16
既に猫から少女へと戻ったメグは、部屋に駆け込むと真っ先にスライムの横っ面付近をひっぱたいた。
「卑怯者っ!」
そのまま彼女は泣き崩れる。ユリが駆け寄り、何か言いたそうな顔をした。
「ユリ、余計な言い訳はしなくていい。全て俺が悪い。」
「サケヤを捨て駒に使う気なの?」
「捨て駒じゃない。作戦だ。」
スライムはグイと胸を張るように、体を引き伸ばした。
「無茶な作戦だと解って許可したのは、間違いなく俺の責任だ。だが、あいつは自分で、あそこに残ることを志願した。」
「なぜ、そんな馬鹿なことを……」
「お前の親父を無事に救い出すためだ。」
「!」
「あいつは言っていた。一緒にすごす時間が少ない分、人間の愛情は深いものだと。だからこそ、その深い愛情をお前に戻してやりたいそうだ。」
メグはユリにもたれかかって、さらに涙を流す。
「オトコの純情ってのも解ってやれよ……っても、ガキじゃ無理か。」
「オンナの純情を馬鹿にしないでよ!」
メグが声を張る。
「サケヤからの伝言よ。『作戦は続行』。さっさとサケヤを助けなさいよ、スライム!」
「解っている。これでピースは揃った。」
スライムはユリの前に跪く。
「ユリ、命令を。」
「始める。」
小さいが、凛としたその声が響き渡った。
食堂では隊員たちが出陣前の酒宴を催している。
俺は酒の瓶を一本くすね、テラスの隅で一人、その喧騒を遠く聞いていた。
「こんなところにいたんですか。」
ヤヲが俺の隣に静かに座る。
「お兄さんから聞きましたよ。昔、戦場に居たって。」
「ゾンチセを使われた話もか?」
「はい、そしてその拷問のせいで、あなたが家族を売り渡したことも……」
「俺の一族は戦場じゃ名の知れた傭兵一家だったからな。他の戦場に行っていた数人の兄弟と、もう引退していた爺さんを除いて、一族全てが皆殺しだった。まだ幼かった俺の目の前で、だ。」
ヤヲは黙って、俺の杯に酒を注いでくれる。
「兄貴は他の戦場からわざわざ駆けつけ、俺を救い出してくれた。だが洗脳は治療できても、心に残った傷を消すことは出来ない。」
俺への見せしめのために、わざわざ残酷なやり方で殺された家族達……
「俺が皆を殺したようなもんだ。」
自嘲が俺の外皮をゆがめる。
「ユリと似ているだろ? 俺のほうが大分悪質だがな。」
「その話をユリ様は……」
「知っているわけが無い。こんな話を、傷ついているあいつに聞かせるわけにはいかないからな。」
俺は、十分に自覚している。あの少女の側にいてやりたい、そしてあの女を抱きしめてしまいたくなる、この気持ちの正体を。
「お前が心配するようなロマンチックな気持ちじゃねえよ。120パーセント同情だ。俺は自分の境遇に重ね合わせて、あいつを見ているんだ。」
「本当にそう思っているんですか。」
「他に何があるって言うんだよ。愛とか言わせたいのか?」
違う! 今すぐユリの小さな体を抱き上げたいこの気持ちは、同情だ!
「俺がこの世で一番信用していないのは、俺自身の気持ちだ。どんな結末が待っているかわかっているくせに、自分の保身のために『一番大切な』人達を平気で裏切ったんだ。」
ヤヲは悲しそうに頭を振る。
「……私は、あなたの気持ちを信用していますよ。」
「そいつはアリガトサン。だがな、あんまりお人よしだと、後で俺に裏切られて泣くぞ。」
ずるりと動き出した俺を、ヤヲが呼び止めた。
「どちらへ?」
「ユリのところだよ。あいつはそろそろ寝る時間だろ。」
詭弁だ。ユリの小さなぬくもりに今すぐ寄り添いたいのは、俺のほうだ。腹の上で聞こえる寝息に、安らかな心地をもらうのも俺だ。
だが、断じてこの気持ちは、違う!
「同情だ。」
俺は口腔液の中でごぽりとつぶやいた。




