14
相当数を切り捨てたはずなのに、ウィプスの群れは減っているようには見えない。間断なく剣を奮う腕は、疲れで微かに震え始めている。
それでも二人は互いに背中を預けて、襲い来る火の塊と戦い続けていた。
ぼっと燃え上がった炎が、ギガントの腕をかすめる。
「熱っち!」
ギガントは情けないスライムの声で叫んだ。
「おい、ヤヲ、新発見だ!」
ちり、と金髪の先を焦がされながら、ヤヲが答える。
「なんですか?」
「俺は、熱いのも嫌いだ!」
「余裕ですね?」
「逆だよ! もう口でも動かさねえと、やってらんねぇ。」
「そうですね、私もですよ。」
少し離れて高みの見物を楽しんでいたミョネは、その言葉ににやりと笑った。
「へえ、じゃあ、楽にしてあげるよ。そろそろ飽きてきたし?」
「大ボス登場だってよ。」
「『マヂで勘弁』って感じですね。」
剣化した腕をクロスに構えるミョネの、その柔らかに揺れる谷間を見たスラスラは諦めの笑みを浮かべた。
「人生最後の眺めとしちゃあ、巨乳ってのも悪くねぇけどさ……」
まぶたの裏に、さらりと揺れる銀髪が浮かぶ。
「……スラスラ!」
「ははっ、幻聴まで聞こえてきやがった。」
しかし、声は再び、はっきりとした輪郭を持って彼の耳に響いた。
「スラスラ! どこ!」
「ユリっ? ここだ!」
その声を待っていたかのように、鬨が迷宮内に響き、ウィプスたちが統制を失って乱れ飛ぶ。ばさり、ばさりと剣振るう音が重なり、あちこちでウィプスの断末が聞こえた。
「な、なんなのさ!」
ミョネの狼狽の一瞬を、二人の男は見逃したりはしない。右と左に飛び別れ、ただ疲れきった腕の重みだけを利用して剣閃を振りぬく。
「くっ、無駄っ!」
両手を開いて双方の剣を受け止めたその腕が、メリッとかすかに歪んだ。
「っきゃああああああ!」
ミョネは苦痛の悲鳴を上げ、その刀身には微かなひびが走る。
「よくも、よくもおおおおお」
刃毀れる腕を押さえた女は、逃げ出しざまに、怒りを含んだ早口で呟いた。
「テモーノ=アル=ネセト(全てを焼き尽くせ)」
ぼっ、ぼっと無作為にウィプスが炎を吐き出し、二人の男に飛び掛る。
「やっべぇ。もう腕が上がんねぇ。」
「実を言うと、私もです。」
よろりと力なく座り込んだ目の前で、突然、炎の塊が真っ二つに裂けた。
「隊長! 大丈夫ですか。」
先陣を切った若者が力強く微笑む。
「おい、スライム、お前はついでだからな!」
「ユリ様のために仕方なく、だからな!」
次々と駆けつけた兵達は口々に言い訳の言葉を吐きながらも、その腕だけは勇ましく、ウィプス達を切り伏せてゆく。
さらにおくれて、がちゃがちゃと黒い甲冑を揺らして駆け寄る乙女……
「スラスラ!」
彼女は大きく腕を広げたヤヲをスルーして、半ば形の崩れかけたギガントに飛びついた。
「うっわ、馬鹿! 危ねぇだろうが!」
スライムは素早く弾力のある形に戻り、その勢いを全身で受け止める。
細身とはいえ、大人のユリは小さい姿より重たい。スラスラは大きく窪み、たゆたゆと揺れた。
「大きい、忘れてた。」
「平気だ。女一人抱き止めれねぇほど、ひ弱じゃねぇよ。」
くぼんだ勢いそのままに抱き寄せれば、乙女は安堵の溜息を漏らし、その全体重を男の腕に預ける。
「スラスラ、無事。ヤヲ、無事。良い。」
「まだ、無事じゃねえぞ。昔、ある賢者が言った。『遠足は、玄関に入るまでが遠足だ』と。」
スライムは、両手を広げたままで固まっている哀れな男に声をかけた。
「おい、隊長! 俺の理想は解ってんだろ。」
その声と使命感が、男に正気を思い出させる。
「『一兵たりとて欠くことなく』ですね。」
「号令を。」
「頭の撃退に成功した以上、深追いは禁物! 脱出を最優先とする! 全軍、撤退!」
伸びやかな自信に満ちたその声に、勝ち鬨が上がった。




