12
広場は異様な雰囲気に包まれている。夜半も過ぎたというのに全ての隊員たちはユリのテントを取り囲んでいた。
「ちょっと、どけ! どけって!」
スライムは必死で人垣を掻き分けて進むが、おろおろと行ったり来たりする動きに阻まれてなかなか前に進めない。
ようやくテントが見えたところで、鼓膜液に響く叫び声。スライムが凍りついた。
「う……ああああああああああ!」
月にまで届きそうな狂気の咆哮。
「ユリっ? てめえら、どけええええ!」
あたり構わず、遮るもの全てを突き飛ばして、スライムはそのテントに飛び込んだ。
中では、綺麗な顔を引っかき傷だらけにした男が小さな主を押さえつけている。
「ヤヲ、てめえ、なにしてやがるっ!」
「何じゃありません、発作です! 手伝ってください!」
ヤヲに押さえつけられたユリは、銀の髪を振り乱し、体全体で跳ね上がるように暴れていた。スライムが飛びつき、その両手を押さえつける。
「発作って、どういうことだよ。」
「ユリ様の母君が亡くなった日も、こんな月の霞んだ夜でした。」
「トラウマを思い出しちまったってことか。どうすればいい?」
「いつもは精神安定剤で無理やりに……」
暴れていた少女が、突然、静かになった。二人の男はぎょっとしてその顔を見る。
だらりと力の抜けた手足を投げ出し、虚ろな瞳を空に向けたユリは古代語を口の中でつぶやいていた。
「まずいです。闇の詠唱です。」
陣無し魔法の使えるユリが相手では、手足を押さえることなど無意味に等しい。
ユリの首元のチョーカーから、ぴしっとひび入る音がした。
「くすりは! まだとどかねぇのかっ!」
「今、探させています! でも、あなたが来てから一度も使うことがなかったから……」「俺が来てから……」
……確かに、こんなユリを見るのは初めてだ。
彼の上で毎晩眠る小さな少女は、いつでも安心しきった穏やかな寝顔をしている。まるでこの世に恐ろしいものなど何もないかのように、静かな寝息を立てて……
「ユリっ! 俺が解るか、ユリ!」
スライムが細い両肩を掴んでがくがくと揺する。血の気の引いた唇から、薄っすらと、言葉が漏れた。
「スラスラ……」
「そうだ、俺はここに居る。」
両腕が、小さな体を強く抱き寄せる。だが、ヤヲの姿の固さにユリが悲鳴を上げた。
「ううう、うあ……うああああああああ!」
「くっそ!」
スライムは来ていたシャツをぐいっと引き破り、こぼれだすようにずるりとした姿に戻る。そのまま、耳を塞ごうとしているユリの両手をぐっと抱きこみ、暴れる体を自分の弾力の中に沈めた。
「ユリ、耳を塞ぐな! 何が聞こえる?」
「スラスラ……声……」
浅く不規則な呼吸を吐きながら、それでもユリは微かな正気を取り戻す。
「そうだ、俺の声が聞こえるな? 他には?」
スライムは震えているその耳元に呼吸器液を集め、ゆっくりと、規則正しいリズムで泡を立てた。
「音。スラスラ、音……」
「ずっと聞いていろ。ただ聞くだけでいい。何も考えるな。」
優しい音で包み込むように、スライムは深くユリを抱きしめる。浅かった呼吸が少しずつ、少しずつ静まるのを聞きながら……。
「スラスラ……」
「ん?」
「もう、平気……」
「だめだ。くすりが届くまで、こうして……」
あまやかな抱擁の途中では!と我に帰ったスライムは、自分に注がれている視線に気がついた。誰もが皆、馬鹿みたいにぽかんと口を開けてこちらを見ている。
透き通った外皮が微かに赤くなった。
「突っ立ってねぇで、お前らもくすりを探して来いよ! ユリは俺が押さえているから!」
ばたばたと四散する足音の中、たぷんと優しく抱かれた少女がスライムにだけ囁く。
「発作、みっともない。」
「解ってンなら、絶対に他の男には見せるなよ。お前のみっともない姿なんか、俺だけが知っていればいい。」
「スラスラだけ?」
「ああ、俺には全てを見せてくれ。」
銀の瞳から、ぽろりと涙がこぼれた。
おまけ
やっと見つけ出した精神安定剤をヤヲがユリに手渡した。
「念のため、ちゃんと飲んでください。」
「おいしい、ない。」
ぶよ、と沈み込む男の腕に抱かれながら、ユリが小さく顔を背ける。
「まあ、良薬口に苦しって言うからな。くすりなんか、まずいのが当たり前だ。」
「飲む、させる。」
小さな薬包が、スライムに押し付けられた。
「飲ませろってか? 甘ったれだな。」
「少女系恋愛絵草子。」
ユリが小さな唇をちゅっと突き出す。
「こここ、これは! あれか、絵草子でよく見る、ああああああれなんだな!」
スライムは傍らのコップの水を口腔液に一口含んだ。差し出された唇にそっと近づく……
「スラスラ!」
ヤヲが叫ぶ。
はっと我に返ったスライムは、あわててコップを小さな手の中に押し付けた。
「馬鹿なこと言ってないで、さっさと飲んじまえ!」
「けち。」
ぷ、とふくれるユリは、すっかりいつもどおりだ。
スライムは、その銀髪を優しくなでてやった。




