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 からからと居酒屋のドアを開けて一人表に出た彼は、酒臭い息を夜風の中に吐き出した。

「ふうっ、あっちい。」

 夜の往来には人通りとてなく、すでに出来上がりきった男女が騒ぐ声が店の中から響いている。

「馬鹿が、ほどほどに醒ましておかねえと、ツカイモノにならなくなるぞ。」

「なにをどう使うつもりじゃね。」

 和やかな声に振り向くと、何時からそこに居たのか、老人が一人。ニコニコとした表情は柔和だが、歳のわりに肉付きのいいガタイが武人を思わせる。

 ひょいと店を覗き込んだその老人は、好々爺とした笑みで振り向いた。

「なかなかめんこい娘が揃っておるのぉ。どれをオモチカエリする気じゃ?」

「じいさん、スキモノだなぁ。」

「オトコはみんな、スキモノじゃろうよ。まあ、お前さんが娘婿なら浮気なぞ許さんがな。」

「そっか、じいさんも娘が居るのか。」

 スライムはどっかりと往来に腰を下ろす。

「なあ、娘が居る父親として、答えてくれよ。」

「ほう、恋の悩みかね?」

「こい? 違うな。他の女なら、口説いて拝んで抱いちまうだろうが、あいつにだけはそんな気がおきねぇ。」

「ふむ、恋ではないと?」

「ああ、主従の関係ってやつだ。だがちょっと特殊な職でな、男の俺があいつの側に居れば、世間はどうしたって邪推する。」

「言わせておけばいいだろうよ。」

「わかってねぇな。俺は父親の気持ちが知りてぇんだよ。嫁入り前の娘の側に、俺みたいな男が居てもいいのか……」

「ふむふむ、父親はきっと快く思ってはおらんじゃろうな。おそらくは、害虫のごとくぷちりとひねり潰して、こう、ぐりぐりぐりっと……」

「じいさん、意外に物騒だな。」

「だが、どんなにいい男が相手だったとしても、同じように思うじゃろうて。」

 老人の顔がキュッと引き締まった。皺は刻まれていても、精悍な眼は歴戦を思わせる厳しさをもって、哀れな男を鋭くじっと見下ろす。

「もし、誰かが許さないといえば主から離れる。お前の忠心はそれしきか。」

「そんな……ことはねぇ! 俺は例え他の職に就いてでも、あいつの側に居るつもりだ! ただ、もし俺が側に居ることであいつに傷がつくって言うんなら……」

「主にそういわれたのか?」

「!」

「お前が聞くべきは世間の風評でも、ましてやわしの言葉でもないだろう。」

「それ……は……」

 老人の顔に柔和な笑みが戻った。

「まあ、義父ちちとしてアドバイスするなら『娘の選んだ男が相手なら認めないわけにはいかない』じゃな。」

 スライムを引き立たせながら、老人が空を見上げる。

「もし本当に大切に思っているなら、こんな夜こそあの子を手放してはならん。」

「あの子……? じいさん、ユリを知っているのか。」

「スライム、あの月を見ろ。」

 反射的に天を振り仰いでしまった彼は、己の迂闊さを呪った。

(このじいさん、俺がスライムだって知っていやがる?)

 あわてて視線を戻すが、そこにはすでに老人の姿はない。

 夏霞にぼんやりと縁取られた月が青白く照り、まるではじめから誰も居なかったかのように土の上を照らしている。

「ねえ騎士サマ、もう飲まないの?」

 店の中から、ぴょこっと女が顔を出した。見事な乳周りに目をつけて狙っていた、今日のオモチカエリ候補の女だ。酔いに肌蹴た胸元から覗く谷間が神々しい……

 だがスライムは、名残を振り切ってその絶景に背を向けた。

「騎士サマ?」

「すまん。戻らなきゃならねぇ用事ができた。今日の飲み代は俺にツケてもらえ。」

 それだけを後ろに伝えると、スライムは走り出した。己の主の下へ!


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