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「じゃあ、傷が治っていないというのは……」
「もちろん、うそだ。スライムってのは小さな怪我が命取りになるからな、最優先で傷口が塞がるように体が出来てるんだ。」
たぷりと揺れる彼に抱えられたユリは、すでに深い眠りに落ちている。神経の細い彼女がヤヲの存在すら気にせずに寝息を立てているのは、精神安定剤が良く効いている証拠だ。
「何故そんな嘘を! そのせいでユリ様は……」
「悪かったよ。ユリにこんな発作があるなんて、知らなかったんだ。」
ぼそぼそと言い争う声にも、その静かな呼吸が乱れることはない。
……このスライムが来る前は……
ユリが発作を起こすことはしょっちゅうであった。
無差別にあたりを傷つけて荒れ狂う魔力を恐れて、魔具をつけることを望んだのは、他でもない、ユリ自身だ。それでも、その魔具を破壊してあふれる魔力のせいで人を傷つけ、自身の心が傷つくのも度々のことだった。
「……それでも、あなたが寝台になってからは、ずっと安定していたんですよ。それこそくすりをしまいこんでしまうぐらいに。」
「『安眠枕』と書いて、スライムと読むからな。」
もぞりと寝返る小さな少女を気遣って、スライムが低く声を落とす。
「今回のことは、どう責められても仕方がない。俺には覚悟が足りなかった。」
「何の覚悟ですか。」
「寝台としての覚悟だ。だがもう、迷わない。俺は一生をユリの寝台として捧げる。」
「寝台として……ですか。ユリ様がご成婚されたりしたら、どうするつもりです?」
「それでも、こいつの寝台は俺だ。起きてる間は好きな男と過ごせば良いさ。だが、ユリの眠りの時間だけは誰にも渡さない。」
ずるりと広がった彼は、何よりも大事な己の主を優しく抱きしめた。
「……相手が誰であろうと、渡しやしねぇ……」
その温かな光景はヤヲの心をも和ませる……和ませるが、彼は立場上、厳しい表情を崩すわけにはいかなかった。
「……ウェカケダセ家が、婚約を打診してきました。ユリ様さえよろしければ、すぐにでもソスターセ家に宛てて公文書を出すそうです。」
「オクテかと思ったが、やるな、あのぼっちゃん。」
「笑っている場合じゃありませんよ! 彼の身の潔白はいまだ証明されていないんですからね。」
「婚約したけりゃあ、もっとお互いを知らねぇとな。ユリともう一回デートさせろ。」
「たった今、誰にも渡さないと言っていたじゃないですか!」
「いいから言うとおりにしろよ。それから、ミョネの捜索に関しては俺が指揮を執る。全員を一度呼び戻せ。作戦を与える。」
ふわり、とピンクの光が揺らめき、眠るユリの肩口にウィプスが静かにとまった。
「……魔物を呼び寄せる……ふん? なあ、サケヤのところに伝令魔物を飛ばせるか? 最速でだ。」
「女面鳥を出しましょう。一昼夜もあれば、行って帰って来れると思いますよ。」
「じゃあ、デートの日取りは三日後だ。早速ケウィに伝えてやれ、ユリも乗り気だ……とな。」
ごぽり、と彼の脳液が音を立てる。
「そうだ、じいさんも探して欲しい。」
「おじいさん?」
「限りなく怪しいジジイだ。後で似顔絵を描いてやる。」
スライムの弾力の中で、ユリがもにゅもにゅと呟いた。
「うにゅ、スラスラ、どこ……」
その寝言に、彼がたぷんと揺れる。
「お前は全く……面倒くせぇ女だな。」
やさしく響くその声に、眠りの中に沈むユリが、ふにゃっと口元を上げた。




