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統率を失ったウィプスたちを振り切ることは、難しく無かった。しんがりについていた女兵士が、最後までまとわりつく一体を切り捨てて教会の外に飛び出せば、後はもう、追うものは居ない。
夜はすっかり明け切り、朝早い街の商人達は広場の異常に集まってくる。焦げたにおいを立ち上らせ、ぐったりと座り込む一団に向けるそのまなざしは、『不審』。
年老いたデュラハンは高々と首を掲げ、商人達に気安い挨拶を投げた。
「朝早くから騒がせてすまんのう。ここはわしの預かりじゃ。何の問題も無い。」
片手を挙げて挨拶を返す商人達を見ながら、スライムが呻く。
「ジジイ、なかなかやるな。」
「二百年分の信頼というやつじゃ。」
ぐいっと首を下げて、クアネはぐったりと腕をさする白い甲冑の男と、ぴったりとスライムに寄り添う黒い甲冑の乙女を見る。
(さて小童、お前達は何百年分の信頼を積むのか……)
自分を見つめる生暖かい視線に、スライムは不服の声をあげた。
「何、にやついてんだよ。気味悪ぃな。」
「いやいや、あの世でお前の爺さんに話してやることが、増えたと思ってな。」
「?」
「まさか、お前がロリコ……」
「俺はロリコンじゃねえええええええ!」
スライムは慌てふためく。
「ユリは俺のオンナじゃないって言っただろ!」
「オンナ、ない。」
「それに、甲冑で隠れてるけど、胸だってちゃんと……いや、少々頼りなくはあるけど、ちゃんとあるし?」
「頼りない……」
ユリがぺたりと胸元に手を当てた。
「母、巨乳……」
「なぜ嘘をつこうとするぅ!」
ぎゃーぎゃーと他愛も無いやり取りを見守りながら、ヤヲが老デュラハンの隣に立った。
「後見人をお願いしても?」
「小童を『寝台』と認めるのか。」
「ええ。どうやらユリ様には、あのスライムが必要なようです。」
「ふむ、それも信頼じゃな。」
明るく射す朝日は透き通ったスライムの体をキラキラと透け通り、表情の知れ無いその生き物をこの上なく楽しげに照らしていた。
「入隊の申請書には、あやつの正式な名が必要じゃろう?」
「正式な? そういえば聞いたことがありませんね。」
「……イカケ=ハ=ツンニークⅢ。」
古代語に聡いヤヲは、瞬時にその名の真の意味を解した。
「イカケ……『魔王の寝台』! 魔王の三臣の一角じゃないですか! 彼のお爺さんが?」
「内緒にしておけよ、小童はこの名前を心底呪っておるからな。お前さんだけが知っておればいい。」
「なぜ、それを私に?」
「わしからの『信頼』の証じゃよ。いくら呪っても、嫌っても、それがあやつの名前であることは間違いない。この名前に助けられることもあれば、窮地に落とされることもあるじゃろう。」
言葉を切ったデュラハンは、この上なく厳しい顔をしている。
「じゃが小童は、とうの昔にこの名を捨てた。今はただのスライムじゃ。あんたにも、あの娘にさえ名乗ることはないじゃろうよ。」
「……申請書には、有難く使わせていただきます。でも、彼は『スラスラ』ですよ?」
その老人はふっと顔をほころばせた。
「わしがあいつにしてやれるのは、ここまでかのう。」
ふと目をやれば、若い二人が子犬のようにじゃれあう姿が見える。
「……いや、もう一つだけ、やっておかねばならんことがある。」
いたずらを思いついた子供のように顔を輝かせて、彼はぶよぶよと揺れる生き物に声をかけた。
「小童、影武者になるためには、その姿のお嬢ちゃんも、トレースせんといかんのじゃないか?」
「うう?」
眼球液を上げれば、甲冑から覘く手足は素直に伸びやかで、いつもより高い位置にある視線が『オトナ』を意識させる。
「いや、それは……そうかもしんねぇけど……」
「スラスラ、ユリ、大きい、トレース?」
ユリが両手を広げ、スライムを誘う。いつもと変わらない無防備なしぐさと、妖艶な濡艶に染まりながら自分を呼ぶ唇の、その危ういバランスがスライムを惑わせる。
彼は外皮に微かな朱交えながら、前のめりに潰れた。
「うううう……トレースだけじゃ済まなくなりそうだ……」
誰にも聞こえないように口の中で呟いた言葉を、耳ざとい『お兄ちゃん』だけは聞き逃さない。きゅぴーんとヤヲの目が光る。
「ほう?」
懐から取り出したのはユリの魔力を封じる、金のチョーカー。素早くそれを色香漂う首筋に巻きつける。
「や、やめろ、ヤヲっ!」
しゅわしゅわと魔力を中空に散らしながら、ユリが縮んでゆく。
「ああああああ、もったいねぇ。」
小さくなったユリは甲冑の重みに脚を取られ、こてんと尻餅をついた。
「ロリコンではないんですよね?」
「うううう、もちろんだ。」
しぼみきったスライムに、ガチャガチャと甲冑に引きずられながら小さな少女がよじ登る。その顔は深い安心感で微かに微笑んでいた。
「スラスラ、安心。」
「解ったよ! 俺はお前の『寝台』だからな。安心して眠れ!」




