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15

 統率を失ったウィプスたちを振り切ることは、難しく無かった。しんがりについていた女兵士が、最後までまとわりつく一体を切り捨てて教会の外に飛び出せば、後はもう、追うものは居ない。 

 夜はすっかり明け切り、朝早い街の商人達は広場の異常に集まってくる。焦げたにおいを立ち上らせ、ぐったりと座り込む一団に向けるそのまなざしは、『不審』。

 年老いたデュラハンは高々と首を掲げ、商人達に気安い挨拶を投げた。

「朝早くから騒がせてすまんのう。ここはわしの預かりじゃ。何の問題も無い。」

 片手を挙げて挨拶を返す商人達を見ながら、スライムが呻く。

「ジジイ、なかなかやるな。」

「二百年分の信頼というやつじゃ。」

 ぐいっと首を下げて、クアネはぐったりと腕をさする白い甲冑の男と、ぴったりとスライムに寄り添う黒い甲冑の乙女を見る。

(さて小童、お前達は何百年分の信頼を積むのか……)

 自分を見つめる生暖かい視線に、スライムは不服の声をあげた。

「何、にやついてんだよ。気味悪ぃな。」

「いやいや、あの世でお前の爺さんに話してやることが、増えたと思ってな。」

「?」

「まさか、お前がロリコ……」

「俺はロリコンじゃねえええええええ!」

 スライムは慌てふためく。

「ユリは俺のオンナじゃないって言っただろ!」

「オンナ、ない。」

「それに、甲冑で隠れてるけど、胸だってちゃんと……いや、少々頼りなくはあるけど、ちゃんとあるし?」

「頼りない……」

 ユリがぺたりと胸元に手を当てた。

「母、巨乳……」

「なぜ嘘をつこうとするぅ!」

 ぎゃーぎゃーと他愛も無いやり取りを見守りながら、ヤヲが老デュラハンの隣に立った。

「後見人をお願いしても?」

「小童を『寝台』と認めるのか。」

「ええ。どうやらユリ様には、あのスライムが必要なようです。」

「ふむ、それも信頼じゃな。」

 明るく射す朝日は透き通ったスライムの体をキラキラと透け通り、表情の知れ無いその生き物をこの上なく楽しげに照らしていた。

「入隊の申請書には、あやつの正式な名が必要じゃろう?」

「正式な? そういえば聞いたことがありませんね。」

「……イカケ=ハ=ツンニークⅢ。」

 古代語に聡いヤヲは、瞬時にその名の真の意味を解した。

「イカケ……『魔王の寝台』! 魔王の三臣の一角じゃないですか! 彼のお爺さんが?」

「内緒にしておけよ、小童はこの名前を心底呪っておるからな。お前さんだけが知っておればいい。」

「なぜ、それを私に?」

「わしからの『信頼』の証じゃよ。いくら呪っても、嫌っても、それがあやつの名前であることは間違いない。この名前に助けられることもあれば、窮地に落とされることもあるじゃろう。」

 言葉を切ったデュラハンは、この上なく厳しい顔をしている。

「じゃが小童は、とうの昔にこの名を捨てた。今はただのスライムじゃ。あんたにも、あの娘にさえ名乗ることはないじゃろうよ。」

「……申請書には、有難く使わせていただきます。でも、彼は『スラスラ』ですよ?」

 その老人はふっと顔をほころばせた。

「わしがあいつにしてやれるのは、ここまでかのう。」

 ふと目をやれば、若い二人が子犬のようにじゃれあう姿が見える。

「……いや、もう一つだけ、やっておかねばならんことがある。」

 いたずらを思いついた子供のように顔を輝かせて、彼はぶよぶよと揺れる生き物に声をかけた。

「小童、影武者になるためには、その姿のお嬢ちゃんも、トレースせんといかんのじゃないか?」

「うう?」

 眼球液を上げれば、甲冑から覘く手足は素直に伸びやかで、いつもより高い位置にある視線が『オトナ』を意識させる。

「いや、それは……そうかもしんねぇけど……」

「スラスラ、ユリ、大きい、トレース?」

 ユリが両手を広げ、スライムを誘う。いつもと変わらない無防備なしぐさと、妖艶な濡艶に染まりながら自分を呼ぶ唇の、その危ういバランスがスライムを惑わせる。

 彼は外皮に微かな朱交えながら、前のめりに潰れた。

「うううう……トレースだけじゃ済まなくなりそうだ……」

 誰にも聞こえないように口の中で呟いた言葉を、耳ざとい『お兄ちゃん』だけは聞き逃さない。きゅぴーんとヤヲの目が光る。

「ほう?」

 懐から取り出したのはユリの魔力を封じる、金のチョーカー。素早くそれを色香漂う首筋に巻きつける。

「や、やめろ、ヤヲっ!」

 しゅわしゅわと魔力を中空に散らしながら、ユリが縮んでゆく。

「ああああああ、もったいねぇ。」

 小さくなったユリは甲冑の重みに脚を取られ、こてんと尻餅をついた。

「ロリコンではないんですよね?」

「うううう、もちろんだ。」

 しぼみきったスライムに、ガチャガチャと甲冑に引きずられながら小さな少女がよじ登る。その顔は深い安心感で微かに微笑んでいた。

「スラスラ、安心。」

「解ったよ! 俺はお前の『寝台』だからな。安心して眠れ!」



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