17
翌日、4000の魔物からなる魔王軍を配備する頃には、空はどんよりと曇っていた。
「ふん、いい日和だ。」
今から街に総攻撃をかける。非力な人間から成るこの街を武力で制圧するのは、さして難しいことではないだろう。
攻撃の理由付けも完璧だ。調査のために送り込んだ密偵、つまりサケヤが捕らえられている。その救出が大名目になる。
ぐいっと体を張るスライムの傍らで、ユリが小さくつぶやいた。
「人間、魔族、仲、戻る?」
「ああ? どうかな。武力による制圧ってのは強制的だ。反発もあるだろうよ。」
「仲、良く。」
「無理だって。関係の修復には、長い時間を必要とする。フンゾンとイターセが仲直りでもしない限り、無理だろうよ。」
「それ、使えるかも。」
作戦を見守っていたメグが声をあげる。彼女に付き添っていた吸血鬼が補足した。
「ウチのは信心深い性質で、生前、よく言っていました。フンゾンはイターセに恋焦がれ、イターセはフンゾンを慈しみ愛す、と。二体は有名な熱愛の神なのです。」
「こっぱずかしい神がいたもんだな。でも、どうやって仲直りさせる?」
スライムはごぽごぽと脳液を泡だたせた。
「神殿には神像が二体。青い霧の夜に動いた……それは打ち捨てられたままになっているんだな。」
メグが頷く。
「ユリ、お前は良く古代語で何か言ってるよな。もしかして、俺が指示するとおりに術式を組んだりもできるか?」
「可能。」
「ふん、奇跡ってのは衆目にさらしてこそ効果がある。俺様お得意の、視覚効果ってやつだ。」
スライムがにやりと笑った。
地下の一室に鎖でつながれたサケヤは、塞がりかけた口中の傷に舌先で触れた。
「くっそ、いくらダムピールだからって……」
傷が塞がる間もないほどの拷問を繰り返されては、体より先に心がどうにかなりそうだ。 小さくドアの開く音がして、次の拷問人が入ってくる。頭を垂れたまま、サケヤは投げやりにつぶやいた。
「いっそ、殺してくれよ。」
懐かしい声が頭上から響く。
「お前が死んだら、誰がメグを養ってくれるんだよ。」
「師匠?」
顔を上げると、ひげ面の初老の男が微笑んでいた。
「久しぶりだな。」
「あんた、やっぱり正気だったな。」
「ほう、何故そう思った?」
サケヤの拘束を外しながら、その男は心底嬉しそうだ。
「あの馬鹿でっかい筒、あれはロストテクノロジーで作られた陽電子砲だ。だが、ロストテクノロジーでよく使うデンキではなく、魔力を動力源にできるように改造されていた。つまり、あれが掘りあがったら、ここの人足達はそのまま動力源にされちまうってことだな。」
「ふむ。」
「だがな、肝心の心臓部である陽電子発生装置がないんだよ。あれはただの張りぼてだ。」
「ふむふむ」
「とぼけんなよ、あんたが修復のふりをして、分解させたんだろ。」
「さすが、わしの一番弟子だな。」
拘束の外れた体を支えながら、その男はからりと笑った。サケヤは情けなくもたれながらも、力強い声を出す。
「師匠、俺のダチが救出作戦を立てている。軍まで投入した本格的な作戦だ。俺と一緒に逃げよう。」
「わしは行けないよ。やつらの目をくらますため、悪人を演じてきた。老人も、病人もお構いなしに鞭を振るい、虐げたひどい男だ。」
「ふん、やっぱり言うと思ったぜ。」
サケヤが男の手をぐいっと掴み寄せる。
「俺がここに残ったのはなぁ、あんたをメグのところに連れて帰るためだよ。」
「メグにはお前がいる。わしはもう必要ないだろう。」
「冗談じゃねぇ、俺はロリじゃねぇんだ。ま、あいつがちゃんと大人になったら遠慮はしねぇけどな。」
そのとき、腹の底を突き上げるような地響きが響き渡る。
「始まったな。いやだって言っても、あんたには一緒に来てもらうからな。」
ヨロリと胸を張るサケヤは、男の手を決して離そうとはしなかった。




