には一抱えほどもある大きなフラスコがでん!と鎮座ましましている。その中を満たす毒々しいピンク色の液体がグレムリンを怒鳴りつけた。
「いつまでもベタベタベタベタ墨入れてンじゃないよ! さっさと終わらせな!」
スライムが遠慮がちな声を出す。
「あの~、センセイ?」
「モブに余計な雰囲気つけるんじゃないよ! もっと全体のバランスってモンを考えて!」
「セ・ン・セ・イ?」
「ほんっとに使えない連中だねぇ……」
「師匠っ!」
フラスコの中の液体がどろりと動いた。
「ああ、来てたのかい。」
「白々しいな。どうせグレムリンから聞いてるんだろ。」
「ふん、聞いたよ。面白いネタをね。」
ゴロン、がたがた、ごろん、と机から転がり落ちたフラスコがユリの足元まで転がる。
「ユリ、これは俺の古代語の師匠だ。本職は見てのとおり……」
「V・バスターズ! 作者!」
たぷん、とピンクの液体がゆれた。
「おや、あたしのファンかい? ありがと。だからって甘やかしてはやらないけどね。」
V・バスターズの作者、インジ=ハシ=ユチイがフラスコ小人であるというのは、ファンの間ではよく知られた話だ。錬金術によって作り出された人造人間の一人。どれほど長い時間を生きているのか知る者はいない。だが、生まれながらにしてこの世のすべてを知るフラスコ小人の知識に裏づけされた設定と、どろどろなほどに深く描かれる心理描写には定評がある。古くから活躍する絵草子作家でありながら、今なお人気の衰えない、まさしく『絵草子の神様』……インジ=ハシ=ユチイ!
憧れの彼女を目の当たりにした喜びに、ユリがぽう、と頬を染めた。
その足元を、品定めするようにフラスコが転げ回る。
「ふん、ロリっ娘としちゃあ、ありきたりだね。そもそもツイテってのがいかにもすぎて萌えないよ。で、あんた、コレとキスしてたんだって?」
「キスじゃねえよ! 飯っ粒がっ! ついてたから取ってやってたんだよ。」
「まあ、真相はどうでも良いよ。あんた、そんときイケメンの姿だったんだって?」
「ああ、トレースしたからな。」
スライムがずるりと立ち上がり、ヤヲの容姿になる。
「ん~、だめ! 萌えない! むしろ、その美青年×スライムの方が需要があるね。」
「なんでだよ! そこはスラ×ヤヲ……って、そんな話をしに来たんじゃねえよ!」
スライムは一通の書状を差し出す。
「魔王サマから直々に言いつかったモンだ。まさか無碍にはしねぇだろ?」
「ん~、でもねえ……あんたも知ってるだろ。あたしらにとっちゃあ、魔王サマより締め切りサマの方が怖いのさ。」
「解ったよ……」
ずるりと姿を戻したスライムは、グレムリンを押しのけて机に向かう。
「さっさと終わらせようぜ、センセイ。」
「さっすが、うちの最優秀アシ!」
ピンクの液体がごぽりと笑った。




