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……ぽつんと墓標が立っただけの寂しい墓を想像していたのに……崖の一部をくり抜き、重い岩戸で閉ざされたそれは、廟といっても不遜は無いほどに立派なものであった。
ミョネが岩戸に掘り込まれた装飾的な文字の上に両手をかざし、口の中だけでもごりと何かを唱える。小さな地響きと共に、閉ざされていた入り口がばっくりと開いた。
「墓守の許可は出てるんだ。入りなよ。」
「墓守?」
「あのゴーレムさ。」
細い腕に導かれて中に進むと、陽光に暖められたことの無い、ひんやりとした冷気が頬を撫でる。深い洞内は岩壁そのものがぼんやりと青白く光を帯びているせいで暗くは無い。
「魔鉱石さ。」
それは希少な宝玉の一つ。内より微細な魔力を放出する性質があるため、魔力に乏しい人間が魔道士を志すなら、必ず一つは手に入れるべきアイテムだ。もちろん、より大きく、純度の高いものが好まれるが、鉱山と呼べるほど大掛かりな産地すらなく、産出量は少ない。
「それが、これほどに……」
「驚くことは無い。ここのは人工魔鉱石だからね。」
「!」
ミョネが仄かに光る奥を指し示す。
「ここが『墓』だよ。そうは見えないけどね。」
中央には何かを掲げるための祭壇。それを取り囲むようにガラスのように透き通った材で出来た棺が三つ、柱のように立てられている。
棺には二体の白骨が立った姿のまま、納められていた。一体は少し小ぶりの、子供のものだろう。年月に洗われた白い姿からは、それ以上の生前を窺うことは出来ない。
それより少し大きめの、やはり完全に白骨化した一体は、骨そのものが青白い光を放っている。
「骨ごと魔鉱石化したんだ。狂っているだろ?」
光る白骨と対の位置に置かれた、やはりガラスばりの棺の中には、壮年の女性が安置されていた。肌は張りを失わず、瑞々しいその姿は、時間と呼吸を止めて眠っているだけのようにも見える。
「これは……」
「死体をそっくりそのまま、特殊な鉱石に作り変えたんだ。朽ち落ちることもないし、だからと言って、生き返るわけでも……ない。」
切なく棺の表面をなぞる指先は細く、切なく、痛々しいほどに頼りない。
「こっちが母さん。小さいのが弟。そして、光っているのが……父だ。」
ミョネは憎々しげな顔で、光っている骨の棺を軽くけりつける。
「全て……こいつのせいだ。ボクをこんな体にして……母さんの魂を、あんな土くれに縛り付けやがって!」
怒りの光を消さぬまま、その眼差しが金髪の男を振り見た。
「ねえ、この前の戦いのとき言っていたよね、ボクが泣いてるって。これでも、泣いているように見える?」
確かに、ぎらぎらと瞳を憤怒で燃やしてはいるが、ヤヲにはどうしてもその怒りが理解できない。むしろ、こぼれだそうとする涙を頑なに拒み、心に蓋をしようと無理に怒りを作り出そうとしているかのようだ。
「ミョネ……」
「そんな哀れんだ目をするなっ! ボクはもう、人間じゃないんだから! ボクには感情なんか無いんだからっ!」
頬に触れようと差し出された指先をパン!とはねのけて、彼女は部屋の中央にある祭壇に飛び乗った。
「隊長にはまだ見せて無かったね、完全剣化したボクを。」
自分に対する嘲笑で醜く顔を歪めながら、ミョネがばさりと着衣を脱ぎ捨てる。
「ミョネ、止めなさい! 私だって一応オトコなんですよ。」
「安心しなよ、隊長。ボクはオンナじゃない。」
それでも、下着まで脱ぎ捨てて惜しげもなく金の瞳にさらされた褐色の裸体は美しく、引き締まった筋肉がなだらかに女性的な曲線を描き出している。大きな肉付きのいい胸がたゆんと揺れ誘う様は否定のしようも無い『オンナ』の体だというのに……
「ボクは……『道具』さ。」
しゅおおおおおと微かな音を立てて魔力に包まれた体がすうっと細くなる。
「ミョネ、そんなことをしなくても良いんです!」
「黙って見ていなよ。」
すうっと縮んだシルエットが鋭い切っ先に、曲がった刀身に、そして握りのついた柄に変り……柔らかな裸体のあったその祭壇の上に、一振りの月蝕刀が横たわった。
「ミョネ……ですよね?」
冷たく光を反す悲しい光を帯びた刃は三日月のように美しく、心魅かれてヤヲはその柄にそっと指を伸ばす。
「おさわり禁止! 全く、油断も隙もありゃしない。」
剣が放ついつもと変らぬその口調に、ヤヲがにっこりと微笑んだ。
「ミョネですね。」
「はあ? 見てたでしょ、ボクはご覧の通り、ただの剣なの!」
「ミョネでしょう?」
ヤヲは足元から彼女の衣服を拾い上げ、ぽんぽんとホコリを払う。
「私におさわりされるのが嫌なら、さっさと服を着て、そして聞かせてください。あなたが何故、あのゴーレムを母と呼ぶのか……」
ぱさりと、刀身を隠すように上着をかけ置く。
「……この洞窟の話じゃなくて?」
「ああ、それも面白そうですよね。でも、それは後回しで良いです。先に、あなたのことを聞かせてください。」
月型の剣が微かに震えた。




